私の記憶違いだろうか。午後のロードショーで「マーヴェリック」が放送された。しかし、肝心要のシーンが丸々カットされていた。

 

メル・ギブソンとジョディ・フォスターの夢の共演。この作品は昔レンタルして観た。

 

メインはギャンブルの映画だが、刺激的なベッドシーンがあったはずだ。ところが、全部カットされていた。

 

私がほかの映画と勘違いしているのか。

 

ポーカー大会の休憩時間。アナベル(ジョディ・フォスター)は生まれたままの姿でシーツにくるまりながら部屋から出て、廊下に誰もいないことを確かめると、マーヴェリック(メル・ギブソン)の部屋に入る。

 

二人は我慢できないとばかり激しく愛し合う。

 

そして、アナベルは裸のまま自分の部屋に戻る。

 

ベッドシーン自体はそんなに長くないが、ヒロインが裸のまま部屋を移動してしまうところが、たまらなく刺激的でスリリングなシーンだった。

 

ほかの映画か? 確か「マーヴェリック」だと思ったが。

 

決してそういうシーンしか興味がないわけではない。

 

 

小説でもベッドシーンを描くことがある。ただ、これはかなり難しいし、センスが問われると思う。

 

シドニィ・シェルダンのプロフェショナルの筆が忘れられない。

 

男女が愛し合うシーンで、外は雨。

 

小雨から豪雨になり、再び小雨になる。その雨でベッドシーンを表現してしまった。その見事な描写は圧巻だった。

 

 

官能的なシーンが好きな女性もいれば、嫌いで苦手だという男性もいる。

 

だからこそ多くの男女の意見を聞くことが大切だと思う。

 

官能的なシーンを男はみんな好きで女はみんな嫌いというのは浅い見方だ。

 

嫌悪感を示す男性は実際にいる。これは多くの人の意見を聞くとわかる。

 

もちろん「そういうの大好き」という女性もいるし、逆もいる。

 

「綺麗な描写なら許せるけど下品な表現はNG」という意見は多い。

 

ベッドシーンを描く時、露骨で生々しい表現や描写は、作品全体を壊してしまう危険性がある。

 

映画のベッドシーンはカラッとしている。官能サスペンスは別だが、普通の作品なら、さらっと描いている。

 

映画のベッドシーンは小説でも参考になる。ラブシーンがメインではないのだから、濃厚に描く必要はない。

 

詳細に書いてしまうと官能小説みたいになるので、苦手な読者は嫌悪感を抱き、続きを読む気が失せるかもしれない。

 

 

そこで、多くの男女の意見を聞いたなかで、なるほどと思う内容をまとめてみたい。

 

R指定を食らわなければよいわけではない。R指定を食らうよりも、もっと怖いことがある。

 

それは、ほかの作品でせっかく読者になった人が、そういうシーンを書く作家なら、今後はもう読まないと離れてしまうことだ。

 

これほど惜しいことはない。

 

 

大事なことは、その作風にベッドシーンが馴染んでいるか否か。

 

極端な例を挙げると、例えば「半沢直樹」を観る人は、官能的なシーンなどおそらく求めていない。

 

それなのに、あのような社会派ストーリーでベッドシーンなんかを書くと、読者は「このシーン必要?」と熱が冷めてしまう。

 

恋愛物語なら、ラブシーンやベッドシーンは、上手く描けば、読者をドキドキさせることができるかもしれない。

 

つまり、官能的なシーンは「どこまでが許されるか」というよりも、作品のジャンルによって変わってくる。

 

 

作者の欲望や妄想が見えてしまうと怖さを感じるという女性もいる。

 

作中の悪党が猟奇的な変態だとしても、作者が倫理を重んじているなら安心だ。作者が危ないと本当に危なさを感じて引いてしまう。

 

 

刑事が主役の映画だから刑事ものかと思って映画館に観に行くとする。ところが、劇中にホラー映画顔負けの怖いシーンがあった。

 

ホラーが苦手な人はホラー映画を観ない。ところが、ホラー映画ではない作品でホラー的なシーンがあったら防ぎようがない。

 

官能的なシーンも同じことがいえる。そういう場面がないと思って読んでいたら、いきなり生々しい描写に遭遇して「騙された」と感じる。

 

それを防ぐためにも、言葉をオブラートに包み、カラッとした描き方をすれば、苦手な読者でも嫌悪感を抱かないで済むかもしれない。

 

 

肉体的な描写ばかりではなく、内面を描くシーンが好きという女性は多い。心の内を描くことにより、ストーリー性が高まり、官能小説との違いが鮮明になる。

 

 

異性の意見を聞くことは小説家にとって重要だが、親しくないとセクハラになるので注意が必要だ。

 

同性の意見も参考になる。男性でも、女性を見下したようなセリフなんかあったら一発でレッドカードという紳士がいる。

 

これからも私は、たくさんの人の意見を聞いて作品に活かしたいと考えている。

 

万人が認める作品というのは不可能だ。しかし、独り善がりにならないためにも、探究は怠らない。