既に暑かった。。名古屋は… | satonaka☆音の見聞録

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関東では春分の日を過ぎても冬将軍が猛威を振るい、極寒の日々が幾日か続きましたが、次の週には桜も満開……まぁそんなもんで、そろそろ花びらの風吹が舞う頃でしょうか、

そんな春分の祝日絡んだ土日に名古屋の栄広場ではこのような催しが行われました。


中部LIVE FOR LIFE開催の骨髄ドナー登録推進啓発……と、まぁ難しい事は分からないのですが、要するにこのNPO法人は 天国の歌姫の遺志を継いで、白血病や難病と患う方々への支援活動から始まり、
現在は各方面の支援団体とも連携を深めています。

この日も骨髄バンクとのジョイントで ブースも隣同士… 歌姫パネルや横断幕は主催のもので統一されてますが、
ここでドナー登録の説明・相談など承っておりました。

二日間に跨がるイベントのメインはやはり音楽音譜
歌姫の存在を前面に押し出し、広場中央には生前に運転していた愛車の赤いBMWが展示され、メインステージ下もこの通りパネルが横一列に掲げられております。



筆者が訪れたのは二日目……日帰り行程だったので朝イチという訳にはいきませんでしたが、まぁまぁまだ午前中の時間帯に現地着くと、生前に所属してた事務所の社長さんもちょうど広場中央に佇んでおり、ふと気が付くと手にはカメラ…
…既に先着してた古株MINAKOファンら共々ブース周辺に集まり、スタッフでもないのに記念撮影に紛れ込む。。そんな出会い頭のタイミングで始まった今回の遠出…
そう、特にボランティア員でもないのだが さもそのフリで広報物など配っては道行く人に声かけたり、支給品の飲物・弁当ちゃっかり貰ったり、、

人の往来は時おり会場の方に流れたりもするが、まぁ今どきの若い世代となると  パンフの写真見ても、誰?… となり、この音楽イベントの主旨も存ぜず ただ目当てのミュージシャンに集まって来た。。大抵そんなもんだと予想どおりだが、
少し年令が上になると、中には“ファンでした!”とまでいかなくとも 多くの楽曲を知っており、ここぞとばかり語り合ってくる観客も・・

このイベントで 歌姫が生前の闘病生活を通じて伝えたかった “オモイ” が どれだけ認知されたのかは定かではないが、
出演者それぞれ、曲の合間のMCにて一度は本田美奈子.さんの名は出され、“命について考えよう”的な賛同の言葉を唱えてはいた。
こういう主催への同調は ミュージシャン好感度アッブの常套手段であり、その科白の信憑性のなさは物事の常ではあるが、
そんな中

印象的だった一人の歌手がおり、

故人のアイドル時代の2曲を唄った後、最後には自身の持ち歌を一曲だけ披露したのだが、
その歌詞の中に、LIVE FOR LIFE のキャッチでもある
『ほら勇気をだして、
   さぁ前を向いて、今を生きよう』……
それがほぼそのまま入っており、特にこのイベントを意識してではなく、その遥か以前に書かれた 全くの偶然だそうである。
この曲を唄う前には 辻友紀子の絵本も手に取り、生前の病床で書かれた詩も少し涙声ながらに朗読し、そんな姿は決してその偶然から来たものではないのは一目瞭然で、実は彼女の生きた素性からも来ていたのである。
10代の頃、10歳年上の姉が歌姫と同じ病気にかかり 死別したそうで、そんな状況の中、その時は事の重要性に気付いてなかったと、
それが今になって自身に重くのしかかり、この参加するのが初めてではない このイベントのステージに立つ度、それを実感するそうである。


尚、LIVE FOR LIFEの音楽イベントは この中部愛知方面のほうが活動盛んで、《音楽彩》も中部版が一度は行われ、今回の栄広場での企画も定期的に行われているそうである。 …というのも
提携した関係を築いている 骨髄バンク自体、活動の拠点がこの愛知から始まったそうなのです。
つまりこの地域での方が あらゆる団体とのパイプが太い事が容易に推察されるところです。

普段の首都圏近郊でのMINAKO関連イベントでは 地方の方々が遠路遥々集まって来て、“よくそこまでして来るなぁ”的な 筆者ときたら何の苦労もなく ちょっと電車に乗って足を運んでるのみであったが、
その地方(といってもけっこう都会だが)から来てる人が今回は本拠地での中心となって運営に携わっており、そこに初めてちょこっと足を伸ばした アウェイでの半日……関東での次の日からの冬将軍など知る由もなく、既に一足早い春の名古屋であった晴れ