MOUの法的拘束力

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本稿は、契約をめぐるリスクマネジメントの一つをとりあげます。

 欧米の企業との間でライセンス契約、共同研究開発契約、合弁契約などの締結に向けて交渉を開始すると、秘密保持契約書に続いて、”Letter of Intent”,あるいは”Memorandum of Understanding”という表題の書面に署名するよう求められることが少なくありません。

ライセンス契約や共同研究開発契約のような重要な契約を締結するにあたっては、何度も交渉が重ねられた末、最終的に分厚い契約書が作成されることになりますが、こうした契約は、合意すべき事項が多岐にわたるうえ、その内容も複雑であるため、実務上は、契約交渉の途中で、何の合意文書も交わされることのないまま、いきなり長大な契約書が作成されることはあまりありません。むしろ、こうした契約交渉の過程では、Letter of IntentMemorandum of Understandingと題する書面(「予備的合意書」などと訳されることが多い)が交わされるのが通常です。

 これらの書面は、いまだ正式な契約締結に至っていない交渉当事者が、現段階における合意事項を確認する趣旨のもとに作成される書面であり、その形式は、手紙(Letter)形式のものもあれば、覚書(Memorandum)形式のものもあります。

 ところで、予備的合意書までは作成されたが、何らかの事情で、最終的な契約の締結には至らなかった場合、特に米国においては、予備的合意書の作成・調印をもって、契約は有効に成立していたという主張のもと、損害賠償を請求する裁判例が散見されます。われわれ日本人の契約観からすれば、正式な最終契約書が調印されるまでは、契約は成立しないと考える傾向が強いものと思われるため、こうした損害賠償を請求されると面食らって当然でしょう。要するに、われわれ日本人は、”Letter of Intent””Memorandum of Understanding”といった、いわゆる「予備的合意書」の法的効力を軽視しがちです。

“License Agreement”, ”Collaboration Agreement”などの最終の正式な契約書ではないからといって、また、表題が”Agreement”ではなく、”Letter” “Memorandum”となっているからといって、必ずしも法的拘束力がないと決めつけることはできません。予備的合意書の法的拘束力を判断するにあたっては、あくまで、書面作成時の交渉当事者の意思、書面に記載された内容等を合理的に解釈する必要があるのです。

米国の契約法の教科書に必ずといってよいほど登場する事件が、テキサコ対ペンゾイルという訴訟事件です。結論から言えば、被告のテキサコ社が敗訴し、テキサス州地方裁判所から、当時「史上最高の評決額」と言われた総額111億ドルの賠償金を支払うよう命ぜられました。

この事案の概略は、以下のとおりです。

石油会社ゲッティ・オイル社とペンゾイル社とは、ペンゾイル社がゲッティ・オイル社を買収するということで、株式譲渡の基本合意に達し、その時点で、Memorandum of Agreementと題する予備的合意書が交わされました。ところが、その直後に当時オイルメジャーであったテキサコ社が、この買収交渉に横から割り込んできて、ゲッティ・オイル社に対し、ペンゾイル社より高い買収価格を提示し、あっという間にゲッティ・オイル社を横取り買収してしまったのです。ゲッティ・オイル社をテキサコ社に横取りされたペンゾイル社は、横取りをしたテキサコ社を相手にテキサス州地方裁判所に損害賠償を求めて、提訴したのです。

 裁判所は上記予備的合意書に法的拘束力を認め、ペンゾイル社とゲッティ・オイル社間で買収についての契約はすでに成立していたと判断し、テキサコ社に対し、総額111億ドルの賠償金を支払うよう命じました。なお、賠償額があまりに巨額であったため、この判決が下された直後、テキサコ社は一度、連邦破産法第11章(チャプター・イレブン)の手続(わが国の民事再生法に近い法的再生手続である)を申請しています。

予備的合意書とはいえ、各当事者の権利・義務に関する事項が記載されており、その記載内容について、各当事者に法的拘束力を持たせる合意があったと認定されるような書面であれば、その法的拘束力は契約書と何ら異なるところはないのです。したがって、実務においては、交渉当事者が法的拘束力を排除したいと考える場合、明確に法的拘束力を排除する文言(条項例8参照)や「取締役会の承認を条件とする」といった条件付きで効力が生じる文言を明記しておく必要があるです。

 

 

8  No Legal Effect

This Memorandum of Understanding represents the good faith intentions of the parties to proceed with the proposed joint venture but is not legally binding and creates no legal obligations on either party.

 

 

1.6   Project Plan.  The Parties understand that the technical and commercial feasibility of the Project has not been established.  Accordingly, while it is the present intent of the parties to undertake the Project, either Party may at its sole discretion decline to agree to undertake any or the entire Project without obligation or penalty.

 

上記条項例1.6では、共同研究開発の対象となるプロジェクトについて、技術上、営業上の実現可能性が不確実であるため、各当事者は、将来、プロジェクトから任意に離脱することができ、その場合、相手方に対し、何ら違約金等の損害賠償義務を負わないということを明記しています。