こんな時にこそ感じる人情ってありますね。
心配と迷惑掛けてるのはわたしなのに
たくさんの方々が心を寄せてくれて
温かい言葉のシャワーを浴びせてくれて
こんな状況なのにあったか~くなってます。
父にはわたししかいないという思いは
たぶん勝手にわたしが思い込んでる部分が
とても大きい。
だって、父の想いは父にしかわかんない。
もしかしたら、わたしの行為を
迷惑に思ってないとも言いきれません。
自分以外の人の心をおもんばかるのは
親子といえども難しいものです。
この歳になってくると、わたしと同じ状況を
抱えている人も多くなってきてます。
親を見送ったら、今度は自分達が心配される側。
今わたしは、自分が
どんな風に最期を送って欲しいのかを
表現しているのかもしれません。
そう考えると、自分の今の行動は
後のユウヤには重たいよな~、と思ったり。
想像ですが、多分今の父は
もうわたしのこともわかっていない気がします。
「お嬢さんのことはわかってますよ」
そう看護師さんがたは言って下さいますが
それは、こんな風に付き添ってるわたしの時間を
無駄に感じさせない為の配慮なのではないかと
そう思います。
わたしは今、父の為と言うよりも
自分の後悔に決別する儀式をしているのかも。
この先、後悔という荷物を背負いたくいから
今という時間を費やしているのだと思います。
もちろん、後悔の感じ方も人それぞれですが。
雨音を聞きながら、
そんなことを考える夜。
・・・今夜はボビーコールドウェルを聴きながら、ゆるやかに雨の夜を過ごしてみます。
おやすみなさい。
明日は晴れますように。





