徒然と、 | 山親父の日記

徒然と、



幼稚園のころ、
鞍馬神社の門前の土産物屋で、


玩具の和弓を買ってもらいました。



50センチほどの竹製の弓。


先に黒い吸盤のついた矢が三本。


カラス避けの目玉の盤のような、
ぺらぺらのブリキの的。






祖母のタンスの取っ手に的をぶら下げ、



それこそ、
三日三晩撃ち込みました。



三日目に右の耳の後ろのリンパ腺が腫れ上がり、
熱を出してしまい、





取り上げられてしまいました。



あのままでいれば、
アーチェリーでオリンピックだったかもしれません。





昨日、
一時間半の打ち放題で、
450球ほど打ち込み、
右の肩から首筋までが痛いです。
(笑)





三つ子の魂、、、





山親父です。




いろんなことを思い出すきっかけがあったので、


ツラツラと書いてみます。


まとめるつもりはありませんし、
オチはありません。



今でこそ、
タウンユースのジャージ姿は珍しくありませんが、
私が小学生だったころ、
あれは完全に体操服でした。



弊ブログ(ラグビー人生シリーズ)で書いておりますが、
私は小学生の頃から高校生のお兄さん達の練習や合宿なんかに参加していたので、



彼らのジャージ姿に憧れておりました。



アディダスの上下です。







こんなやつですね。



これのパンツはカラーが入れ替わります。





もちろんUNIQLOのような衣類の量販店はまだありません。



昔はメイドインチャイナなんてありませんでしたから、
衣類なんかは高額でしたね。
今の感覚からすると。(笑)




確か、
このアディダスのジャージは、
上下で12,000円しました。




今もそんなものでしょうが、
当時の物価から換算すると、
超高額です。





もちろん小学生の小遣いでは買えません。



親父に泣きつきました。
ジャージを買ってくれと、
(笑)




親父は決してケチではありません。
どちらかと言えば羽振りが良かったのですが、





こういう買い物をするときに、
どこそこのブランドだからこの値段。

っていうのが大嫌いなんです。




自身が呉服屋ってこともあるのでしょうが、原価はさしてかわらないのに(デザインや広告費のことは考えない)
そのブランドで高価になるのが許せないらしい。


「袖を通せば同じじゃないか!」と、






親父の仕事帰りに、
四条通りにあった(長崎屋)に連れていかれ、






上下同じ色で、
ラインが二本の、


ペランペランの深緑のジャージを買ってくれました。(笑)








不本意でした。(笑)








こんな(モーレツしごき教室)の若手芸人が着るようなのではなく、




やっぱりシュっとした、
アディダスのが欲しかったです。




でもまあ、
欲しかったジャージには違いないので、
我慢して着ていました。










この頃私は延び盛りで、
学校でもずば抜けて体格もよく、
同級生が着ているもっさりした子供服がまったく似合いませんでした。(笑)


半ズボンにランドセルなんて全然似合わないのです。(笑)









(このあと、サイケデリックなポロシャツにベルボトムジーンズで徒歩通学する小学生になるのですが、その話は別の機会に)(笑)



そうそう、
ジーパンを履いている小学生なんてのも珍しい時代でした。
子供サイズのジーパンなんて流通していなかったのかもしれません。
私は大人のサイズでしたから。




話を戻します。






当然、
この深緑のジャージで通学するんですが、
一部の父兄か教師からクレームがつくんです。





神聖な授業を、
こんな体操服でうけるのかと、
(笑)



服装の乱れは不良への入り口だと。(笑)





いやいや、
この半年後ってか一年後くらいには、
男子小学生の半数以上がジャージ姿で通学するようになるんですが、



なにごとも、
先駆者ってのは

異端児扱いされるのです。(笑)









話が長くなりますので、
一旦ここで、
話を切ります。




次回もジャージの話をもう少し




つづく、


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