2月8日(日)


この日曜日、これまでの凍えるような日々とは打って変わって最高気温は15℃まで上がり、家族の体調も元に戻って、漸く少し気分転換に出掛けるかというような気持ちになりました。とはいっても、松葉杖の花子ちゃんがいますから、せいぜいドライブ程度。そこで、ロングアイランドの大西洋側、地図で見ると内海と外海の間を道路だけが走っていてとてもよさそうに見えたOcean Parkwayを目指して出発しました。ロングアイランド は、scamamにとっては懐かしい響きがあります。何十年も前ですが、フィッツジェラルドの作品を繰り返し読んでいた時期があります。中でも、グレート・ギャツビーは、その時代のアメリカの華やかさと儚さに惹かれて何度も読みました。作者もギャツビーもロングアイランドに住んでいたので、ひょっとしたら近くを通るかもしれないと、出掛ける前に、改めて舞台となりまたフィッツジェラルドが住んでいた街の名前をチェックしました。

さて、目的地には約1時間強で到着しました。このParkway沿いには何件もの海の家らしきものが並んでいて、きっと夏には格好の海水浴場になるのでしょう。もちろん「海の家」はこの時期営業していませんでしたが、駐車場には、暖かい日曜日の午後海辺の散策を楽しみにやってきた人々の車がたくさん停まっていました。海岸は美しい砂浜で、砂浜に沿って長いウッドデッキが続いていました。もっと暖かくなったら、ウィークディに一人で車を飛ばしてジョギングしに来よう!って、こっそり心の中で決めました。松葉杖の花子ちゃんが一緒では長い距離を散策することもできず、早々に引き揚げて、今度はウェブで調べた韓国料理ビュッフェのお店を探しにロードアイランドを横断します。目指すはFlushingという街。Long Island Expyを途中で間違えて降りてしまったので、ロングアイランドの北を東西に走るNorthern Blvd.という幹線道路をひたすら西に向かって走ります。雰囲気のいい町並みが続き、フィッツジェラルドゆかりの街は確かこの辺りだったかなぁ、と思っていたところ、走るにつれて何やらハングルだの漢字だのが目に飛び込むようになり、街ゆく人も車を運転する人もどんどんアジア人が増えていきます。ガソリンスタンドに寄ったとき、ふと向かいの動物病院の看板を見ると"Great Neck"という文字を見つけました。これこそ、事前にチェックしてきたフィッツジェラルドがその全盛期にジャズ・エイジを謳歌し、グレート・ギャツビーの舞台となった街です。おお、今はアジア人街になっているのか!これは衝撃です。白い麻のスーツに身を包んだロバート・レッドフォードのギャツビーが大邸宅の庭でほほ笑む、そんなイメージが、あるんですけれどねぇ。目の前にあるのは、夕暮れに輝くハングル文字。80年、ってそういう年月なんですね。

さて、気持ちを取り直し、数㎞も続く韓国街の中で、ようやくたどり着いたお目当てのPicnic Garden というお店、繁盛しているようで数名の待ち客が。数分待ってようやく店内に入ってふとドアの内側を見ると、そこには、「No 竹島 No 日本海 No 日本」と黒々としたゴシックで印刷された黄色いシールがバシッと貼ってあってびっくりしました。「ねえねえ、どうする?」とパパを小突くと、もう目の前に繰り広げられている韓国料理&BBQのビュッフェにすっかりその気になっているパパは、「いいんだよ。中国人の振りしろよ。」って意にも介さない様子。それなのに、席に通されてオーダーする際に、「中国人か日本人か?」って聞かれて、「日本人だよ。」ってニコッと笑うパパは鈍感なのか、太いのか。どうなることかと思っていましたが、現場を取り仕切る2代目らしき若旦那が直接うちのテーブルを受け持ってくれて、次から次に細やかにサービスしてくれるので迷惑がられているわけでもなさそうです。パパいわく、「貼ってあるだけだよ。個人的には大丈夫なんだよ。」ってことなんだそうです。そして、数多い種類のお肉の中から骨付きカルビのみを堪能し、お腹いっぱいになってお店を後にしました。でもね、ドアを出る時、レジに座っている店主らしき人と目があったので、件のシールを指さしてみるという挑戦をしてみました。おじさん、ニコッと笑って肩をすくめていました。

こんな場合どうするか、っていうのは後日、日本人ママたちの間で話題になって、マジョリティの意見は、「何が起こるか怖いから、お店に入ってシールを見つけた瞬間に店を出る。」というものでした。scamamも、今回はパパに引きずられた形になってしまったけれど、わざわざそんなシール貼っているなら、お互いに気分悪いし、やっぱりパーンとイスを蹴るみたいに、出てきたかったな、と、今では思っています。うーん、やっぱりもういかないかな。


大西洋に沈む夕日です
米国東海岸子連れ生活日記

「菜の花や月は東に日は西に」
米国東海岸子連れ生活日記

定点観測。雪が解け始めました!
米国東海岸子連れ生活日記

これが、Flushingの韓国街。3キロほど続いています。1990年代から発展し始めたそうです。

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2月7日(土)


以前見つけた日本についての辛辣な一面記事 から週間ぶり(と思う)の日本についての一面記事がNew York Timesに載りました。かわいいクジラの写真付きで記者も違うのでちょっぴり期待しましたが、中身はやっぱりnegativeです。タイトルは、"Japan's Big-Works Stimulus Is Lesson for U.S. "。記事は、1面から10面に続き、10面には島根県浜田市の地図と、のどかな漁村にかかる巨大なマリン・ブリッジなる橋、そして、道路新設工事で働く労働者の写真が大きく掲載されています。内容は推して知るべし、日本がバブル崩壊後に景気刺激政策として行った公共投資がインフラに偏りすぎていて教育やヘルス・ケアなどよりリターンの大きい分野への投資がおざなりにされた、その結果、国のdebtは激増したものの、公共投資の影響は非常に一時的なものに終わってしまった、これをアメリカは反面教師にして、経済効果がより長続きする分野への公共投資を慎重に選ぶべきだと、正にこの時期、沸騰していた、オバマ氏のeconomic stimulus planに関する議論への一石を投じていました。

記者の名前は日本人ではないのですが、ちゃんと日本の勉強はしてくれているようで、島根県に土木関係の公共投資が多い理由もちゃんと書いてありましたぁうぃっしゅ。今回は非常に冷静な記事で、scamamのような一介の専業主婦には反論の余地もありません。更に、13日には、ビジネス紙面の一面に、"In Japan's Stagnant Decade, Cautionary Tales for America "という題で、今度は銀行救済策についても日本の轍を踏まないように、とsuggestしてます。更に更に、8日のも、”In Japan, New Jobless May Lack Safety Net"という題で、非正規社員の困難な状況についての大きな記事が載りました。太平洋の端っこの小さな国のこと、俄然、注目し始めた、って感じ、こんなに意識してくれること、めったにないのでちょっとこそぐったいなぁ。でも、渡米したばかりの9月、金融危機が始まったばかりのころ、既に、一介の専業主婦にすぎないscamamでも、状況は当時の日本と似ているなぁ、と感じていたから、「今頃っ!」って気がしないでもないです。まあ、あの頃は大統領選挙に皆夢中だったから仕方ないかな。


これが件の橋です。


日本についての記事は総じてこんな感じなので、なかなか花子ちゃんのnews articleの発表には使えないのですが、それでも何とか日本の良いところを宣伝していこうという目的に合った記事を一生懸命探しています。漸く見つけたのは、シリコンバレーのベンチャー企業家が、Nissanと組んで電気自動車のための充電サービス・ステーション をカナダ、イスラエル、日本及びシリコンバレーで展開していこうとしている、というもの。NissanをJapanese car makerと言わすことに少々後ろめたい気持ちがしたものの、マクロはダメでもミクロで頑張る日本の姿を花子ちゃんは高らかに宣伝しました(っていうか、主役はシリコンバレーのベンチャー企業家なんだけれど)。先生の反応はいまいちだったけど、発明家になりたいといっている男の子は"Oh!"って言ってくれたんだそうです。海外子女は、苦労してるよぅ(この後、ドカーンと来る国辱的インパクトへの布石だよー)。



2月6日(金)


花子ちゃんのクラスに、金髪の長い髪をいつもギュッとひとつにしばり、男の子のような格好で、男の子とばかり遊ぶクレアという女の子がいます。彼女はいつも朝教室の扉があく10分前からドアの前に並んでいるので、花子ちゃんが初登校した日に初めて会ったのもクレアでした。ドキマキしている花子ちゃんの代わりに、「日本から来たハナコよ。よろしくね。」とscamamが話しかけても、まるでふてくされた男の子のように、「フン」とうなずいて終わってしまって、「東海岸はアジア人に冷たいってやっぱ本当かなぁ。」とscamamまでドキマキしてしまいました。

その後、日本人ママたちから、彼女はアメリカン・フットボールが大好きで男の子とばかりプレイしているとか、ランチタイムも男の子の席にしか座らない、とか、3年生のThanksgivingの時には、みんなコロニアル・スタイルの衣装を着てきたのだけれど、彼女だけ男性の衣装でとても目立っていたとか、色々聞かされて、更に、日本人ママたちの間では、彼女は絶対に性同一性障害よ、なんてことになっているのもわかって、げに恐ろしや、と思っていたのですが、花子ちゃんにとってははクレアは妙に気になる存在だったのです。長距離ランをすればクレアが1位で花子ちゃんが2位、体育の時間にはいつも競い合い、クレアも初日のそっけなさは別として、それなりに花子ちゃんを認めてくれたようで、クレアが足をくじいた時にはベースボールの代走にハナコを指名してくれたのだと、花子ちゃんは有頂天になっていました。お休み時間に、クレアが以前、ジャパン・バッシング で書いた超保守層の男の子と戦争ごっこをしているところに、「入れて。」とついていったこともあります。

そんな彼女が、花子ちゃんが骨折した翌日の土曜日、ピーンポーンと我が家のベルを鳴らしたから驚きです。ママと一緒に犬の散歩がてら、お誕生日の招待状を持って来てくれたのです。もちろん、クレアはこのとき初めて花子ちゃんの松葉杖姿を目にして、「いったい、何があったの!」って、いかにも「格好いいじゃん。」って言うような感じで聞いてくれて、それがまた、そりの上に突っ立って滑ったせいだ、と来たものだから、大喜び、月曜日の朝一番にクラスに行って先生に説明するscamamの横から、「そりの上に立って滑ったそうです。」と口添えしてくれました。そして、花子ちゃんのスペシャル・エイドにもいちはやく手を挙げて先生の指名をゲットしてくれて、あれほど恋い焦がれていたクレアにお誕生日は誘ってもらうわ、エイドにはついてもらえるわ、で、もう、花子ちゃん、大満足でした。

そして、今日がそのお誕生日パーティ。レストランでの食事の後映画へ、というコースだったのですが、杖をついて薄暗く段差の多い映画館は自粛して、レストランだけの参加にしました。花子ちゃんのクラスで呼ばれたのは、花子ちゃんと男の子がもう一人だけ、その他に他のクラスや学校の幼馴染の女の子、男の子が数人、花子ちゃんはますます大満足だったのです。

しかし、パーティの後、二人の仲が急速に密着するということにはならず、クレアは2週間目にはエイドも飽きて、よほどのことがない限りは花子ちゃんのところに飛んでこなくなり、相変わらずマイペースに日々を送っているようです。どうやら、この二人、似た者同士かもしれません。ということは、花子ちゃんも日本人ママたちに、なんとか障害、って呼ばれているのかしら、って妙に不安な気持ちになるこの頃です。

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