その10(№6079.)から続く

今回はJR東日本に登場した振子車両を取り上げます。
その車両とは、中央東線「あずさ」系統に投入されたE351系。この車両から、系列名にJR東日本所属車両であることを示す「E」が付加されることになりました。

E351系のスペックは以下のとおり。

① 車体は普通鋼製、最高速度は130km/h。
② 編成は基本8両(グリーン車1両)・付属4両の12両編成。先頭車は両端を非貫通構造、中間に組み込まれるものを貫通構造とする。
③ 先頭形状は651系に準じた高運転台とし、非貫通車には651系同様のLED表示器を搭載。
④ 振子装置は制御付き自然振子、車体傾斜システムはころ式。車体傾斜角度は5度。
⑤ 空調装置をセパレート式とし、屋根上に熱交換器を装備(室外機は床下)。
⑥ メカニックはVVVFインバーター制御。
⑦ パンタグラフの架線への追従を確保するため、台車と直結された櫓を設け(櫓は車体を貫通している)、その櫓の上にパンタグラフを設置。
⑧ グリーン車は横4列だが、喫煙席と禁煙席を分かつパーテイションを客室中央部に設置。

このような車両が登場したのは、並行する中央高速バスとの対抗のため。既にJR東日本では183系をリニューアルし、快適性を向上させた「グレードアップあずさ」を投入していましたが、183系では最高速度向上に限界があることから、振子式車両を採用して曲線通過速度を向上させ、全体としてのスピードアップを可能としたものです。しかしグリーン車に関する限り、座席配置が横4列となり、横3列とされた「グレードアップあずさ」に比べると後退してしまいました。

E351系は平成5(1993)年に量産先行車2編成が落成し、同年12月23日に臨時「あずさ」で営業運転を開始しました。その翌年に量産車3編成が追加投入され、同年12月3日のダイヤ改正から、いよいよ「スーパーあずさ」として本領を発揮します。振子は全区間で作動させるわけではなく、八王子-信濃大町間(後に松本までに短縮)とされましたが、それでも「スーパーあずさ」の新宿-松本間の最速列車の所要時間は2時間25分となり、山岳路線の列車でありながら表定速度は90km/hを突破、E351系投入の効果は絶大でした。
量産車投入に際し、量産先行車も量産車に仕様を合わせる変更工事が施されていますが、このとき同時に基本編成と付属編成の位置を入れ替えています。これは、当初大糸線(松本以遠)には付属編成のみが乗り入れていたものですが、基本編成が乗り入れるように変更されたためです。同時に量産先行車は改番が行われ、原車号に1000をプラスして量産車と区別されることになりました。

(変更前)
←新宿 Tc1MM’TTsMM’Tc2+Tc3MM’Tc0 松本・南小谷→
(変更後)
←新宿 Tc11MM’Tc12+Tc13MM’TTsMM’Tc10 松本・南小谷→
※    量産車は投入当初から下段の組成。ただし松本方先頭車は量産先行車とは異なり、クハE350形となっている(付属編成の貫通型は100番代、基本編成の非貫通型は0番代)。

平成9(1997)年11月には大月駅構内での衝突事故により、E351系の1編成が使用不能となりました。このとき大破した同系の2両は、車両メーカーで車体を新造して元の車両の機器をその車体に取り付けることで復旧しました(したがって法的には『廃車』扱いにはなっていない)。何だか東急のデハ3472みたいですが。
使用不能になった編成の代替としては、1か月前に新幹線開業で「あさま」運用を失った189系11連1本が転用され、本来の「あずさ」「かいじ」用183系とは異なるカラーリングはそのままとされ、しばらく「スーパーあずさ」の代走を務めました。勿論、189系がE351系のダイヤに乗るのは無理なので、189系の性能に応じた特別ダイヤが設定されました。

E351系は183系を全面的に置き換えるに至ったかといえばそうではなく、E351系は量産先行車2編成・量産車3編成の僅か5編成60両のみの投入で終わってしまいます。残る183系の置換えには、平成13(2001)年からE257系が投入されました。E257系は、周知のとおり振子式車両ではありません。もっとも同系は、機器の配置などに工夫を凝らして重心を下げ、振子式車両ではないながらも、183系に比べて曲線通過速度は向上されていますが、それでも曲線通過速度はE351系に敵うものではありません。
それではなぜ、E351系は僅かな両数の投入に終わってしまったのか?
この理由は様々に語られますが、一説にはE351系の投入は中央東線の線形改良が前提とされていたところ、それがかなわなかったことで同系がオーバースペックになってしまい、大量投入する理由がなくなってしまったことが指摘されています。線形改良とはカーブや勾配がきついところに別線をつくって付け替えることで、確かにそのような計画はあったようですが、実際には実現せずに終わりました。そのことと、中央東線には狭小トンネルが多く存在するところ、振子を作動させたところその狭小トンネルの壁に車体を接触させてしまったことが原因とも指摘されています(真偽は不明)。そして勿論、振子式車両にとっては不可避である「軌道への負荷の増大」によって保線作業の負担が増加したことも、理由となっているでしょう。
ともあれ、平成14(2002)年12月のダイヤ改正からは、中央東線の特急はE351系とE257系の二枚看板となり、国鉄時代から活躍を続けた183系列は撤退しました(その後は臨時列車として何度か運転された)。

その後、E351系は、パンタグラフが菱形からシングルアーム式に取り替えられたり、車内の全面禁煙化に伴い車内から灰皿が撤去されたりしたことくらいで、内外装に大きく手を加えられないまま活躍を続けました。
そして平成26(2014)年、遂に後継車・E353系の登場がアナウンスされます。E353系については改めて取り上げますが、この車両は振子式ではなく、空気ばねによって車体を傾斜させる「車体傾斜車両」。それでもE351系と同等の曲線通過性能を有するとあっては、E351系にとっては「カウントダウン」が始まったといえました。
E353系は、現車が平成29(2017)年12月に登場し、同月23日から「スーパーあずさ」8往復のうち4往復を置き換えました。全面的な置き換えはその翌年、平成30(2018)年3月のダイヤ改正です。このダイヤ改正を機に、E353系は全ての定期運用を失いました。その後は一部イベント列車の運転もありましたが、全ての車両が退役即廃車となり、現存する車両は1両もありません。

JR東日本では、E351系の退役以降、新しい振子式車両は登場していません。これは恐らく、空気ばねを用いた車体傾斜システムで振子式と同じ高速化が見込めることで、機構が複雑でメンテナンスにも手間がかかる振子式を採用すべき積極的理由がなくなったことでしょう。それとJR東日本の場合、スピードアップが必要で線形の厳しい在来線が中央東線くらいしか存在しないことも大きいと思われます。同じ「山の特急」が行き交っていた信越線方面は、新幹線が開業して劇的なスピードアップが図られていますから。
E351系の生涯は、量産先行車で25年、量産車で24年という短いものですが、中央東線特急の劇的なスピードアップを実現した功労は、正当に評価されるべきだと思います。

その12(№6084.)に続く