ついに令和が始まりました。

 

この歴史的瞬間を主要な新聞の朝刊ではどう表現されているのか比較してみました。

 

例によって、自宅に届く、下野、日経、産経以外の朝日、毎日、読売、東京の4紙を求めにコンビニを巡りました。

 

なぜか巡り合わせが悪く結局コンビニを4軒もハシゴしてしまいました。

 

最初に断っておきますが、今回は「読み比べ」ではなく「見比べ」です。

 

見比べになんの意味があるのかと思うことでしょう。

 

自分でも今回も普通に全7紙に目を通した上で、自分なりに感じたことを伝えようと思っていました。(動画で簡単に)

 

その準備として7紙を卓上に全部並べていて気づいたことがありました。

 

それをお伝えするだけでも今回は充分意義があるのではないかと思ったのです。

 

この記事をアップした後にもちろん目を通しはします。

 

しかし、その感想や気づきについてはよほどのことがなければお伝えするつもりはありません。

 

やりきれないからというのが正直なところです。

 

欲を言えば5月2日の新聞が前日の令和の最初の日をどう報じるかについても興味は尽きません。

 

ですがあまりにもキリがなさすぎます。

 

議員であるならば色々な物事を読んだり聞いたり見たりし、

それを皆さんに伝えたり、議会を通じて行政に提案提言する。

 

それが業務の一環であり、使命ですらあると思う。

 

だけどこれを書くだけでも優に課題図書が一冊読めてしまう時間を費やしてしまいました。

 

動画でさらっとやればもっと楽だったかもしれません。

 

しかも令和の初日なんだし、今年の選挙を考えれば街頭演説だってやるべきなのです。(やろうと思って午後例の場所に向かったら雨ニマケマシタ)

 

重ねて言いますが、今回は見比べだけでも十分になるほどと思ってもらえる自信あります。

 

では早速見比べてみましょう。

 

まずは各紙の一面を順にどうぞ。

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謎かけをするつもりはありませんが、ここまでで7紙を見比べて何か気づいたり感じたりすることはありますか。

 

まず気になったのが、大見出しの文言です。

 

「新天皇陛下即位」としたのが読売、日経、毎日、下野。

 

「新しい天皇陛下が即位した」ということですよね。

極めて当たり前の表現であり図らずも7紙中で4紙が全く同じ。

 

産経はちょっとだけ違い「新天皇 ご即位」です。

 

「新しい天皇が即位された」という意味でしょう。

 

「即位」でなくて「ご即位」としているので敬う気持ちがあるのはわかります。

だけど、「陛下」をつけないのは何故なんだろう。

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産経のスタンスって一番皇室とか日本の伝統を重視しているのは周知の事実。

これには一体どんな意味があるのだろう。

 

即位という動詞に「ご」を付ければ、あえて天皇という主語に「陛下」はいらないということなのだろうか。

 

それともインパクト重視で格調を高めるためにあえて「陛下」は省いたのだろうか。

確かに7紙の中で一番文字自体は大きい。

 

「即位」対「ご即位」

「天皇陛下」対「天皇」

 

皇室のことや独特の言葉遣いはおろか、敬語ですらまだまだな自分であります。

 

そんな私ですら「陛下」にしろ「ご即位」にしろ敬う気持ちがあることは私にもわかるのです。

 

その文脈では朝日の「新天皇即位」はそっけない印象だ。

東京に至っては「令和始まる」だからね。

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なんなら「今日から新元号」とかまで極めてほしかった。

中見出しで「改元 全国で混乱のおそれ」とかね。

 

ここでもう一度7紙の見出しを示そう。

産経「新天皇 ご即位」

読売「新天皇陛下即位」

日経「新天皇陛下即位」

毎日「新天皇陛下即位」

下野「新天皇陛下即位」

朝日「令和 新天皇即位」

東京「令和始まる」

 

朝日と東京は皇族の即位や退位よりも元号が変わったことにフォーカスしているようだ。

 

代替わりすることで元号が変わる以上、陛下や皇族があってこその元号であるというのに。

 

東京は中見出しで「皇太子さま 新天皇に」と記すが「即位」の文言すらない

 

まるで単なる事務的な手続きでそうなりました程度のニュアンスに留めたいような印象を私は感じるが、あくまで私の主観です。

ただ私はそれが少し寂しく感じるのです。

皆さんはどう思われますか。

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デザインやレイアウトに人の意思は反映されると思うのは私だけでしょうか。

 

ともかくも次に気になったのは写真です。

 

今日から先代の天皇陛下と皇后さまはそれぞれ「上皇さま」と「上皇后さま」となられる。

そして新しい天皇陛下と皇后さまが誕生される。

その4名(そういう数え方とか呼び方が適切なのかどうかわからない)の呼び方をおさらいできる読売の1面はありがたい。

 

戻ってスクロールするのも手間でしょうからもう一度写真を載せます。

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気になるのは日経と産経だ。

2紙だけが4名の皇族のうちどなたかしら一人足りないのだ。

他の5紙はどんな形であれ4名の皇族が写っている。

 

 

日経は新しい上皇后さまが写っていない。

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更には日経は上皇さまは2面以降の記事の紹介の一環で写っているだけなのでそれもどうなのかと思う。

 

産経に至っては新しい皇后さまが写っていない。

櫻井よしこ(氏)載せてる場合かよ!

しかも上下に折った時にしっかり同氏の顔写真が上半分に載るようになっている念の入れよう。

一体どんな哲学に基づくのだろう。

 

朝日のレイアウトにしたってどうかと思う。

退位されたお二人が右側で、即位されるお二人が左側とは。

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東京に至っては、一枚の写真の奥に新天皇陛下と新皇后さまがついでに写っているという扱い。上皇后さまだって後ろ姿という芸の細かさ!

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ここまでで市内で目にする主要な7紙の1面を比較してきました。

 

見出しの文言にしろ写真のレイアウトにしろそんなに私がいうほど違和感を感じないという方もいるかもしれません。

 

じゃあこういう例えはどうでしょうか。

 

バスケのトーナメント戦で日本とアメリカのチームが決勝戦を戦い、日本が勝ったとする。

 

日本の新聞が「日本が勝った」ではなくて「アメリカが負けた」って見出しにするだろうか。

 

もしくはどちらが勝った負けたよりも「トーナメント戦終了」(淡々と試合が終わったよ〜程度の意味)が大見出しで、中見出しで「日本優勝」ってするだろうか。

 

例え負けたとしても「日本が残念ながら負けた」が筋ではないだろうか。

 

更にはアメリカの選手がガッツポーズしている写真が大写しになって、その後ろの方で負けて悔しがる日本の選手がついでに写っているってどうだろうか。

 

もしそうだとしたら明らかに何かの意図を感じるのではないだろうか。

 

退位されたお二人と即位されたお二人の扱いをバスケの勝った負けたや日米に比較するとは言語道断とするお叱りは承知の上で申し上げております。

 

しかし、それと同じようなことが今回の7紙のレイアウトを見比べて感じたのです。

 

言葉や態度には当然ながら人の意思が現れ、それはデザインやレイアウトにも同じことが言えるのだと思うのです。

 

その意味では今回の7紙を見比べると、朝日と東京には他紙とは違う独特のものを感じたのであります。

産経にしても新皇后さまを載せないことがどうなのかと思いました。

日経も特殊ですが同紙のスタンスがいまだによくわかりません。

テレビ東京系列だから○○党だとか言われていたような昔の記憶もありますが、重ねてよくわかりません。

 

では見比べが終わったところで2面以降も含めた本文の読み比べに進んでまいりましょう。

 

いえ、無理です。

 

まあ目は通すんですけど、これ以上やってもかけた手間を上回るだけの情報提供ができる自信がありません。

 

この見比べですら場合によっては何も皆様の心に響くことのない私の自己満足で終わる可能性大であります。

 

と言うわけで当然ながら明日以降の7紙の比較も無理ではありますが、

「しんぶん赤旗」がどう表現したのかは俄然気になって仕方がないので追って報告したいと思います。

 

トップ記事ですらないのかもしれないというのが私の予想です。

 

もうすぐ2日の朝刊が届きそうです。

 

それではみなさん、すめらみこといやさか。

 

加速せよ、未来へ。

本はなるべく鹿沼で買おうとしている。

けど年に何回かは宇都宮の大きな書店を巡ることにしている。

本との偶然の出会いを求めるからだ。

ちなみにアマゾンで買うのは中古のゲーム攻略本くらいだ。

 

宇都宮の書店で物色はするけど買うことはない。

興味があった本をメモして帰るだけだ。

その後市内の書店で運命の再会をするか、

どうしても心が惹かれれば注文をするか、

それっきりかだ。

 

気になる書名を店内で手帳に書き留めること、

スマホのカメラで撮ること、

手間と良識の点で難しい。

 

スマホのメモアプリにさりげなく片手で入力する。

それすらギリギリだ。

充分あやしいと思う。

 

何しろ基本買わないのだから。

 

買いたい、

ここじゃ買えない、

記録しときたい、

どうせそんなに買えない、

買っても読みきれない、

読んでる場合じゃない、

今年選挙じゃないか、

普段の選挙運動だってやれてない、

でも議会での質問のためなんだ、

それこそ議員の本分なんだ。

 

そんな葛藤と闘いながらの本選び。

出来上がったリストを見てほしい。

自分の興味の対象を知ってもらうのも業務の一環だ。

 

2019/04/27

大前研一世界の潮流

栃木の絶景

プロのeスポーツプレーヤーになる

彼女が大工になった理由

パピヨン

ドイツ職人紀行

熱狂のソムリエを追え

わが子を「居心地の悪い場所」に送り出せ

日本を殺すのは誰よ

文系バカが日本をダメにする

日本人の知らないスパイ活動の全貌

反日という病

世界一やさしい心理操作テクニック図鑑

ニックス

1979年の奇跡

名探偵コナンと平成

絆経営で目指す新しい地方創生

英語化は愚民化※

ゲームの企画書

プログラミング教育はいらない※

大量廃棄社会※

アンダークラス

PTA不要論※

ホロコースト

日本の地方政府※

観光亡国論※

給食の歴史※

縮小都市の挑戦※

学校の当たり前をやめた※

KGBスパイ式記憶術

天才を殺す凡人

実践インフラビジネス

図書館巡礼

YouTubeの時代

(※は注文済み)

 

どうだろう。

個人的な興味で欲しい本もある。

基本は政策や提案に活かせる可能性を刺激する本が多い。

この中から運命の再会がどれだけあるかは自分次第だ。

 

そしてここまで店内で好き勝手にやっておいて、

何も買わないのも人間としてどうだろう。

だから最後には何かしら一冊は買って帰る。

雑誌を立ち読みだけして何も買わないで立ち去る行い。

それよりは罪が軽いだろう。

 

 

 

「名探偵コナンと平成」

以前に「文学としてのドラゴンクエスト」を紹介した。

同じ著者だったとは。

読み終えてから著者の経歴を見て知った。

先入観を持たずに意見に耳を傾けたい。

著者の名前や経歴などはあえて見ないで本を選ぶ。

もちろん著者で選ぶ本もある。

「さやわか」氏をネットで調べてチョットがっかりした。

「スロウハイツの神様」の作者辻村深月氏、

性別も含めてどんな人かを後で知った時と、

ちょうど逆の気持ちだ。

 

そしてようやくにして、

「平成最後の本がこれでいいのか」へと収束していく。

 

以前ブログで「名探偵マコヤン」とか言っていた。

しかもさやわか氏は先述のドラクエ本を書いた人だし、

1974生まれの同級生。

因果や運命の法則を見出そうとしがちな自分には

相応しい本かもしれない。

 

けれども、ついでに買った本じゃなく、

自分で納得のできる平成最後の本を探しに、

鹿沼のツタヤ書店に行った。

 

どんな本がいいだろうか。

たとえば「左翼老人」とか「日本共産党の正体」。

自分の政治スタンス上、

しっかり読んで政治哲学を確立するには必読だ。

けれど時は正に時代の節目。

正義や真実がどこにあるのか、

白黒つけることを今は休もう。

対立や論争を今は忘れる本にしよう。

 

小説はどうだろう。

爽やかで希望に満ちた本はたくさんあるだろう。

でもそれはダメだ。

 

自分の選挙が終わるまでは、

仕事に関わりのない楽しみを目的に読む本は、

この前読んだ「ベルリンは晴れているか」を最後にするという約束。

その後本当に「パリが燃えてしまった」ことは残念な偶然。

 

課題図書の選定基準はこれだけではない。

 

小説がダメなら必然としてビジネスや政治経済に絞られる。

紹介するならばまず読了し精読も必要だ。

自分も何か言わなければならない。

だから分厚い本は厳しい。

となると新書だ。

あの縦長の薄いやつだけど、

なんで新書っていうんだろ。

 

ならば青山繁晴氏の著作でまだ読んでないのがあったはず。

しかし売っていなかった。

 

実用やサブカル系の棚も念の為目を通した。

魅かれるものはなくその手の類いは節目を飾るには軽い。

コナンのがまだマシとなってしまう。

 

「君たちはどう生きるか」はどうだろう。

この時期に相応しいが、君たちはどう思うか。

一度読んだ本では芸がないだろう。

 

こうなったら原則を破ってフィクションでもいいのか。

平成が終わる今振り返ると、

自分はいつも「こうあるべき」にこだわりすぎていた。

その結果として自分も周りも不幸にしてきた。

こだわりを捨てることで、

今手元にある本や、図書館の本や、ブックオフの中古でも選択肢になり得る。

 

伝説の雀士桜井章一氏の著書『「自然体」が一番強い』の中で、

「そうであったらいいな」くらいの気持ちでいる方がいいと書いていた。

その意味がようやく心で実感できる。

経験の中で失敗しながらでしか自分は学べない。

新しい令和の御世もきっとそうやって生きていくのだ。

 

ちなみにこの本は佐藤市長にオススメしたい。

桜井氏と平野早矢香氏とのくだりは是非読んで欲しい。

もしかしたら既に読んでいるのではないかとさえ思える節がある。

短いエッセイ形式なので忙しい合間の息抜きとしても読みやすい。

もし未読ならば必ず「我が意を得たり」となるだろう。

 

自分もたまに人様から本を勧めていただくことがある。

同僚議員の鈴木毅氏が貸してくれた『「痛い目」に遭いながら人生を学べ』(奥島孝康著)

数年間棚に置きっぱなしだけど、そろそろ読むべき星が巡ってきたのだろう。

とはいえ小説やフィクションを選び始めたらもうそれこそ決められない。

当初よりの「ためになる本」という原則は貫こう。

こうやって時間ばかり過ぎていく。

この間に本読めたじゃないかっていつも後悔して焦る。

いつものお約束。

 

読んだことがなく、過激でもなく、小説でも実用書でもなく、分厚くないタメになる本。

色々あったけどその本であるべき理由が閃いた一冊が決まった。

 

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新書でタイトルも未来を感じさせるし、

帯に小泉進次郎氏の名前も載っている。

ベストセラーの棚に陳列もされている。

これだけでも資格十分。

 

本書は2018年7月の小泉進次郎氏と落合陽一の共同企画「平成最後の夏期講習」が基となっている。

6つのテーマ毎に陽一氏が日本社会への提言をしている。

 

選んだ一番の理由は落合陽一氏が落合信彦氏のジュニアであること。

アサヒスーパードライのCMで、国際ジャーナリストという肩書きで登場した落合信彦氏を初めて知った。

初めて読んだ同氏の著作は「狼たちへの伝言」

自分が18歳、平成5年に市役所の前の柳田書店にて出会った。

値段は100円だった。

孤独で誇り高く、強く優しく熱い狼の人生に多くの若者が憧れた。

感化された中の一人が自分だ。

その後の平成を生きる自分のテーマであり続けた。

 

そして平成が終わろうとする今、

そのジュニアが未来を語る本を読む巡り合わせ。

悪くはないだろう。

 

この本が私に示す意味が他に何があるだろうか。

 

陽一氏は1987年(昭和62年)生まれの31歳。

片や私は1974年(昭和49年)生まれの44歳。

若くして既に社会に対しての鋭い提言をしている陽一氏への敬意。

未だ鹿沼市の政治の大きな方向性を決定づけるだけの力を持ち合わせていない自分への焦り。

 

また若者の意見にも耳を傾けられる大人でありたいなという自戒。

長老と言われる世代の「人の話を聞かない」態度への反発もある。

 

本書が提示する新しい概念「ポリテック」。

政治(Politics)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語。

政治や行政に取り入れていくことの可能性を信じ、

地方自治体レベルでも導入への提言をせねばという使命感。

 

テクノロジーを恐れることなく、

そこに希望を見出していくためにも、

自らも学び、

活用に秀でたこれからの若者の力を侮ることもなく、

疎外することがあってもならない。

 

鹿沼という地方都市こそ若者から疎外されてしまわないために。

 

本書を選んだ理由と簡単な紹介、そして少しだけ今までの自分の話をした。

 

本書の終盤では、

アップルの共同設立者のひとりスティーブ・ウォズニアック氏が日本が抱えるある問題の解決策を信彦氏に問われこう答えている。

 

「そんなの簡単だ。若者を自由にすればいい」

 

自分は考え方も生き方も振る舞いも自由であると思う。

それはよいことであり、悪いことでもある。

可能性も危険性も自覚するものである。

そしてその代償としていつも孤独がついて回る。

しかしこう考えたらどうだろうか。

その人が運命として備わった性として孤独である。

それが始まりならば、

その慰みの報酬として「自由」がもたらされているのだ。

それなら決して悪い話ではない。

 

自由であることが原因なのか結果なのか。

自ら求めたものなのか、運命として与えられたものなのか。

どちらにしたって、

自由であるから見えること、言えること、出来ること、

そしてそうしなければならない使命を、

新しい時代でも果たしていきたいなと思う。

 

平成の最後の8年間をこうして活動することができた。

それをもたらした全てのものに感謝して平成最後の告白を終えます。

 

加速せよ未来へ。

 

部活動民営化

(この件は今後も繰り返し投稿していく)


スポーツを志す子供たち全員がレギュラーとして活躍できないのだろうか。

補欠で苦労させるのが人生に役立つなら全員補欠でいいじゃないか。

レギュラーでいられた人も必ずいつかはそうでなくなる。特に人生の全てをかけてプロを目指し、なれずに、もしくは少ししかプロでいられなかった人たちに活躍の場は転職しかないのだろうか。

学校の先生は忙しくて子供に向き合えないという。特に自分自身の子どもに。

子どもたちは学校の勉強だけでは物足りないのか、そんなに勉強が好きなのか。そうなら自由だが、追いつくために別に月謝を払って塾に子供を通わせているのなら、学力が低いという罪に対する罰金を払っているようだ。

モノを仕入れて加工して売るだけではもう充分な給料を稼げる可能性が低くなってきている。

安い労働力やロボットやAIに仕事が奪われてきている。新しい産業やサービス産業、楽しんだり人生を豊かに過ごすためのビジネスや生き方に大きなチャンスがあるんじゃないのか。特に地方都市では。


世の中はどうしてこんなにちぐはぐなんだろう。

このあるがままを愛せよというのか。


その全てがたった一手で全て完全に解決することはないにしても。

今の世の中の当たり前に挑んでいくことに可能性があるのなら、今選挙戦を戦う仲間たちにはそういう気概を持って勝ち抜いて欲しいんだ。


健闘を祈る。


ps勢いで書いたので言い足りないところや、哲学が整理されてない点もありますが、むしろ今の勢いだけだからこそ、今思う素直な気持ちなんです。

みなさんこんにちは。

4月1日の新元号発表を受けての翌日4月2日の主要朝刊の読み比べの記事です。

 

産経

読売

毎日

下野

日経

朝日

東京

赤旗

 

以上8紙を気になる記事や主張を紹介しながら私の意見を添えていきます。

 

引用については、原文のままを誤字脱字に注意して載せていますが、間違いや「」と『』の混在等はお許し下さい。

原典をご自身でお確かめになるのも一興ではないでしょうか。

 

それではみなさんごきげんよう。

 

ってオイ!

 

ちなみに大分日が経ってますが、それ以後の報道等には意識して触れずに過ごしてきましたので、自分の知識や意見、感覚は4月2日の瞬間のまま冷凍保存されています。

 

産経新聞

気になる記事や情報

 

1面

・『出典「萬葉集」、初の国書」

・首相は決定の一年以上前から新元号を日本の個展から引用する意思をにじませていた。

・「令和」の典拠に出てくる梅は中国原産で、古く日本に伝わり、厳しい寒さが残る早春に桜に先駆けて凛と咲く。

 

「産経抄」

・九州・大宰府の長官だった大伴旅人が友人たちを招いて、見事な月の下で梅花を詠んだ情景である。

・もともと、ひさまずいて神意を聞く人の形だったという。

 

「主張」

・現在、元号を使用している国は日本だけになった。

・元号を建てることは、国の独立の象徴でもあった。

・将来は、天皇のおくり名(追号)にも用いられる。

・将来は制度を改め、閣議決定した元号を新天皇が詔書で公布されるようにしてもらいたい。

 

感想

一面に菅官房長官と首相の本紙単独インタビューを掲載し、

初めて日本の古典から出典されたこと何よりの喜びと捉えている。

今後は「天皇が新元号を公布すべし」と注文をつけるなど、さらなる皇室のあり方に踏み込んだスタンスであり、

普通にこの新聞だけ読んでいると今回の経緯に何か問題でもあるのかと思う。

 

 

読売新聞

気になる記事や情報

 

1面

・「万葉集出典 初の国書」

・「漢籍を参考に(引用部分を)書いたとみられ、過去の伝統を無視したわけではなく、その延長線上にある」と解説する。

 

「編集手帳」

和語が背伸びをして文化の芽を出そうとしているとき、先輩の漢語が懐深く見守っているように思えなくもない。


2面

・教授の解説「『令』はもともとは神様のお告げのことで、クールで優れているという意味」

・「アジアの文化に対する敬意もこめている文章からとられており、今までの範疇を大きく超えたものではない」

 

3面

・決定段取りに「安倍カラー」

・首相の判断で新元号が令和に固まった瞬間だった。

 

4面

・共産党の志位委員長

「元号は君主が空間だけではなく、時間をも支配するという思想に基づいたものだ。憲法の国民主権の原則にはなじまない」と述べ、元号制度を非難した。

・社民党の又市党首

「元号は象徴天皇制になじまない」「『令』は『命令』の『令』。安倍政権の目指す国民への規律や統制の強化がにじみ出ている」


25面

・俵万智氏「世界に誇れる文化遺産から元号が生まれたことをうれしく思うし、、これをきっかけに万葉集や短歌への関心が高まるといいなと思う」

 

感想

国書から選ばれたのは誇らしいけど漢籍も参考にされていることを素直に認めて恥じることもない潔い態度は産経よりもバランス重視といえる。

1979年に成立した元号法で再び法的根拠を持つようになったとは知らなかったが、そうである以上は元号の存在について何かケチをつけるのならば、法改正を主張すべきではないだろうか。

 

産経と読売という保守系の2紙を見てきました。

ここからは少しづつ面白くなってきます。

 

毎日新聞

気になる記事や情報

 

2面と3面の大見出し

・「和漢三つずつ提案 中国古典影響残す」

・中国の詩文集「文選」の影響を受けているとの指摘が出ている。


5面社説

「かつての元号は権力者が時間を支配する意味を持っていた。しかし象徴天皇制の現代においては、元号は一つの「文化」であろう。時代を区切る「句読点」や「しおり」ともいわれる。それは、どんな時代だったのかという認識を国民が共有することにつながる。

 

感想

「国書から」を強調する保守系2紙に対して「どこまでいってもルーツは中国だからね」とクギを刺すようなスタンス。

ちなみに私のルーツはアフリカ大陸です。

ご先祖様はジュラ紀の頃は恐竜の目を避けコソコソ隠れ逃げ回っていました。

とはいえ社説で『元号は一つの「文化」』とするなど毎日はさっぱりしていたのが意外です。

 

毎日がそんな調子ですが、子会社の下野新聞はどうでしょうか。

 

下野新聞

気になる記事や情報

 

1面

・「国民の関与は十分か」

・オープンな検討が可能だったはずだ。

・考案者、他の候補名、選定の記録をどのくらい残すのか公開の時期と範囲がともに不明

・「広く国民に受け入れられ、日本人の生活の中に深く根差していくことを願う」(首相)のなら国民が納得できる説明が不可欠だろう。


 

2面と3面を横断する見出しで

・「心寄せ育む文化 明るい未来 期待」

 

とあり、

 

3面

「新元号に寄せて」同社主筆 坂本裕一氏

・「元号は、時代を映す鏡だ。」

・「明治の男」と言えば頑固一徹な男の像が浮かぶし、「昭和後期」なら、すぐさま戦後の経済成長が想起される。

 

ともあるのに、6面論説では

 

・時代にそぐわない。

 

と言ったと思ったらその後の文章で

 

・「時代のくくりにはよく使われる」

 

だからね。

 

「時代を映す鏡」であり、「時代のくくりにはよく使われる」けど、「国民の精神的な一体感を支える」のは時代にそぐわないという。どう違うのか。

時代意識を共有して振り返ることで我々国民が「和」の心のもとで精神的な一体感を持ってはいけないのだろうか。

 

・将来は国民に開かれた選定方法に改めるべき。

・公表時期も国民本位なら、もっと早められたのではないか。

・決して反中国や国粋主義に基づくものであってはならない。

 

私は例えば5つ程度の候補から国民投票で決めるなんて無粋だと思うし、天皇の追号ともなる元号をそんな風に決めるのは不敬とさえ思える。

元号をみんなで決められないからと言って民主主義が根幹から揺らぐこともない。

また日本の文化に誇りを持とうというだけなのに、反中国だ国粋主義だとかいうのはそれこそ「時代にそぐわない」と思う。

 

・(首相の)自衛隊を想起させる「防人」の言及は違和感があった。

 

予備とはいえ私も自衛官の端くれとして言わせてもらうと全然気にすらならなかった。

みなさんはどうですか。

 

・元号の使用強制をしてはならない。

 

1979年に成立した元号法で再び法的裏付けを得たのに…、しかも無理強いなんてするつもりはないのに。上手に併用していこうよ。

 

・有識者懇談会はわずか40分で、国民からの意見聴取をアピールする形式だけのようだ。

 

国だけに限らず地方の自治体の会議もそんなものであることについてはいかがお考えか。

 

・新元号の選定状況を報告した可能性があり、憲法4条の「天皇は国政に関する権能を有しない」ので首相は憲法違反はなかったことを明確にすべきだ。

 

報告くらいしてもいいのではないのだろうか。

なにせやがては皇太子さまの追号になるのだし。

 

6面

・共産党の志位和夫委員長は「西暦か元号か、国民の選択に委ねられるべきだ。国による元号使用の強制には反対する」

 

法的根拠があるのなら日本はあくまでも元号を基本にした上で、西暦もスマートに活用することをイエス・キリストもお許しになるでしょう。アーメン。

 

感想

下野は文句も言いたいけれど、県民の常識的な受け止め方に水を差してもいけないしという苦悩が感じられる。

お察しはしますがなんかヘンだよ。

引用しながら感想を述べてしまったので、むしろみなさんの感想を聞きたいです。

結構下野はガンガン来ましたね。

私のスタンスに基づきガンガン返していくラリー形式でご紹介しました。
 

日経新聞

気になる記事や情報

 

社説

平成への改元に関連する文書が新元号の選定に影響が出るとして非公開期間が延長されたことについて、

・「ブラックボックスに入った状態が長引けば、元号への人々の親しみも薄れかねない。非公開にしておけば元号の権威が高まるというものでもあるまい。

 

識者に聞く

ある社会学者

・「「元号フィーバー」は一時的な現象にすぎない。

・改元を巡り首相が陛下や皇太子さまに事前説明するという従来にないプロセスを踏んだ。憲法との整合性という観点から検証も必要になる。

 

3面

「カジュアル改元に光と影」論説委員会

・平成も令和も消費され、やがて改元のざわめきは過去となる。令和の世は、元号の存在感自体がもっと軽くなるかもしれない。

ただ、そこには心配もある。この浮かれムードの中で、昭和の戦争も、天皇制や元号をめぐる本質的なテーマも、さらにかすみはしないか。「令和」がどう決まったのか、透明性を問う声がかき消されないか。日本人の歴史認識が一段とぼやけていきはしないか。

 

38面

新元号 私はこう見る

・エッセイスト酒井順子氏

「『和を乱す』という良くない言い回しもある」

 

・厚切りジェイソン

『契約書類や公文書に元号を用いることにも違和感を覚えるという。「文化としては尊重されるべきだ」と考えるが、(中略)「Why Japanese people!?

」と思わずにはいられないという。

 

感想

日経のスタンスって正直勉強不足で良くわからないのですが、毎日や下野に負けないくらいの否定的スタンスで驚きました。

エッセイスト個人の意見とはいえ『「和を乱す」という良くない言い回し』ってむちゃくちゃだから!「幸」も「不幸」という良くない言葉ができるしなんだってありじゃん!

 

朝日新聞

気になる記事や情報

 

1面

「初の国書 首相のこだわり」

 

天声人語

・「酒席で述べた挨拶が1300年後の元号になってしまうとは。二日酔いの夢にも想像しなかったことだろう。」

 

2面

『漢籍の「孫引き」になるという指摘はつきまとう。

梅の花の季節に詠まれた歌の序文なので、「元号が特定の季節を指すのはどうか」

元政府関係者は眉をひそめる。「元号は時の政権のものじゃなくて、国民のものなんだから」

 

3面

「万葉集は(中略)現在は大学の卒論などでも人気はそれほどでもない」歌人の言葉

 

「令和」の二文字が取られた序文は中国の有名な文章をふまえて書かれたというのが、研究者の間では定説になっている。

梅が中国原産で、「ふたを開けてみれば、日本の伝統が中国文化によって作られたことを実証したといえる」東大教授の言葉

 

4面

石破茂氏

『「令」という字の持つ意味をきちんと調べ、国民に納得していただけるよう説明する努力をしなければならない。』

 

32面

内田樹氏

「政権が元号発表を政治ショー化したことだ。」

「統一地方選の最中でありフェアでない。」

 

感想

朝日は徹底して誰かの意見を引き合いに出して改元を巡る動きと出典に対して物を言っていくスタンス。

石破氏の「令」に対する意味を丁寧に説明せよ云々の発言自体への価値判断は避けた上で、「丁寧に説明せよ」論法は市議としても活用させてもらいます。そう言っておけばこちらのメンツも保ちながら退散する時に使えるよね!

 

例えば「市役所新庁舎に対しては今後も市民に対して丁寧に説明を続けるべきだ」なんて感じ。アーメン。

 

もう万葉集が孫引きでもなんでもいいよ。

もし村上春樹がノーベル賞とった時には

「アメリカ文学の影響が強く反映されており、純粋な日本人の文学賞として素直に喜んでいいのだろうかという指摘はつきまとう」なんて言ったら何言ってんだってなるし!

 

東京新聞

気になる記事や情報

 

1面

「中国古典踏まえ」

 

2面

「国民の声聞かず選定」

「国民主権の現代にふさわしい元号選定のあり方とは何かという課題を残した」

 

5面

社説

・これまでは漢籍から採った元号を受け入れてきた「国書もいいが、ことさらこの伝統を排したなら狭量すぎる。」

・日本では国民生活の基層をなす文化として尊重したい」

天皇制も尊重してよ!

 

12面

「不要」根強い反対論

 

24面

安倍首相の会見に対して

「なぜ、その説明で安倍首相の思いを聞かなければならないのか。」

 

「だんだん話が手前みそになっていった。」

 

「首相の思いが前面に出た会見に、違和感を口にする人は多い。」

 

「そこに私的な思いを持ち込むから不純な印象を受ける」

 

25面

「権力者の都合で時代に区切り」

「国家・国民・国土の私物化」

 

感想

新聞の読み比べの大切さを思い知りました。

好き嫌いや良い悪いなどの価値観を越えて、まずはどんな異なる見方があり得るのかを知らないと議論もできませんね。

東京新聞買ってよかったです。

 

しんぶん赤旗

 

これに限っては4月11日に1面のみ東図書館で目を通しました。

 

1面の志位和夫委員長の記者会見でのコメントを紹介します。

 

 

・(「元号法をどう考えるか」という問いに)

 いま元号あるいは元号法を廃止すべきという立場には立っていない。将来、国民の総意によって解決されるべきと考えている。

 「君主制の廃止」を2004年の新しい綱領では削除しており、それをふまえてこうした立場をとる。

 

これについて志位さんにならって私からも「コメントはない」とします。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

 

ps

少し雑ですがあまり時間をかけずに一気に書きました。

読みにくい点や間違いなどありましたら重ねてお許しください。

是非この歴史的瞬間を各紙がどう報じたか、図書館のバックナンバーで読み比べてみてください。

その上でご自身の価値観を更に磨かれるといいのではないでしょうか。