先日のバリアフリーの追記てへぺろ

点字板や点字ブロック、音声案内、字幕スーパーなどの「バリアフリー」って言われてるものって、眼鏡やコンタクトと同じだと思えば解りやすいはてなマーク

目が悪い人が眼鏡やコンタクトを使うのは、ないと生活し難いからでしょはてなマーク ないと不便だから使ってる。必要だから使ってる。バリアフリーも同じだよね!? ないと不便だから必要なんだよね。

でも設置する人がそれをちゃんと理解してなかったり、デザイン優先で機能を後回しにしてたりするから、使う人にとって使いにくいものになっていたり、役に立たないものになっていたりすることも多いにやり もったいないよね〜あせる


先日友達と話してる中で全盲の芸人・濱田祐太郎さんの話しになりましたぶー 友達は濱田さんの芸を見て感動したって言ったんです。でも私はそのことに少しだけ違和感を感じましたにやり 

アイドルでも車椅子で頑張る方も出てきたし、芸人さんでも全盲の方がグランプリを取ったり、少しずつバリアフリーになってきてるのかなぁとも思うのですが、私が思うバリアフリーとは少し違うんですうーん

皆さんは「バリアフリー」と言うとどんな事を思い出しますかはてなマーク 点字板や点字ブロック、音声案内とかはてなマーク 確かにそれらは障害者の方達が生活する上で大切なものです。それがあるから障害者が一人で行動できる事も沢山ありますし、それらがあるから自立出来る人もいると思いますニコ

でもそんな風に障害者が自立する為の環境を整えただけで「バリアフリー」と言えるのかな?

私が考える「バリアフリー」って障害者も健常者も関係なく同じように普通に生活出来る世の中ですウシシ 障害者を見かけても特別扱いしないで、普通に接してくれる世の中です。

あっ、この場合の普通って何もしないって意味じゃないですよあせる お年寄りや妊婦さんが困ってたら手を貸すでしょ? それと同じ感覚で接してほしいって事ですウインク


点字板や点字ブロックなどは障害者が一人でも行動する為に不可欠なものですが、自立する環境を整えただけで、それだけで「バリアフリー」をやった気になったらダメなんだと思いますうーん

たとえば、ゲームの中で勇者が魔王を倒すのは、平和な世の中を取り戻す為の手段ですよね? 魔王を倒した先に皆が幸せに暮らせる平和な世の中があるんですキラキラ

 点字ブロックなどの環境を整える事って、ゲームの中の魔王を倒す事と同じような事だと思うんです。

点字ブロックなどを設置しただけで安心するのではなく、最終的に目指すのは、障害者と健常者が分け隔てなく、当たり前に普通に生活できる世の中(平和な世の中)なんじゃないかなぁと思いますウインク

だから、全盲の芸人の濱田さんの芸を見て感動しちゃダメなんですぶー あの芸を見ながら、「あるある〜〜ビックリマーク 解ってるんだけど、ついやっちゃうんだよね〜〜ゲラゲラ」って笑い合えるようにならないとダメなんじゃないかなぁと思うんです。濱田さんの芸をあるあるネタとして笑い合える世の中になったら良いなぁと思いますハート

障害ってね、不便だけど不幸じゃない。人より少し出来ないことが多いだけ。そして出来ないことを本人の努力や工夫で克服したり、周りの人に手伝ってもらったりしながら、生活してるんですよねニコ 周りの人に手伝ってもらう事も多いから、人一倍 人の優しさも知ってるし、感謝してる。でも出来ることなら、周りの人を手を借りず、一人で出来るようになりたいとも思ってる。点字ブロックなどは、その思いを実現する為に必要なツールなんだと思いますウシシ