ラグビー人生86怪物登場 | 山親父の日記

ラグビー人生86怪物登場

居残り組での編成で4月からのオープン戦を戦って行きました。


もしくは遠征組は帰って来ていたけど試合を組まなかったのかな。


前回の話を含め、招待試合や、

(千葉のららぽーとの近くのグラウンド開き。)

あれどこのグラウンドだろう、きれいな芝のグラウンドでした。


横浜三ツ沢でもやりました。

とにかく居残り組ではありますが一本目で、プレーをしていました。


八幡山でのトヨタ戦の私。



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相手のキックに気の無いチャージに飛ぶじゃいあん。(笑)


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そうこうしているうちに、遠征組が復帰しました。。

その時の衝撃は前に話した通りです。


そして、この年のシーズンが始まったんですが、


一本目のFWは私以外全員遠征組でした。しょぼん


三日天下って言葉がありますが、2週間程ですかね、私も。


とにかく凄い奴が1年生に居たんです。



釜○シーウェイブス総監督、高○善○。(笑)

彼は本当に凄かった。

私、歴代明治大学のNo.1ペネトレーター投票があったら。


河○さんを差し置いて彼に一票入れます。(笑)


彼が二本目のNo.8で紅白戦した時、

サイドアタックしてきたんですが、止めるって事どころか、


触れませんでした。(笑)

私これはヤバいと思い、


紅白戦でおもいっきりレイトタックルをして、捻挫をさせます。(笑)すみませんでした。

しかし2週間程で、復帰したら、


あっさりポジションとられました。(笑)


5月の中頃までは私も頑張ったんですけどね。


ですから春は1、5本目というところでした。


誰か怪我人が出ると一本目に入り、復帰すると外されました。


キャプテンのFL、けん○うさんが、京産大との試合で怪我をした時は、私がNo.8に入り、善○がFLに上がりました。


この試合で、センターラインのバックスタンド前のスクラムからブレイクした私は、


まっすぐ横にディフェンスに走り、司令塔の前辺りで、大外を走り抜けようとするWTBをバッチリ仕留め、

(No.8のディフェンスのお手本のようでした。)


観戦に来ていた河○さんに、
「意外性の男」と、誉めてもらいました。


なんとか一本目に食らい付こうとしていた時期です。

次回はもう一度春のオープン戦、慶応との試合。