2月14日(土)


今日から現地校は9連休。現地校のお友達は、次々にスキーやディズニークルーズへ出かけていきます。タビーのママ、ゲイルなんか、昨日、合鍵を持ってやって来て、イギリス・ドイツに家族で帰るからその間メールのピックアップなどよろしくって、花子ちゃんの足があんなんだからどこへも遠出しないことお見通しのようです。しかも来週の月曜日はプレジデント・デイでパパも太郎君もお休み。遠出ができなくても、近場でいいからせめて1日でも2日でも、おさんどんから解放されたい、というscamamの切実な希望から、Washington DCに出かけることになりました。車で5時間ほど、近くはないけれど、遠くもない、どうせ太郎君がミュージアム、飽きちゃうから1泊だけのつもりで出掛けました。花子ちゃんが松葉杖ではあちこち見て回れないだろうと、レンタルの車いすを用意しました。

DCは花子ちゃんとscamamにとっては3年ぶり、前回はカリフォルニアから、これが最初で最後かもしれないと思いながら、母子二人旅 を楽しみました。時差ボケの2年生の子供を引きずるように歩き回った街なので、地図が驚くほど頭の中に残っていました。前回に比べて今回は車があるのでとても楽なのですが、問題は駐車場。この週末のDCはお天気もよく、バレンタイン・ディとも重なってかなりの人出で、週末の路上フリーパーキングエリアは完全に埋まっていて、一苦労でした。


まずは、国立アメリカ歴史博物館へ。前回は、最後の最後にちょっとだけ、覗いたところです。なにせ、前回、花子ちゃんが最も興味があったのは、虫やら動物やら恐竜やらの模型やはく製がうじゃうじゃしている自然史博物館でしたから。しかし、今回は歴史博物館、大ヒットです。1階から最上階まで、わんさか花子ちゃんが学校で勉強したことが出てきます。とことん楽しんで、結局11時に入館して閉館の5時に警備員から外に出るように言われるまで、この博物館の中にいました。ブラックアメリカン初の大統領誕生という一大テーマに加えて今年はリンカーン生誕200周年というタイムリーなめぐりあわせ、館内あちらこちらでオバマとリンカーンの写真が見つめています。リンカーンの特別展示には長蛇の列が出来ていてとうとうあきらめました。それでも、やはり長い列に並んで、"Star Spangled Banner Flag "に辿りつきましたが、これはかなり感動ものでした。The Price of Freedom のコーナーも、前回は花子ちゃん、ほとんど興味を示してくれませんでしたが、今回はかぶりつき。太郎君? この博物館での一番のお気に入りは交通の歴史コーナーでした。


米国東海岸子連れ生活日記


オバマ氏とキング牧師、感動です。
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こちらはファースト・レディのコーナー。実は、オバマ夫人の右側にはあとせいぜい2枚くらいしか写真を貼るスペースがなくて、それを見たアメリカ人のおじいさんが、「こりゃまずいこっちゃ。アメリカはもっと続くのに。もっと大きなミュージアムが必要だ」とぼやいていました。誰も聞いていないかったようなので、うけてあげました。
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さて、なんと、この時点でほぼ日は暮れかかり、本日はこれにておしまいです。パパが遠くに停めた車を取りに行っている間、それでも花子ちゃんは夜7時までやっている自然史博物館を冷やかしていましたが、お腹もすいたsi

、まずはホテルにチェックインしよう、そして、もう1泊延ばそうということになりました。


さあ、ここで大事件が起きました。今夜の宿泊予定は、Hotel Lombardy 。ジョージタウンとモールの中間にあって、キッチンやダイニングルームもついて三ツ星半で138ドル。ホテルでのんびりしたいscamamの厳選です。ホテルの入口も雰囲気のあるいい感じ、これは当たりだと思ったら、なんと、予約システムのエラーでここには泊まれない、別のホテルを紹介する、もちろん、このホテル以上にいいホテル、マネージャーが慇懃にサイン入りの紹介状を封筒に入れてくれました。こういうとき、うちのパパってあっさり仕方ないねえ、って引き下がるんですよねぇ。で、横から、scamamが、ねえ、もう1泊延泊するから何とかしてもらえない、って口をはさんでも、明日なら空いてるから明日また来て下さい(来るかっ)、もう今日は9組もそちらのホテルに回しているんです、それならそちらのホテルはどんなホテル、星の数とか同じなの?って食い下がると、もちろん、同レベルのホテルをご用意しました、差額は全額こちらが用意いたしますって、とにかく、もう駄目っぽいので、仕方なくそのホテルに行ってみることにしました。ほんの数ブロック先のState Plaza Hotel 。後から調べたら二つ星半(大嘘つき!)のこのホテル、ホテルの前に車を停めた途端、scamam様のお気に召さないことがわかりました。メインストリートから外れたところにあるのはまだいいとしても、ビジネスホテルみたいだし、ホテルの前には若いお兄ちゃんたちがたむろっているし、絶対に自分で選ぶんだったらこのホテルは選ばない、パパ、なんとかしてよと泣きついて、さすがのパパも件のマネージャーに他にオプションないの、って電話してくれました。そのマネージャーは、部屋はいい部屋なんだよ、まずは部屋を見てから決めてよ、もしだめならもう予約をキャンセルするしかないね、っていうんで、全額返ってくるんだろうな、と、聞くと、それは予約仲介サイトのExpediaに聞いてよ、ってもう全く嫌な感じ。絶対にそのうちExpediaのUser Reviewに書いてやる!絶対に、こんなところで泣き寝入りしない、って、地球の歩き方のホテルリストからこれは、って言うところに電話をかけ始めました。2,3件、当たったところでRenaissance Mayflower に空室が見つかり、しかもお値段も4つ星で180ドルとreasonable、当初の予算はオーバーしたけれど、到着してみればHotel Lombardyよりもずっと良いホテル、結果オーライです。それでも、気が済まないscamamは部屋に入るやいなや、Expediaに電話をして、「ひどい話よ。」ってまくしたてました。Expediaってこういうトラブルの時、対応いいんですよね。全額返金の上に、差額分のうち25ドルは商品券で送ってくれることになりました。直接Expediaに電話して予約しなおせば差額も全額負担してくれたのだそうで、そこはかっかして考えの及ばなかったscamamの失敗です。そうこうしているうちに、時刻はもう9時。scamamが電話でエキサイトしてくれている間に、パパが調達して来てくれた夕食を素敵なホテルの部屋で頂きました。ケチだからルームサービスはとらないのよ。子どもの喜ぶメニューないし。


翌朝は、のんびり10時に航空宇宙博物館へ。ここも2回目だけど、G先生にビッグバンから人工衛星の衝突まで、グリグリ痛めつけられている花子ちゃんにとって、今回はとても面白かったようです。太郎君も、飛行機、ロケット、かぶりつき。ボタンを押したり、操縦桿を握ったり、大興奮で、ここでもまったり半日過ごしてしまいました。


航空宇宙博物館
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手前がアポロ11号
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ライト兄弟も、久し振り!
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米ソの核弾頭ミサイル。花子ちゃん、興味津々でした。
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太郎君、動けません。
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スーベニア・ショップで買った、スミソニアン・ロゴ入り凧を揚げる太郎君。
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夢は空高く。
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その後は、公園を挟んだ向かい側のナショナルギャラリーへ。前回は、花子ちゃんが関心を示してくれなくてパスしたところです。どうだろ、やっぱり美術館は、アメリカ厳しいか。数打ちゃ、みたいな感じでしょうか。それでも、珍しく、うんうん、と聞いてくれる花子ちゃんにルネッサンスや印象派について語るツバキを飛ばして父と母。太郎君は少々疲れ気味です。


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さて、またもや驚愕の事実が。ナショナルギャラリーを終えて外に出てみれば、もう夕闇が。ってことは、我々は2日間で、3つしかミュージアムを見ていないわけ?まだホワイトハウスもリンカーン記念館も行ってないよ~。議事堂、ジョージタウン、マウントバーノン、どうするの?と言っても、今日の活動はここで終了。食事を終えてホテルに帰ったのは9時過ぎで、あんなに苦労してとったホテルでの滞在時間はとても短いのです。


ひとまずドライブして帰ることに。
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最終日は意を決して早起きし、まずはモールに向かいます。この日のホテルの滞在時間、12時間ちょうど。車のパーキング時間で確認しました。3文の得をして、ワシントン記念塔の下に運よくパーキングロットを見つけ、ホワイトハウスに接近すべく広い芝生のグラウンドを横切ります。最接近したところには、記念撮影用なのか、大統領の演台のような記念碑が。ところがそれを取り巻いているのは中国人のおじさんたちの団体です。みんな、パパのニコンより立派なカメラを持って、一人ひとり演台の上に立ち、順番に記念撮影。本当に嬉しそうに、楽しそうにやっていて、時代の移ろいを感じました。はしゃぐ中国人観光客を撮影するのはたぶんヨーロッパ人らしきプロかセミプロのカメラマン。順番を待つ間に飽きてしゃがみこむ太郎君の姿まで写真を撮っていきました。記事にするならどんな記事にするのか、読んでみたいです。

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今日は車いすの花子ちゃんを除いて、ガンガン歩きます。ワシントン記念塔に戻ってモールを抜けてリンカーン記念館へ。同じルートを3年前に通ったはずですが、花子ちゃん、あれだけ現地校で独立戦争やら憲法やらやったので、今回は感度が違う。しかも、この前フォレスト・ガンプも見たし。太郎君も花子ちゃんがご機嫌だとそれだけで楽しくなっちゃうくちだから、テクテク歩く歩く。休日の気持ちの良い散歩となりました。


ダンス!
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記念塔から第2次世界大戦記念碑とリンカーン記念館をのぞむ

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パールハーバーの時のルーズベルト大統領の言葉。パールハーバーは、目下ベトナム戦争とともに花子ちゃんの「なんでぇ」の対象です。
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マッカーサーの言葉。花子ちゃんにとってはヒーローなんだな、これが。
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太郎君は水鳥がおしりを上にあげて餌を食べるのが面白くて仕方ありません。振り向けばそこにリンカーンが見下ろしているのに。

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ゲテスバーグ演説

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リンカーン記念館からワシントン記念塔を望む
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ベトナム戦没者慰霊碑
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今回の旅行はここにて時間切れ。たまには一人で旅でもしたいといつも思っていますが、家族で感動をともにできるのは、やっぱり楽しい。春になったらこっそり企てていたボストン一人旅も家族旅行に変更しようかな。それにしても、ワシントンD.C、相変わらず後ろ髪を引いてくれます。今回はスミソニアン博物館の会員にもなったし、また来なきゃ。


リンカーンの撃たれたフォード劇場と、最後の場所となったその向かいの小さなホテル。今回は、前を通るだけになりました。

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5時間のドライブの前に、中華街で腹ごしらえしました。
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2月13日(金)


この前、年末年始のお休みが終わったばかりだというのに、この週末から1週間、現地校は冬休みに入ります。しかも、明日はバレンタインディ。子ども達は浮き足だって勉強どころではありません。カリフォルニアにいた1,2年生の頃は、バレンタインディに交換するお菓子を入れるバッグまで工作の時間を使って作るほどの念の入れようでしたが、さすがに5年生にもなってやらないだろうと思いきや、水曜日になって、先生が「やりたい人はどうぞ。そのかわりやる人はクラスの生徒全員に準備してきてね。」って事実上の「やります宣言」をしたから、大急ぎでCVSというドラッグストアに走りました。ここにいけば、ToとFromが印刷されているかわいい小袋とそれに入れるキャンディが山のように売っているので後は名前を書き入れるだけ。こんな心のこもらない贈り物、しかもちっともおいしくないお菓子を交換し合うのって意味ないよね、無駄だよね、って心の中で叫びながらも、我が家はこういったアメリカのカスタムは全て参加するのが方針。くだらない、って、やらないくらいなら、日本字学校で餅つきしてればいいのです。だから、よもや、日本人学校ではこんなことはやらないだろうと思っていたら、帰宅した太郎君のあちこちのポケットやカバンの小物入れからポロリポロリと親学級のお友達からのプレゼントが出てきてしまって、びっくり恐縮。太郎君は手ぶらで登校しちゃったのにね。

さてさて、花子ちゃんの学校の5年生には、今まで9人の日本人の女の子がいたのですが、今週、双子ちゃんが加わって11人となりました。5年生の女子数が全体で35人程ですからすごい割合です。これだけ日本人がいるのに、彼女達の偉いところは先学期にゴタゴタした後皆で決めた「学校ではNo Japanese 」っていう方針を滞在年数にかかわらず今でも守っていることです。決めたママたちは、そうはいってもそのうちなし崩し的に話し始めるだろうから皆で情報交換してようね、って言いあっていたのですが、どうやら杞憂だったようです。しかし、この環境、新しく入ってくる日本人にとってはとても辛いです。しかも、困ったことに、双子ちゃんの片方は花子ちゃんのクラスに入り、花子ちゃんがエイドに任命されてしまったのです。scamamが心配したのは、気配りと応用のきかない花子ちゃんが、No Japaneseと言われている環境で、英語が全く分からない日本から来たばかりの友達を一体どうやってヘルプするのか、相手の感情の細やかな動きに頓着しない花子ちゃんが果たしてボッシーと言われることなくヘルプを務められるのかという点です。エイドに指名されたこと自体は、先に来ている日本人が後から来た日本人を助けるのは当たり前、みんな通る道だから精一杯できることをしてあげなさい、と花子ちゃんには言ったものの、もう少し花子ちゃんが期待されているjob discriptionをはっきり聞いておかなきゃ、と、またもや意を決して担任の先生の所に出かけて行きました。先生は、scamamの顔を見るなり、「あなた、日本人の女の子が新しくこのクラスに入って、ハナコがエイドをやるって知ってる?」てニヤッと笑うので、びっくり、大分この先生はscamamの性格を把握しているらしい、待っていてくれたのね、って勝手に気持ちが楽になりました。「ええ、そのことでお話が。エイドとして先生の期待されことは何ですか。日本語への翻訳も期待されますか。」と単刀直入に尋ねると、ハナコのジョブは初日に学校の中を案内することと、先生が必要だと感じ指示したときに日本語で説明することだ、ととてもクリアな答えが返ってきました。この日、花子ちゃんは先生から、「ハナコはこんなにクレバーなのに花子のママは心配しすぎよ。」って3回も繰り返し言われたそうです。

でも、エイドする側とエイドされる側、花子ちゃんほどあくが強くないお子さんでも、本当にしばしばトラブルが起きるのです。エイドする側だって完璧な英語が話せるわけではないから余裕がないし、エイドされる側も日本語に訳してもらう習慣がついてしまうと依存しちゃうし、全部訳してもらえないと「意地悪」されてると感じてしまうこともあるのだそうです。それに、現地校の先生の中には、英語の全く分からない子供の面倒をみるのを面倒臭がって同じ国の出身の子供に押し付けてしまう先生もいるらしく、だから、事前に花子ちゃんのto doをこんなにきっぱりと決めてくれたことを聞いた先輩日本人ママは「いい先生ねぇ。」って感に入っていました。

アメリカの学校にやって来て、こんな風に日本にいたらしなくてもいい苦労を毎日しているjapanese girls達ですが、ホリディ前の最後の放課後はそのままどぉっと5人で花子ちゃんの家に遊びに来てくれました。滞在期間の短い子がほとんどだったから、放課後だからNo JapaneseじゃなくてNo Englishにしよう、ってことになったらしく、みんな羽を伸ばして思いっきり喋りまくっていました。、日本語になるとgirlsの間の力関係が微妙に変化するらしく、滞在期間が長くてとっさに出る言葉が英語という子に向かって、"No English!"って叫ぶ子もいたりして、その時ばかりは、両方いいことにしようよ、って飛んでいきました。