1月31日(土)


今年の冬の寒さは"unusual"だとここいらのアメリカ人は皆言っています。12月はそれほどではなかったのですが1月に入ってからはこれでもか、これでもか、と寒い日が続きました。1月に最高気温が0℃を超えなかった日は16日もありました。その他の日も最高気温が5℃を超えたのは4日間のみでした。降った雪は解けることなく表面が凍ってカリカリになります。そしてまたその上に次の雪が降るのです。5℃を超えると、とても温かく感じて、コートいらない、って思いますから、もう日本なんて常夏の国です。

正直、花子ちゃんの骨折もあってすっかり疲れてしまったscamamは、柄にもなく、ひどい風邪をひいて5日間も寝込んでしまいました。タイレノールを飲めば少し下がりますが直ぐに38.5℃を超えるまで上がる日が数日続いて、インフルエンザかも、と心配になり、件の日本人御用達病院まで車を運転していきました。38.5℃の熱で車を運転するのは初めての経験、とても怖かったです。妙に、ハンドルがふらついてセンターラインをゆるく超えてしまうんです。挙句の果てに、「ウィルス性の風邪ですね。タイレノール飲んでゆっくり寝ているしかないですよ。」と言われただけ。更に、花子ちゃん、太郎君と感染して、2月上旬まで我が家はまったりと機能停止状態でした。

1月28日(火)


この辺りのおけいこ事など教育関係費用の相場には、カリフォルニアでアメリカ人の親たちが支払う教育費の高さに慣れているはずのscamamも驚かされるものがありますが、中でも、日本人に英語を教えるチューターたちの値段は異常です。普通でも1時間60ドル、学校で教えていた経験がある、とか何かプラスαがつくとそれ以上です。カリフォルニアでは、小学校のESLの先生にチューターをお願いしても1時間40ドルでしたから、完全に足元見られています。しかも、週に1時間教えて頂いたところで、一体何が変わるというのか、正直わかりません。苦労して辞書ひきながら読むしかないのよ、と、花子ちゃんのチューターをお願いする、というのはカリフォルニアの時から懐疑的だったscamamですが、こちらに来て最初に花子ちゃんの学校のESLの先生にお会いしたとき、「1年たてば、ハナコはmiddleに行くのよ。middleに行っても1日中、ESL漬け、でいいならいいけれど、それじゃあ何にもならないでしょ。でも、middleの学科はどれもとても難しいから花子の英語を大急ぎでなんとかしなきゃいけないわ。直ぐに、いいチューターを見つけなさい。」と言われて、チューターのリストまで渡されたものだから、渋々そのリストの中から一人選んでお願いしました。

このおばあちゃあチューター、とてもいい人ではあったのですが、以前は小学校のESLの先生だったとかで、花子ちゃんが学校で読んだのと同じ読み物は持ってくるわ、アイヌ人に対する差別について嫌がらせは言うわ、挙句に3週間目にはハワイに遊びに行って、次の週は時差ボケで、2週間もスキップするわで、あまり意義を見いだせず、changeすることにしました。次に見つけたチューターは、high schoolで歴史を教えていた先生で、教え方がテキパキしていて、しっかりしたスタイルもあるし、親の希望もいろいろ聞いてくれて、それに、ティーンエイジの息子さん、娘さんがいるので学校の様子などもいろいろ聞けて、何の不満もないのですが、それでも、まだ、値段の割に花子ちゃんの英語にどれだけ寄与しているのか、手ごたえを感じられずにいました。そこで、12月の終わりにあったESLの個人面談で、このチューターと花子ちゃんがやっている教材を全てESLの先生にお見せしてどう思うか聞いてみたら、ボキャブラリーの教科書もグラマーの教科書も、フンって感じで横に除いて、「こんなのやらなくていいのよ。英語をimproveするには本をひたすら読んでればいいの。」って、じゃあ一体何のためにチューターが必要なのか、わからなくなってしまいました。そうこうしているうちに、カリフォルニアのG先生にも花子ちゃんがチューターについているのがバレてしまって、「英語はチューターにお任せって放り出して、ママはお茶でもゆっくり飲んでいるのか!時間もお金も無駄だからさっさとやめなさい。」ってお叱りの電話がかかってきました。

そこで、もう一度ESLの先生と対決してみることにしました。「あなたがチューターをつけろと言ったからつけたのに、ボキャブラリーもグラマーも勉強する必要はないって、それなら一体何のためにチューターをつけろと言ったのですか。」と率直に質問たところ、帰ってきた答えは、英語を勉強させるためにチューターが必要なわけではない。middleへのbridgeとして、チューターと準備をしておく必要があるのだ、だから何をしたらいいかはESLの教師である自分より、長年5thを教えている担任の先生に質問すべきだというものです。何だよ、それ、って思いながらも、ここまで来たら納得するまでやってみようと、早速担任の先生に相談のお手紙を渡しました。何度も書きましたが、最初はお話さえしてもらえなかった強面の先生ですが、手紙を渡した次の日に返事が返ってきました。花子ちゃんがチューターと取り組むべきTo do listとは~

Rsearch skill-
books, websites
note taking
biography

Reading-
non fiction
historical fiction
fiction-responding to books in writing with thoughts & opinions
Writing-
esseys-informational, persuasive, liberary
Poetry-
interpret poems

これは、もう英語がどうの、という域を超えています。G先生に言わせれば、こんなことは尚更、精神的、学力的にmatureするかどうかにかかっていることで、高いお金を払って他人にやってもらうことではない、ということになります。もともと、middleをにらんで選んではいるチューターですが、本当に必要かどうか、まだまだ思案は続きます。

1月26日(月)


大騒ぎの週末が明けて、朝一番で学校に立ち寄り担任の先生に事情を説明しました。その後、ようやく先週見つけられなかった整形外科に辿りつきました。ドクターは、評判の良い方らしく、待合室は大変混雑していました。1時間待って、ようやく診察を受けたところ、花子ちゃんの足首の骨は縦の割れ目がくるぶしまで入りそこからぐるりと今度は水平に割れているということで、複雑骨折ではないけれど、6週間はギブスが必要とのこと、3,4週間で済むかと思っていたので、予想以上でした。

真っ白いギブスをはめて、松葉杖の痛々しい姿で、登校したのは漸くランチの時間です。先生は花子ちゃん支援システムを準備して待っていてくれました。花子ちゃんのspecial aidとして、ボランティアで名乗り出てくれたたくさんのクラスメイトの中から、花子ちゃんが大好きなクレアとレイチェルを指名してくれて、花子ちゃんは大喜びです。学校は、もちろんバリアフリーですが、エレベーターには子供だけでは載っていけないことになっているので、花子ちゃんの日課に合わせて、school aidがお世話をしてくれます。親の出番は送り迎えだけで、拍子抜けです。正に、アメリカのボランティア精神の真骨頂で、花子ちゃんの一挙一動を皆が見守り、争って手を出そうとしてくれます。その中で、手を貸してもらったら心から感謝の気持ちを伝えること、自分でできること、できないこときちんと見極めて、甘えすぎず突っ張りすぎず過ごすこと、花子ちゃんは学んでいます。どちらかというと、一匹狼で、いつも肩で風切るように走り回っている花子ちゃんには、とてもよい経験となりました。

残念だったのは、サッカーリーグ、バスケットリーグをgive upしなければならなかったことと、エリス・アイランドへのfield tripを断念しなければならなかったことです。今、social studiesでは移民について学んでいて、移民管理局があったエリス・アイランドの博物館見学はその山場の一つだったのです。暖かくなったら、家族で行こうということで、渋々あきらめたようです。それから、寒いこの地域の冬の唯一の楽しみであるスキーも今年は残念ながらいけません。そうすると他にはやることなくなっちゃうんですよね。

「なんだそりゃ。」と思ったのは、「花子ちゃんは足の骨を折って、アメリカ人のお友達に優しくしてもらっている。花子ちゃんはラッキーだ。」と花子ちゃんに繰り返し言いに来る日本人の女の子。「気にするな。」と言ったって、本人はいろんなこと犠牲にして、ラッキーだなんてこれっぽっちも思っていないのに、毎日、顔を合わせる度に言われて相当気がめいったらしく、親が取り合わないのでとうとうスクール・カウンセラーに相談に行き、その子を入れた3人で話をしてもらったのだそうです。本人が最後には「ジェラシーだった。」と認めて一件落着したのだそうですが、つくづく、日本人社会っていうのは異質なものに対して厳しいなぁ、と、まあ、うんざりした次第です。