ラグビー人生21 | 山親父の日記

ラグビー人生21

高校2年の年、国民体育大会は栃木県で行われた栃の葉国体でした。

京都代表は伏見のメンバー単独チームにしたかったようなんですが協会の横やりにより山城高校からひとりだけ参加して、合同チームとしました。


大阪代表は大工大単独チームだったと思います。


両チーム順調に勝ち進み、近畿大会に続き決勝で対戦します。


この時も緊迫した接戦でした、お互い1トライ1ペナルティーゴールを取り、京都がもうひとつペナルティーゴールを追加して、10対7で試合は膠着します。


このまま試合が終わろうかという場面、自陣ゴール前のPKを誠二さんがタッチに蹴りだしたら終わりだったんですが、ノータッチキックになりました。


キックチェイスした両ロックの田中さんと私、ゴール前にハイパントを上げた選手にチャージにいき、ジャンプしたんですが、着地の時に相手に触れてしまいます。


レイトチャージでした。
ボールが落ちた地点のPKを東田さんが難なく決めたときノーサイドのホイッスル。

10対10引き分けました。

両チーム優勝となりましたが、京都は負けたような落ち込みでした。


誠二さん、
「俺が確実にタッチ切っておけば勝てた。」と、


最後に反則を犯した私たちを責めませんでした。


この大会で、私は大きく伸びた実感が有りました。

1つは自分のプレースタイルの方向が確立したこと。全国レベルではロックとして、決して大きくない私は、二次攻撃から三列の選手の様にフォローに走り回りました。ディフェンスの時もWTBの外まで走りました。


2つ目は、大会中少年男子は、大会が終われば公団住宅として使われるのであろう、普通の団地にチーム毎に宿泊して、集会場のような場所で、仕出しの弁当を食べるんですが。


冷めている上にあまり美味しくなくて、食欲を無くす選手の中で、人の分まで平らげて、毎日試合をしているにも拘わらず、私ひとり大会期間中だけで体重を3キロも増やして86キロまで大きくなっていました。


3つ目は、三回戦の雨の中での大分戦、結構トライを取ったんですが、足場が悪い上に、水を吸ったボールが重く、誰が蹴ってもゴールが決まりません。それを見かねた先生がハーフタイムに後半のキッカーを私に指命しました。


私はあまり主流ではなかった、爪先で蹴るトゥキックという蹴り方でしたが。


これが結構決まって誉められました。公式戦での初キック得点です。


3年の時は一年を通してキッカーを務めます。


この年、春の近畿大会で
8対10で負けて。

国体で
10対10で引き分け。


いよいよ全国大会で、決着をつける事になります。