前田日明というプロレスラーがいなかったら、日本で総合格闘技は根付かなかった。そう語る人は多い。私もそう思う。

 

ヨーロッパ遠征から凱旋帰国した前田日明は、七色のスープレックスとフライングニールキックを武器に大活躍。

 

脳天から落とすような受け身が取れないスープレックス。怪我しかねないフライングニールキック。

 

妥協なき前田のプロレスに恐れを抱き「アキラとは戦いたくない」と山本小鉄コーチに訴える選手がいたのだから凄い。

 

しかし、アントニオ猪木や長州力とのシングルマッチでは完敗した。

 

前田日明が手がつけられないほど強くなったのは、UWFの1年半を経て、新日本プロレスにUターンしてきた時だ。

 

キャプチュードなど受け身を取れない投げ技に、容赦のない顔面キック。1秒と耐えられない関節技。

 

まさに「打・投・極」と三拍子揃った格闘プロフェッショナルレスリングで、新しいプロレスを魅せてくれた。

 

四つん這いになった相手の顔面にキックを連打するなど、今までにないシーンが見られた。

 

藤波辰爾は前田日明の大車輪キックで大流血した。

 

世界の大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントがセメント(真剣勝負)を仕掛けても前田日明を倒すことができなかった。それどころか逆にアンドレが脚を折られる危険があった。

 

以前のようにヒップドロップ一発で押し潰していた頃の前田とは別人になっていたのだ。

 

前田日明VSブルーザー・ブロディという夢のカードも組まれた。

 

プロレス専門誌の表紙には「プロレスを超えるか。プロレスを壊すか」という文字が躍った。

 

ところが、この黄金カードは実現しなかった。見たかった気もするし、やはり、やらなくて正解だった気もする。あまりにも危険過ぎる。

 

本当にプロレスを壊していたかもしれない。

 

 

前田日明を語るうえで欠かせないのが、初めての異種格闘技戦だ。

 

1986年10月9日、両国国技館でドン・ナカヤ・ニールセンと対決した。

 

序盤で顔面にパンチをもらった前田は、試合を途切れ途切れしか思い出せないほどのダメージを負っていた。

 

言われてみれば、ラウンドとラウンドの間でセコンドが話しかけても前田の反応がおかしかった。

 

それでもカール・ゴッチ直伝の闘い方を体が覚えていて、前田はニールセンをロープに追い込みキック攻撃。ニールセンもキックで対抗。

 

壮絶なキック合戦に大歓声が起こる。古舘伊知郎アナが「剣の舞いだ!」と叫び名実況が光る。

 

寝技に持ち込めばレスラーは強い。前田はアキレス腱固めでニールセンを慌てさせる。UWFの関節技が他の格闘技選手にも有効だと証明した。

 

技を外そうと必死に顔面キックを連打するニールセンだが、前田は手で受ける。

 

そして最後は逆片エビ固めでニールセンがギブアップ。プロレス技で決めた意義は大きい。

 

ニューヒーロー誕生だ。

 

メインのアントニオ猪木VSレオン・スピンクスが失敗に終わったので、余計に「前田日明がプロレスを救った」と絶賛された。

 

猪木がバックを取ってバックドロップを狙うと、レオン・スピンクスは投げられまいとロープにしがみつき、仕方なく猪木はそのままカバーの体勢。

 

カウントファイブで猪木の勝利。しかし大歓声は湧かない。放送席にいたとんねるずの二人も「これは納得いかない」と顔をしかめていたが、多くのファンの代弁だった。

 

スーパースターになった前田日明が、次期シリーズで猪木超えも夢ではない機運が高まったが、残念ながら前田は次のシリーズを全休。

 

想像以上にダメージが大きかった。

 

 

前田日明は、プロレスにシナリオがあることを認めたうえで、自分自身は一度たりとも会社やレフェリーなど他人のシナリオ通りに試合をしたことがないと断言している。

 

こういう本物のプロレスラーがいるのだから、まるで全試合が八百長のように語るのは間違っている。

 

明らかなショーもあれば、真剣勝負もあるのがプロレスだ。

 

 

1987年11月19日、後楽園ホールで事件が起きた。

 

前田日明、木戸修、高田延彦VS長州力、マサ斎藤、ヒロ斎藤の6人タッグマッチ。

 

長州力が木戸修にサソリ固めを決めた時、背後から前田日明が長州力の顔面にハイキック!

 

技を外した長州の目のあたりが、みるみる腫れていく。激怒した長州は前田の顔面に右ストレートを叩き込む。当たったように見えたが、前田は交わしていた。

 

長州力はミスター高橋に「試合後前田を帰すな」と言った。1対1のセメントをやる気だった。

 

しかし全治一カ月の怪我だからそんな危険な試合はさせられない。

 

前田は前頭部を狙って蹴ったが、長州がよけたために顔面キックになってしまった。決して故意ではない。

 

この事件が原因で前田日明は新日本プロレスを追われることになる。

 

会社は顔面蹴りを故意と見たのだろう。顔面キックは反則ではないが、タッグマッチでカットに入るのは反則だ。

 

 

ただ、長い目で見ると、前田日明が新日本プロレスを飛び出したことにより、新生UWFが生まれた。

 

前田日明を筆頭に、藤原喜明、高田延彦、山崎一夫、宮戸成夫、田村潔司、中野龍雄、安生洋二、鈴木みのる、船木誠勝。

 

凄い顔ぶれだ。

 

そして、前田日明は理想の格闘プロフェッショナルレスリングを求めてリングスを旗揚げした。

 

クリス・ドールマン、ディック・フライ、ヴォルク・ハンとの試合は、前田日明の強さと格闘技の面白さを見ることができて、本当に感動した。

 

やがてリングスには、エメリヤーエンコ・ヒョードルも参戦する。

 

PRIDEの源流を辿れば、UWFだ。日本に総合格闘技を根付かせたのは、やはり前田日明だ。

 

 

私も格闘プロレスが好きで、ショーではない本気のプロレスを求めている。

 

スリリングでエキサイティングな、何が起きるか、何が飛び出すか予測できない闘いが観たい。

 

前田日明のことを1記事では語り尽くせない。機会があればまた書きたい。