ラグビー人生13 | 山親父の日記

ラグビー人生13

学校からの帰りは、方向が一緒なので、何時も鈴木君と帰ってました。

猪木とプロレス、人生幸朗の好きなウイングで持久走が抜群です。

彼は責任感と面倒見の良い奴で、ボール管理の仕事を率先してやってました。

今の若い方はご存知無いと思いますが、昔々ラグビーのボールが天然の革でできていたときは、ボールを磨くのが一年生の仕事でした。

汚いと思うかもしれませんが、ボールに唾をはきかけ、軍手をはめた手でゴシゴシ擦るんです。

当時は練習が終わると一年生が並んでボールを磨いていました。


特に関西は(京都は?)グラウンドが砂っぽかったんで、きちんと磨かないとボールが直ぐに傷みました。

また、ワックス等だと革が軟らかくなって、楕円の形が崩れて、バスケットのボールみたいになってしまいます。


だから唾が最適でした。ペッとして、ゴシゴシです。
30分も擦ると曇りが取れてテカテカになります。

1人一個のノルマをこなしてみんな帰りますが、磨き残しや、人数よりボールが多かったときなど、鈴木君が全部やってました。


彼が居残るんで、私が練習したのか、私が自主練習をするので彼がボールの管理をするようになったのか、記憶にありませんが、とにかく何時も最後までグラウンドにいました。


あと二人の先輩と共に。

1人は卒業、就職したにも関わらず、大学でラグビーがやりたいと浪人中で母校の練習に自主参加の☆やまさん、タレントのキム兄そっくりで前年や○かのしんごさんと両プロップを張っていた方です。


この人と交代でベンチプレスをしたり(只のベンチしか無くもう1人がよっこらしょとのせてました)筋トレを中心にやってました。

そしてもう1人が後のミスターラグビー、二年生の平長音記号2誠二。呼び捨てか!


この人とは大学を出る頃まで本当によくつるんでました。普段はため口きいてました。

小学校の時の呼び名で呼んでいましたし。

今は年賀状のやり取りだけですが。

この人の事は話せる範囲で話して行きます。


誠二さんは1人黙々とステップの基本練習、タッチラインのラインの幅を片足で細かく左右に跳びながら、グラウンドを往復したり、左右に足を交差させて大きく跳びながらやはりグラウンドを往き来していました。


ゴールキックやタッチキックの玉拾いは私がやり、私もキックが巧くなりました。


暗くなってボールが見えにくくなると、ゴールの前に半径五メートル程の円を書き、様々な場所から「さん」とか「ご」とか言ってからハイパントを蹴り、数を数えながら待つ私の目の前の円に、秒数通りにボールを落としていました。


そんな毎日を過し空腹でふらふらになりながら帰ってました。


次回は高1のシーズン。
その次は超ストイック高校生誠二さんの事の予定です。