製本職人の仕事ぶりも分る
 

ルリユールおじさん

いせひでこ著 講談社、初出は理論社 定価:本体1600円+税
 

 絵本作家いせひでこの代表作の一つ。刊行時(2006年)には、ベストセラーにもなったそうである。著者の大好きな樹木も重要なテーマ。「木」シリーズ3部作の第一作である。

 版元(講談社)からの紹介文は以下のとおり。

たいせつにしていた植物図鑑がこわれてしまった、パリの少女ソフィー。
本をなおしてくれる人がいると聞いて、ルリユール(製本職人)を訪ねる。
本への愛情と、時代をこえてつながる職人の誇りを描いた傑作絵本。
講談社出版文化賞絵本賞受賞作。


 内容については、ネットにたくさんの情報が出回っている。あらすじ紹介なんて、いまさら「屋上屋」である。公共図書館なら、必備のはず。詳しくは図書館で。

 また、著者の絵のタッチを事前に知りたければ、ネットで「ルリユールおじさん 画像」と検索すればいい。

 本づくりに長らくかかわってきたので、製本の話を少し。

 わたしが現役のころ、専門の装丁家といえば、栃折久美子の名ばかりとりあげられていた。

 彼女の装丁はおおむね硬質で、わたしの趣味には合わなかった。ただ、田中一光、粟津潔、早川良雄、司修ほか、装丁デザイナーは数多くいたが、じっさいに彼らが工房で本をつくるわけではない。職人でもあった装丁家は、彼女以外に、ほとんどいなかったのではないか。

 この絵本で見られる、製本工房のさまざまな機械、道具類。じっさいに、わたしも製本所でなんども見たが、これらを使いこなすには多年の研鑽・努力が必要である。

 このあたり、栃折の弟子でもある、現役のルリユール職人・伊藤篤が上手に説明してくれている。詳しく知りたい方は、こちらをクリック

 ルリユールは、「仮綴じの本」とか「フランス装」の冊子とかを製本する。しかし、「仮綴じの本」など、たぶん多くの方は見たこともないであろう。

 文庫本を例にとって、説明しよう。

 まず、A3判の紙に片面8ページ分の印刷をする。印刷されたそのA3判の紙を二つ折りすればA4判に、それを二つ折りすればA5判に、もう一度二つ折りすれば文庫本サイズになる。つまりA3判大の紙を三回折れば16ページの冊子状になる(これを1丁と呼ぶ)。

 10丁分を糸でかがれば(糊付けすれば)、160ページの冊子の出来上がり。これが仮綴じ本である。じっさいには、A3判の紙ではなく、余白がついたもっと大きな紙に印刷するから、仕上がった仮綴じ本は、文庫サイズの一回り以上大きな本である。

 これに、表紙やら本扉やら、見返し、栞、カバーをつけて化粧截ちすれば製本の出来上がり。皮革装、布装、箔押し、天金、函入りなどの特殊加工をほどこせば、もっと複雑な工程を経る上製本となる。

 著者はあとがきで書く。

(前略)旅の途上の独りの絵描きを強く惹きつけたのは、「書物」という文化を未来に向けてつなげようとする、最後のアルチザン(手職人)の強烈な矜持と情熱だった。手仕事のひとつひとつをスケッチしたくて、パリにアパートを借り、何度も路地裏の工房に通った。そして、気づかされる。/
本は時代を超えてそのいのちが何度でもよみがえるものだと。/
旅がひとつの出会いで一変する。


 わたしは愛書家ではない。しかし、本書によって、愛書家の心情に、よりいっそう思いをはせられ、さまざまな蔵書室が思い起こされて嬉しかった。