宮城県北部の漁師町、南三陸町では、かつて養蚕業が盛んでした。桑畑が今もあちこちに残っています。
かつて日本の輸出産業の5割を支えた殖産興業の名残りと、魏志倭人伝にも残る農蚕業の長い歴史を体験する為に、戸倉小学校では、養蚕指導員の阿部一郎氏を講師に、4年生の総合学習の時間に、養蚕を体験しています。戸倉小学校には、養蚕小屋が設置されています。
実際に4,000頭の蚕に、桑の葉を食べさせて、成長記録をつけて、平均値を求め、桑の葉の量を調整し、上蔟から繭掻き、出荷まで全工程を子供達が行います。
養蚕は、歴史、社会、文化、理科、算数、道徳の広い分野に跨る学習の機会でもあります。
かつては家の2階が養蚕スペースだった家も少なくありません。津波で流された小学校の養蚕小屋は、ご支援もあり、1年ほどお借りした隣の市の廃校にも設置されて、その後戸倉小学校新設の間、間借りしていた隣の小学校にも設置されて、体験機会を36年間継続して参りました。
夏休みに入り、蔟(まぶし)に繭を作って蛹となったお蚕様を、蔟から外して、毛羽を取り、品質の良い出荷出来るものと、繭細工として使うものに分ける作業を繭掻き(収繭しゅうけん)と言います。専用器具を使って、育てた出荷可能繭6.4kgと、卒業生に贈るコサージュを作る繭細工用3kgを見届けて終了です。
蛹になりたての蚕は、幼虫の頃より小さくなって、まだ柔らかい。
ニコイチ、一つの蔟に2匹のお蚕様が入った一回り大きい繭を割って、中身を確認しました。
蛹の横にあるのは、幼虫の頃の口の部分です。
蛹以降の蚕に口は不要です。
完全変態する生き物を育てる。命を頂く。
生き物の出す糸で作られる製品によって、生活を支えて来た歴史を知る。
自然豊かな環境も、触れることなく過ごせば、窓の外の風景です。観て、聴いて、触れて、実際に体験する事で、自然や環境に対する解像度は上がります。
戸倉の子供達『戸倉っこ』は、こういう環境で育ちます。
牡蠣の名前も、『戸倉っこかき』です。豊かな自然環境をしっかりと次世代へ伝えていきたい思いが込められています。
南三陸サポーターズ倶楽部 事務局











