リリー・フランキーの東京タワー
おかんとぼくと、時々、おとん
サロンでの待機中にまたも読破。
最後は泣けますね。
どういったこともない・・・・
母と子の話、、、そして時々おとんが登場。
なんですが
ぐいぐい引き込まれていくのは何故なのかしら・・・・・
どこか懐かしい親子の形、、、、。
そしてどこか不器用な父。。。。。
地方から東京に出たことのある人には
特に心に響くものがあるのではないでしょうか。
母や父、、、友達を残して上京。
懐かしく思う故郷、、、、そして故郷での数々の思い出が走馬灯のように巡る。
改めて家族への感謝の気持ちが湧いてくる。
望郷の念。。。。。。
東京と地方の
世界が違いすぎるからか、、、、。東京の生活に慣れてくるに従い
自分の故郷と東京との見えない差が広がっていく。
この本に出てくる鉱山が閉鎖するほどではないと思いますが
地方が衰退していく寂しさは
わたしにも経験があります。
あれっ。。。。。こんなにさびれていたっけ??
廃墟の商業ビルや旅館を見ると切なくなったものです。
そう東京はにょきにょき新しいビルがたっていくのとは
対比的すぎます。でもそれはつぶれていくものも多いということでしょうが。
作者は
東京タワーから見た東京の街を
お墓ばかりだ・・・と表現しています。
殺伐とした空虚な感じを表現しているのでしょうか。
東京は目的を見失いやすい街であると思います。
シンプルじゃないからでしょうか。
自分に迷いやすい気がします。
色んな世界があるからなのでしょうか。
迷っている人が集まっているからなのでしょうか。
作者も相当自分に迷っているのが分かります。
作者の父もそうだったのかもしれません。
自分を犠牲にして子に尽くす母。。。
昭和の母の愛をすごく表していますね。
わたしの祖母もたまに実家に帰るわたし達に料理を奮発することが多く
「何でこんなにご馳走を振舞えるのだろう。羽振りがいいのだろう。」と思っていましたが
最近一緒に暮らすようになって
気づきましたが
自分の普段の食事はとても質素なんですね。
それなのに帰省する度に
かにだ
刺身だ
寿司だ
超豪華なおもてなしを受けてきているわたしたち。
昭和の人の愛を感じずにはいられません。
わたしもそんな人になれるのかな・・・・と・・・・
そしていずれそんな最愛の人を失うという日が来るのだという
考えたくもない現実を突きつけられたような気がします。
遅かれ早かれ人はそんな経験をしながら
生きていくしかないのですが・・・・・
自分にとっての大事な人、、、最愛の人に
少しは優しくなろうと思わせてくれる
温かい一冊なのかもしれません。