こんにちは、佐藤康行です。今日もどうぞよろしくお願いします。

私たち人間は、「欲しいもの」をかき集めて生きてきました。

出世競争が良い例です。
出世や名誉という「欲しいもの」を手に入れるために苛烈な競争をします。
そして、競争をつづけるうちに、競争に勝ちつづけるために手段を選ばなくなります。
「欲しいもの」を手に入れるのに役立つものをかき集め、「欲しいもの」を手に入れるのには、役立たないものは容赦なく切り捨てます。
この選り分けは、物や情報ばかりでなく、人間関係にまで及びます。


たとえば、自分の出世にプラスになりそうな人とは積極的に付き合い、役に立たなかったり、逆にマイナスになりそうだったりする人とは、縁を切っていくということを平気で行う人がいるのです。

ピンとこないかもしれませんが、子どもの非行や引きこもりもいい例だと思います。


じつは、非行や引きこもりという現象は、親の「欲しいもの」をかき集める発想から生まれています。
私は、親から子どもの非行や引きこもりのことで、相談を受けたことが何度もあります。
相談する中で、私は非行も引きこもりも原因は同じだと気づきました。
二つに共通した原因は、親が子どもに対して、「いい学校、いい会社に入って欲しい」というような願望をもっているということです。
子どもを無理にその型にはめようとするわけです。


すると、子どもはその期待に応えようと頑張りますが、必ずしもうまくいきません。
私のところに相談にきた男性で、かつて両親の期待のために苦しんだ方がいました。
彼は、学生時代に「いい学校に入って欲しい」という両親の期待に応えようと、受験勉強に励んだものの、受験に失敗して大変落ち込んだそうです。


そして、「自分は自分の人生を歩んでいるのだろうか」と悩んだそうです。
これは、親の願望が、チューリップの球根にバラの花を咲かせようとするようなものかもしれません。
そうなると、子どもはそこから逃避します。
非行と引きこもりは、親の勝手な願望からの逃避の二つの表現なのです。
親が子どもに対してこのような願望をもつのは、親が子どもを自分の所有物だと思い込み、子どもを使って自分が「欲しいもの」を手に入れようとするからです。


また、現在の資本主義社会は、「欲しいもの」をかき集めるという発想を見事に映し出しています。
社会には、人をだましたり、法の網の目をかいくぐったりしてでも、巨額の金銭を儲けることが利口なやり方であるといっているような、金儲け主義的な風潮があります。
政治改革に逆らって既得権益にいつまでもしがみつく政治家などは、その象徴ともいえます。
このように私たちは、欲望を行動原理として生きています。

「欲しいもの」「役立つ」ものを赤く塗る、「要らないもの」「役立たない」ものを青く塗るという先ほどの話で言えば、私たちは、千変万化する赤と青のパターンの中で生活しているとも言えます。
これでは、私たちが天然色の世界を見ているとはいえません。

たとえば、夕立の後に夕焼け空にかかった大きな虹を、青いペンキをべったりと塗ってしまえば、その美しい七色のグラデーションを楽しむことはできません。

「欲しい」「欲しくない」というのは、ほんの一つの観点にすぎません。
しかも、その基準は固定的なものではなく、欲望の基準や対象は、時代によっても、社会によっても、人によっても違います。
一人の人間の中でも、欲望の対象はコロコロ変わります。
あなたが、その限られた観点、不確かな観点でのみ世界をとらえれば、それは、世界そのものからは程遠い世界像をもつことになります。
赤と青のみで塗り固められた絵と、高画質のカラー写真以上の差が、そこにはあるのです。

「欲望」というフィルター越しに見える世界、「横の法則」の視点から見た世界を、赤と青の例で使って言えば、
「常に配置が入れ替わる、赤と青で塗り固められた絵画」のようなものであると表現できるでしょう。
 

佐藤康行

 

 

 

世界初の最新カウンセリング。インターネットを通じてもOK。


【心の学校アイジーエー 無料メールセミナー】
特別セミナー映像を、今だけ無料公開!
合計89分のセミナー動画を公開中!