妹の結婚式に向けて。 | フォトグラファーSayoの乳がん日記

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09年4月,浸潤性乳管癌を告知される//リンパ転移あり//トリプルネガティブ患者//術前化学療法CE4クール+TC2クール→癌肥大によりCE2クール//09年10月,部分切除+リンパ切除//09年11月,右膝骨・肝臓・肺転移 右膝に放射線照射//09年12月,パラプラチン投与開始

私は3人兄妹だ。


前述した兄(三つ上)と、としごの妹。

私、真ん中。


兄も妹も住まいは東京。

滋賀からだと、少し離れている。


5月23日(土)、

その、東京に住む妹が結婚した。



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私。

日は遡って20日(水)早朝。

抗がん剤の副作用で

何日か前から

扁桃腺炎になる。

38度の熱が何度も出ていた。

それがとうとう悪化。

40度の高熱。


すぐに病院へ。

肺炎の可能性があるためすぐに胸のレントゲン。

結果、肺炎は免れた。

が、緊急入院。

9時から18時までずーっと点滴。

長かった。



21日(木)も熱が下らず引き続き入院。


実はこの日15時から、東京のJ大学病院の

セカンドオピニオンを予約していた。

友人Nちゃんのお父様からの紹介で

前々から決まっていたのだが

この熱では行けない。


急きょ母ひとりが行くことになり、

東京の妹と妹の婚約者も合流してくれ、

私の代わりに話しを聞いてくれた。


NちゃんとNちゃんのお父様も

わざわざかけつけてくれ、

母たちがセカンドオピニオンを聞いている間じゅう、

待合室でずっと待っていただいていたそう・・・。

本当にありがとうございます。


私はこの日もまた、一日中点滴。


このまま熱が下らないと

妹の結婚式に行けない・・・。


結婚式は10時からなので

どうしても22日のうちに退院をして、

その日のうちに東京へ行かなければならなかった。


そこで先生と看護婦さんに相談・・・。


22日、朝の5時から点滴を開始してもらい、

なんとか午前中に強行退院。

(先生、看護婦さん本当にありがとうございます!!)


そのまま耳鼻科に行って

喉に応急処置をしてもらい

父と共に新幹線のホームへ。


体調がよくなってきた。

京都駅でドクターイエロー に遭遇!!!!

こんなことあるんだっ!!

隠れ電車好き(乗り鉄)の私としては大興奮!!

いざ、新幹線N700系に乗り東京へ。



どんどん体調が良くなる。

妹の結婚式になんとか出られそうなことに

どんどんテンションがあがっていく。



先に東京へ向かった母とホテルで再会。

会うなり笑顔。


その向こうに妹と妹の婚約者。

顔を見るなり涙。

妹と抱き合って泣いた。泣いた。

「少し痩せたね・・・。」と、妹。

そう、抗がん剤投与前に比べて

5kgほど体重が落ちた。


結婚式前の女性は綺麗だと言うが、

挙式前日の妹はとても綺麗だった。

本当に。

嬉しかった。


実は。

サプライズその①。

妹のために手づくりのネックレスとイヤリングを

内緒で作っていた。

入院前になんとか作り終えていたので

あとは渡すだけだった。


夜。

彼女に渡し、姉のお役目終了。

泣いた。

妹も私も。

作ってあげることができてよかった、本当に。


手づくりのネックレスとイヤリング、初めての作業をがんばってみた。

40度の高熱は、単に知恵熱だったりして・・・・・。


妹たちと別れて部屋へ。

東京の夜景が一望できる24階の部屋。

ワクワク、かなり興奮ぎみ。

だけど、翌日の結婚式に備えてゆっくり寝よう。

明日お天気になりますように。



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翌日。

23日(土)。

結婚式当日。





・・・・つづく。