さすらい館-090606_175356.jpg


決して「名車」ではなかったかもしれない。

決して「フラッグシップ」たり得なかったかもしれない。

しかし、この車両が京王の大功労者(車)であることに、異論を唱える方はいらっしゃらないだろうと思います。


その車両・6000系が、遂に8連口完全退役を前に、このような粋な計らいを受けることになりました↓


「高尾」のヘッドマークを6000系車両に掲出して運転します


京王電鉄では、自動列車制御装置(ATC)の導入やさらなる省エネルギー化に向けて、新型車両への置換えを積極的に進めておりますが、京王線で9000系車両の増加にともない、従来から走っておりました8両編成の6000系車両を2月22日付けで全廃※することといたしました。
つきましては、次の内容にて、かつて使用していた「高尾」のヘッドマークを6000系車両(10両編成<8両編成+2両編成>)に掲出して運転しますのでお知らせいたします。
なお、運転状況や車両都合等により、ヘッドマークの掲出・6000系車両の使用を急遽中止する場合もありますので、あらかじめご容赦願います。


※2両・4両編成の6000系車両につきましては、2010年度末まで運転いたします。


(管理人注・運転日を御覧になりたい方は、上記リンクをクリック願います。)


京王電鉄ホームページ より)


遂に本線運用から、増結用の2連以外が退役ですか…。

東急8000系のときのような猛烈な虚脱感はありませんが、やはり管理人にとって「青春時代の象徴」ともいってよかった車両だけに、感慨もひとしおです。


極私的なお話を申し上げることをお許しいただけるならば、昭和62(1987)年の4月に大学に入学し、平成元(1989)年3月に神田駿河台に本拠地を移すまで、管理人の学生生活には常に6000系がいました。新宿の居酒屋で行われた、新入生歓迎コンパへ向かう途中に乗ったのも、同級生の女の子と初めてデートするときに乗ったのも、朝まで飲み明かして帰宅するときに乗ったのも(当時定期を持っていたので、渋谷に行くには京王線経由の方が安かったのだ)、全て6000系でした。このころ5000系吊り掛け車の退役が始まり、5000系も徐々に優等列車の運用を失っていき各駅停車専従になっていきますが、当時の京王線の主役は、まぎれもなく6000系でした。


それが、平成4(1992)年に8000系が入って5000系を完全に淘汰した後は、6000系は各駅停車などの地味な運用に回されていきますが、それでも元気に活躍していきました。

廃車が始まったのは、9000系の投入が始まった時期です。さらに9030系が投入されて都営新宿線への直通運用から撤退するようになり、6000系の退潮傾向が鮮明になったように思います。5+3の分割特急用編成は平成16(2004)年に全廃され、都営新宿線直通運用も昨年全て9030系に明け渡し、残ったのは細々とした各駅停車運用くらいで、たまに準特急運用に入ればラッキーくらいになってしまいました。


それがいよいよ…。


悲しんでばかりいても仕方ないので、最後に極私的な言葉を。


初の20m4ドア車として登場した6000系。

京王の路面電車イメージを完全に払拭した6000系。

京王の電車として初めて都心に乗り入れた6000系。

304両の大家族を誇った6000系。

前パンを振りかざし、行楽特急「高尾号」「陣馬号」として駆けた6000系。


それがとうとう、終焉間近になってしまいました。

20m4ドアの大型車体、加えて1372mmという特殊軌間のため、転用先もなくそのまま廃車になってしまうのでしょう。

しかし、6000系の功績は永遠に残るのです。その功績を語り継いでいくことこそ、現在に生きる愛好家の務めでは。字になるととんでもなく生意気になってしまいますが、管理人はそのように思っています。