ラグビー人生23 | 山親父の日記

ラグビー人生23

花園に向けて、恒例の伏見稲荷大社の宿舎で合宿生活を始めます。


関西ローカルのテレビ局が密着取材をしていました。

今では考えられないほどラグビーに世間が関心を寄せていました。


これも恒例になったクリスマスパーティー。1人に1個ケーキが付き、演芸大会に、

先生の物真似や、

この年1年生で、後に京都の中学の先生になり、多くの選手を育て。残念ながら若くして亡くなった。吉本くんが、ビューティーペアの「駆けめぐる青春」を完璧な振り付けで、歌い踊り、その様子が放送されました。


私は誠二さんと、私のギターの演奏で、アリスのジ○ニーの子守唄をハモります。(やっぱり私達気持ち悪いかも)

これは放送されるだろうと思っていたんですが、私のギターがぐずぐずで、幻に終わります。


この年の花園は60回の記念大会で、1県1校の出場チームの多い大会でした。


シードの注目はやはりうちと大工大です。とにかく決勝で当たるだろうと、お互い意識していました。


緒戦は二回戦からで、それには杉本くんが出ました。メンバーは三年生が12人、二年生は清水がWTB、梅がFB、一年生の杉が五番でした。

三回戦の愛知西陵○業戦は私が出ました。まあまあ持ち味を出せました。


その夜の花園ダイジェストにも独走した誠二さんを最後までフォローして、敵陣22メーター辺りでタッチに押し出される寸前の内側へのノールックパスを受けて、だめ押しのトライをするシーンが放送されました。


試合の中日は近くの高校のグラウンドを借りて調整していました。大晦日の練習のあと、先生がセンターラインから誰かがゴールキックを決められたら、今晩全員に年越しそばをご馳走すると言い出しました。
みんなで狙いましたが。私が蹴るとすっぽり入りました。





今でもそうだと思いますが、伏見の選手はどんな試合の時でも、ピッカピッカのスパイクをはいています。

特に花園では、入浴夕食ミーティングが終わって就寝迄の間、部屋の前の廊下に並んで腰を下ろし、昂った気持ちで泣きながら磨きます。それこそ舐めるように。

実際に磨いた部分に頬を当てたり、眉間を押し付けて、祈るようにしていました。


また試合の当日は、下着はすべて新品をおろして身に付けました。


そうやって厳粛な気持ちで集中力を高めていました。

大会は秋田工業、黒沢尻工業らに競り勝ち、予想通り決勝まで残ります。


しかし連戦の影響でみんなベストの状態ではありませんでした。でもそれは相手も同じだったでしょう。

やはり決勝の相手は大工大でした。


この話は次回に。