実に重い足取りである。うかつにも、7万円ロッドを折ってしまい、しかも修理代をせしめる交渉だ。はっきり言わなくても分が悪い。俺の姿勢は自然に前かがみになってしまっていた。
「折り入って話があるんだけど・・・」
「折り入っての話って 、何。 言いにくいお話? いいじゃありませんか?あんたと私の仲じゃないの。」
なんかいい感じじゃね?
「実はな〜。こんなことは、男の口から言うのは身を切るよりツラい話なんだがなぁ〜。」
「一体、なんのお話?」
「う〜ん。実はな。さっき、テトラの上で転倒して、あと少しであの世行きっつう凶運に見舞われてな。そのとき、たった一本しかない、かけがえのない竿が途中からボッキリ」
ハッタリである。ガイドにライン(糸)を通すのをミスったなんて、口が裂けても言えない。
「え~、あんた、冗談でしょ。」 斜め下を向く嫁の視線
「こんなことシャレや冗談で言えるかよ、俺は泣くにも泣けない気持ちだよ〜」
「よ〜く打ち明けてくれたわね。私もあんたの妻です。例えどんなことがあろうとも、あたしの気持ちはこれっぽっちも変わりゃはしませんよ。」
やけに素直じゃねえか。こりゃ〜うまくいくかもしれない。へっへっへ。
「ありがてぇ〜、そ〜言ってくれると頼みやすい。じゃあ、買ってくれるかい。」
「買ってって、なにを?」
「何って、釣り竿だよ。あの竿は、DAIWAのシーバスロッドでも、7万円の代物だ。買い直したいんだが、懐具合が悪くてな~」
「じゃあ、あんたの言ってるのは釣り竿のこと?」
「釣り竿のことって、おめぇ一体何の竿のことを言ってるんだよ」
股間に全集中してる嫁の視線にやっと気づいた俺。そして
「あっあほか、こっちの竿なら、買ってじゃのうて、治療代っていうやろ。ホホホホホ」
と、へらへら言い切った刹那、嫁さんの両眉が斜め60°上を向き、こめかみが波打つのを俺は見た
「おのれ、紛らわしい言い方でよくもワシをもて遊んでくれたな。しかも前かがみになって、股間に手を当てて。涙目になりおって。」
「いや、股間に手は当ててないし、もともとこういう顔やし。」
逆鱗に触れたのを、なんとかヘラヘラしてかわそうとする俺。
だが、世紀末覇者ラオウ(嫁さん)には逆効果。やつの周囲にみなぎる闘気!
世紀末覇者ラオウ(嫁さん)の曰く。
「ところで、今まで何回修理した。しかも修理代だけでも計5万円以上。今回は7万の竿を折っただ~。確実に3万近く追加されるやんけ。それに貴様、竿は何本も持っとる。」
「いや、あれは旧モデルだし」
「旧モデルでも使えるだろうが。ShimanoのAR-C Type VR。6万越えやゆうて、ずっと自慢してたやないかい。しかも7万円のシーバスロッドは、貴様が使い込みをして買った竿やないけ。寝言は目を開けたまま言うな!目障りだ、廊下に立っとれ!」
素行の悪い俺は、廊下に勃たされた。しかも、却下されて。
それにしても、廊下に立っとれとは。
俺の存在価値は、サザエさんのカツオ、ドラえもんののび太未満であることを、俺はひしひしと実感するのだった。
涙目の二乗。