1月23日(金)


渡米後4か月、多少の山谷はあるものの順調な学校生活を送っていた花子ちゃんですが、とうとう大事件が起こってしまいました。タイトルは何かのメタファではなく、本当に花子ちゃんは右足首を骨折してしまったのです。

今日は、学校がスタッフ・ミーティングのためだとかいうことで、半日で終わることになっていたのにすっかりチェック漏れしていたscamamは朝せっせとお弁当を作り、前の日に聞いていたはずの花子ちゃんもそのお弁当を何の疑問もなく持って出掛けて行きました。学校で、今日は半日だと知った花子ちゃん、そのままお弁当を持ってタビーのお家に出掛け、タビーのお家から電話で「今日はタビーのお家でランチを食べる。」とのはしゃぎようでした。積もっていた雪もジョリジョリと解け始めるような暖かい日で、食後、二人はタビーの家の目の前の公園のスロープで早速そり遊びを始めたのです。タビーは、毎週乗馬教室と体操教室に通うバランス感覚抜群の女の子、ひょいとそりの上に立ち上がり、立ち姿勢のまま、滑り降りたそうな。それを見た花子ちゃん、当然、やりますよ、同じこと、ところが前のめりに転んじゃったんですねぇ。気の毒に。

タビーのママからの電話で駆け付けたscamamの目には、何年ぶりかに、「痛い、痛い」と泣き叫ぶ花子ちゃんの姿が飛び込んできました。その泣き叫びブリが尋常ではないので、ひょっとしてヒビでも入っていたら、と念のため何度か行ったことのある近くの病院に連れていくことにしました。この病院、日本の大手損保会社系列で、医師も受付もみんな日本人、患者もほとんどが日本人で一歩足を踏み入れると「ここは日本か。」と見紛うようなところです。で、システムも非常に日本の病院的で、1時間半待たされたあと、「レントゲンがとれないから。」とそこから車で20分ほどのローカルの整形外科の地図が手渡されました。「足が痛い。」と言って駆け付けているのだから、病院に入った途端にレントゲンとるかとらないかの判断くらいして欲しいものです。しかも、「とってもわかりにくいところにあるのよ。」と言われたその整形外科は、本当にわかりにくいところにあって、不親切なdirectionに従って近辺をぐるぐる回っているうちに、診療時間が過ぎてしまいました。よく、女は地図が読めない、といいますが、自信を持って言いますけれど、scamamは地図が読めるんです。少なくとも一番身近にいる「男」であるパパに比べても断然土地勘は強い、知らないところに行っても、自分がどこにいるのかちゃんと頭に入っていて、いつもナビ担当です。そのscamamがこんなに迷ったのは、正直初めて。花子ちゃんは「痛い、痛い。」と言い続けているし、金曜の診療時間が終わってしまえば、月曜日までどうするんだ!とあせってしまったのもあったのですが、後日、この病院をようやく見つけたときには、「やっぱりあの説明じゃわかんないよ。」って怒りを新たにしたわけです。とにかく、「万が一の時に。」とドクターが教えてくれた携帯番号に電話をすると、こうなったからにはもうERに行くしかないと言われて、この辺りの緊急指定病院に駆け込むことになりました。そこでも少し待たされて、ようやく6時半になってはじめて、花子ちゃんは痛め止めを飲ませてもらいました。事故があったのは2時半ですから、約4時間、「誰のせいでもないでしょう。泣いても泣かなくても痛いのは同じ。」と厳しいことを言って我慢させましたが、かわいそうなことをしました。

こうしてscamamが花子ちゃんとうろうろしている間、太郎君は同じバス停ママにピックアップして頂いて、そのままお宅に連れて行ってもらい、そこのお兄ちゃんたちとそれはもう楽しく遊んでもらっていたのだそうです。今日は、たまたまパパがNYにいて、仕事を早く切り上げられたので、太郎君をそのお家からピックアップしてERに合流してくれました。簡易ギブスをはめて家にたどり着いた時には9時を回っていました。

それにしても、花子ちゃんのおかげでアメリカのER初体験です。ERに入るまではとても大変な思いをしましたが、ERに入ってしまえば、受付も看護婦さんも事務員もそしてドクターたちも皆とても気持ちよく応対してくれて、ホッとさせてくれました。しかし、ここのERは受付からドクターまで、ほとんどすべてが有色人種(アジア人ではない)なので、驚きました。カリフォルニアの時には、S大学の大学病院の隣に住んでいたようなもので、颯爽と白衣をなびかせるコケージャン若しくはアジア人のエリート医師しか見たことがなかったのですが、コケージャンはERのようなきつい仕事は嫌なのかしら。専門技術を身につけた人の間にも、はっきりdiscriminationのあるアメリカ社会の一面をのぞいたような気がしました。

この日は、ちょうど、2月からspring sessionが始まるサッカーチームの登録を済ませたところだったので、慌ててキャンセル。バスケットチームのコーチにも電話して、もう試合も練習も出られないと報告しました。

11歳のスポーツ好きの元気な子供があれからもう2週間ギブスをはめて悶々とした日々を過ごしています。おでこに3つ、ニキビができました。

1月21日(水)


週が明けて、ハドソン川の墜落事故のその後、について、いろいろな記事が新聞紙面を賑わしています。月曜日には、USAirが早々と水中に沈んだ手荷物代として一人当たり5,000ドルずつ支給することを決めたけれど、これは今後の訴訟問題を有利にしようとするものではない、というUSAirのスポークスマンの話が載っていて、とてもアメリカらしいと思いました。それから、各シートに座っていた乗客のコメントなどがその乗客のプロフィールとともに公開されていたのも面白かったです。あのような事態に陥った時ですら、ずいぶん何人もの人が、何か一緒にもって逃げようと逡巡するようです。特に多いのはパソコン。確かに悩むだろうなあ、結果的に助かるのであれば。あと、お財布を持っていきたいと騒いだおばさんもいるようです。携帯電話を荷物の中にしまいこんでしまった人は、あとで「生きているよ」と家族に連絡するときに不便だったとか。まあ、とにかく、航空機が落ちたのに生還するなんていう極めて異例な事件ですから、今後の参考にするって言ったって、そうそうお目にかかる機会はないけれど、一応パパには、携帯とお財布は肌身離さずね、と、忠告しておきました。

そうそう、実は、この機体には数日前にもトラブルが発生していたっていう恐ろしいCNNの記事 を見つけて、その後も気にして記事をおっていますが、どうなったのでしょう。音沙汰なしです。

1月20日(火)


朝、ダラスから戻ったパパは、この日、代休をとり、大統領就任式と花子ちゃんの学校のバンド・コンサートに備えました。同じ日で、良かった!


2週間ぶりにオバマの就任演説を読みなおしてみましたが、やっぱり、良い演説ですねぇ。日本人はスピーチが苦手だし、スピーチで人を評価するということにあまり重きをおきませんが、アメリカ人にとっては、いかに説得力のある感動的なスピーチを行うか、は、とても重要なことで、小学校の授業、特にsocial studiesなんて、そのためにあるような気がします。スピーチに対する鑑識眼が確かな人々を感動させるためには、当然、上面な言葉だけではだめで、実力や信念に裏付けされたスピーチのみが、拍手喝采で受け入れられるのだと思います。宣誓ではいきなりつっかえて、ドキドキさせたオバマですが、スピーチは堂々たるもので、ワシントンDCのモールを埋め尽くした人々だけでなく、学校で、職場で、TV画面を見つめる国民に対して、新しい時代を朗々とコミットメントしました。花子ちゃんの学校でも、全校生徒がホールに集まってスピーチを聞いたのだそうです。制度が違うから仕方がないかもしれませんが、日本の政治家って、国民に対するコミットメント、感じているのかしら、って、そもそも論ですが、今更ながらに考えちゃいました。

2週間もたっての感想なんてカビが生えてしまっていますが、その他のあの就任式での印象は以下の通り。

カーター元大統領は品の良いおじいちゃまになったなぁ。

ヒラリーは青いコートがとてもよく似合ってきれい。元大統領の妻としてビルと一緒に登場したけれど、もし、ヒラリー自身が大統領になっていたら、どういう登場の仕方をしたのかしら。

ブッシュは、オバマのスピーチをどんな気持ちで聞いていたのだろう。アメリカの現在の苦境は全部君のせいだよと言われているようなものだが、針のむしろではなかったか。それでもあのスマイルは顕在だ。ある意味、精神的にすごく強いやつだ。

オバマさんちのピンクのコートの女の子はじっとしていられないぞ。

以上、奥様3面記事みたいですみません。そうそうもう一つ、オバマは就任式の前に教会に入ったようですし、演説にもGodという言葉がたくさん出てきて、やっぱりこの国には国教があるのかしら、って、これは口にするのもはばかられる衆知のこの国の矛盾、ですよね。


さて同じ日に、花子ちゃんの学校ではコンサートがありました。この学校では、4年生から子供が自分の好きな楽器をひとつ選んで、オーケストラかバンドのどちらかに入ります。花子ちゃんは、パパのアルト・サックスがあったので迷わずそれを選んでバンドに入りました。家に楽器がなくても、レンタル屋さんが充実していて簡単に楽器が手に入るようです。練習は、週に1回だけ、それも授業時間内にパート毎に持ち出されて行われるので日本のブラスバンド部のような負担はありません。そして、年に2回、オーケストラとバンド合同でコンサートを行います。コンサートは昼の部、夜の部とあって、それぞれドレス・コードがあります。生徒に見てもらうのがメインの昼の部では、ジーンズ、敗れた服はだめ、親に見せる夜の部は、上は白、下は黒で、スニーカーはダメというものでした。ビデオにカメラ、万全の体制で、昼の部、夜の部両方に臨んだscamamとパパでしたが、まずは、その完成度の低さにのけぞるほどの衝撃を受けました。そりゃそうだ、週に1回の練習だもの、って気を取り直したものの、日本の小学校の一糸乱れぬブラバンの演奏が頭の片隅に残っていたので。ピーとか、プーとか突拍子もない音があちこちから飛び込んで来ても、もちろん、先生も生徒もちっとも気にせず、晴れ晴れと演奏し、終われば当然、「イエィ!」とガッツポーズです。日本では、失敗したからって泣いていた子もいたけどね。こちらの学校はそれぞれがスクールバンドを持っているのですが、オーディションに受かると市のバンドに入ることができて、更に上のオーデションを通ればカウンティのバンドにも参加できるのだそうです。スクールバンドで楽しさを知って、もっと極めたい子はその先へどうぞ、ということでしょうか。だから、今日は楽しむことがメインテーマ。夜の部は、コミュニティの親たちがたくさん集まって、みんなノリノリ、太郎君まで、最後の"Born to be wild"の時には、他の低学年の子どもたちと一緒にスウィングしていました。


こちらはオーケストラ。お行儀がいいです。
米国東海岸子連れ生活日記

バンドはやんちゃが多いです。終わった途端にこう。
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