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『見渡せば 淡雪花火 橋の下 値千万 両国の花』 『夏の涼みは 両国の 出船 入船 屋形船 上がる 流星 星下り 玉屋 取り持つ 緑かいな』 暴れん坊将軍でお馴染みの八代将軍徳川吉宗の頃、コロリ病(コレラ菌)が流行り、厄払いに始めたのが両国の花火(旧暦の5月28日川開き) 花火の依頼を受けたのが、玉屋鍵屋でお馴染みの六代目鍵屋さん。七代目の頃、番頭だった清七に暖簾を分けて玉屋を名乗らせ(鍵屋が守護神としていた鍵屋稲荷の祠に祀られている狐が「鍵」「玉」を持っていることに由来)川の「上流を玉屋」「下流を鍵屋」が担当し、上流から上がれば『玉屋』 下流から上がれば『鍵屋』 と掛け声をかけて盛り上がった。とはいえ歌舞伎の掛け声みたいに、「成田屋」を「たや」なんて端折ってかけるのではなく、上がった瞬間から掛け声をかけ始め、パーンと綺麗に上がって、川底に火花が「ジュ」っと落ちるまで伸ばすのが粋な掛け声だったとか。 『橋の上 玉屋玉屋の 声あれど なぜか鍵屋と 言わぬ情無し』 花火といえば『たまや』のイメージだけど、玉屋の清七さんは35年目に火災を出してしまい追放されてしまう。実は玉屋は一代で廃業していると言う事実は中々知られていない。さて、12代まで直系が続いていた鍵屋さんも、それ以降、別の家に譲り現在15代目はなんと女店主! 吉宗の頃の花火は一色だけのシンプルな花火!今は鮮やかな色の花火が上がる。形もなかなかユニークでポケモンだったり、キティーちゃんだったり、その気になれば好きな人にメッセージ入りなんて洒落た花火も上げることができる。 吉宗の頃、コレラ菌が流行り景気付けにあげた両国の花火、それが川開きの行事となり、一度は廃れてしまったけれど、隅田川で復活して、現在に至る。日本の夏の風物詩は進化を重ねながら、次世代にも楽しめる伝統と新鮮な文化の融合によって守られている。今日は台風も去り、夕涼みにはもってこい!今年は手足口病が流行っているそうで、子を持つ親としては、吉宗公に肖って、遠くから花火を祈念しようと思う。隅田川の花火の由来。散々語っておいて自分ではいかない裏切り者より。#隅田川花火大会 #隅田川 #両国 #玉屋 #鍵屋 #あばれん坊将軍 #徳川吉宗 #手足口病 #厄払い

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