流石埜魚水の【特選映画】、★映画のMIKATA★映画をMITAKA・・・ -6ページ目

流石埜魚水の【特選映画】、★映画のMIKATA★映画をMITAKA・・・

都市生活者の心と言葉を掌にのせた小説、電脳化社会の記号とイルージョンを巡る映画、都市の孕むシンボルと深層を探るエッセイ、街の風景と季節の色を彩る短歌…。小説と映像とエッセイと短歌をブログに・・・掲載します。

新型コロナの感染拡大の渦中にいよいよゴールデンウイークに入りました。しかも東京・大阪などの大都市では、異常事態宣言下に入り、飲食店などに午後8時までの時短要請などの規制対策によって、とても解放感には浸れない禁足状態です。そりゃそうですよ、インドでの新型コロナウイルスの感染拡大は危機的な状況です。1日で 30 万人を超え、連日3000人以上が死亡、これまでの死亡数は21万8000人を超えました。世界で3番目の死者数で、 19世紀に猛威を振るったコレラに匹敵しそうです。こんな世界規模での感染蔓延であるので、国民の大多数は「No」を意思表示しているます。それでも、東京オリンピックの開催準備を虎視眈々としている日本政府はどうなっているのでしょうか・・・???3回目の異常事態宣言とあって、コロナへの恐怖感も緊張感も薄れてします。行楽地に人ごみはできる、余暇を楽しむ人々で街の往来は賑わっています・・・。こんなレジャー気分の連休では、新規感染者が増える筈ですー。ステイホームの連休に出来る手軽な娯楽は、やはり家でDVDの映画でも見ているほかはないでしょうーね。私もいつものように1週間1000円で5本の作品が借りられるレンタルショップ「ゲオ」で5本の映画を借りて、ゴールデンウィークはのんびり巣ごもりしていました。その中の1本を特選映画として選択することにしました。3日の憲法記念日も迎えたので、憲法についての映画にしようかなと迷いましたが、これぞという「憲法」映画が見つかれませんでした。国会では憲法改正の準備が進められています。で、最終的に、観たいと思いながら見逃してしまったドキュメンタリー『三島由紀夫vs東大全共闘』を特選映画に選びました・・・。三島由紀夫の割腹自殺から50年の歳月がたった現在です。彼が今の日本、依然自民党保守政権が続く日本政治をどう見るだろうかーナ・・・と、好奇心が湧きました。

 

借りた映画は、公開中に見逃した➀中島みゆきのヒット曲「糸」をモチーフにした作品でした。漣役の菅田将暉と葵役の小松菜奈が演じる淡い恋物語の『』(劇場公開日2020年8月21日、瀬々敬久監督、平野隆 原案、 林民夫脚本)に期待と興味が湧きました。でもね、これを映画館で上映しなくてはならなかったのかなーと、疑問が湧きました。私としては2時間のTVドラマで満足できる内容でした。監督には悪いが、今日見て明日もう忘れてもイイ余り見る価値のないB級映画でした。

 

同じく②写真家・浅田政志氏の写真集を原案に、4人家族の次男坊のプロ写真家・政志役を二宮和也がー、仲のいい兄・幸宏役に妻夫木聡が演じるホームドラマ風の『浅田家!』(劇場公開日 2020年10月2日、中野量太監督、 浅田政志原案、中野量太&菅野友恵 脚本)を観ました。この作品は、第44回日本アカデミー賞で黒木華が最優秀助演女優賞を受賞しました。どちらかと言うと後半は2011年3月11日に発生した東日本大震災の映画と言ってもいい位です。この震災時にかつて撮影した東北に住む家族のことが心配になって被災地に足を運ぶうちに、津波で流された写真を回収し汚れを落として持ち主に戻すボランティアに協力し、被災者の家族写真の撮影にのめりこんでいく・・・と言うストーリでした。でも、最優秀監督賞に若松節朗の『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』が受賞したので、東日本大震災の映画としてやや影が薄くなりました。むしろ私には、東日本大震災は映画にするとするならばドキュメンタリー映画でいい気がしました、しかも、原子力発電の危険を凝視する映像と、原子力発電は決して安心安全なエネルギー手段ではないーことを痛感する映像と、今もなお残る原子力発電の被害と損害とこの危機の責任をシビア―に追及・記録する科学的なドキュメンタリー映画でいい気がしました・・・!!!中野量太監督の作品は好きなのですが、彼には「写真文化」って「何だ?」というテーマを追求した映画を製作してほしいな・・・!!!よく観光地に行くと、バカ高いカメラをかざして、レンズを向けている素人カメラマンをたくさん見かけますか、「記念写真」って何なのかな・・・と時々考えてしまいます。観た観光地を映像に残すーことは後々の感動の追体験だけなのかな。奈良や京都の観光地を写真に残して何になるのかな?とも思います。その時のその場のその瞬間の「ジェノサイド」を世界と共有したいーという戦場写真は、一つの役割がありますーネ。

 

同じく見逃した作品は、③終末期の患者が次々と不審死を遂げる事件が、安楽死に手を貸す連続殺人犯ではないかと疑惑を抱いた二人の刑事が捜査を始めるストーリでした。犬養隼人役の綾野剛と、高千穂明日香役の北川景子が共演する『ドクター・デスの遺産/ BLACK FILE』(劇場公開日 2020年11月13日、深川栄洋監督、中山七里原作 、川崎いづみ脚本 )は、サスペンス仕立ての安楽死映画でした。この映画ブログでも以前に『終の棲家』周防正行監督)や『世界一キライなあなたに』(テア・シャーロック監督)をとりあげたことがありますが、けれども「安楽死」を既に合法化している海外諸国が有る現在では、日本は「安楽死」の問題には遅れているのではないのかな・・・。映画が敢えて問題視するには、こんなサスペンス風にするほかはなかったのかナ・・・、真面目に作品にしたら寧ろ滑稽な「時代錯誤」になってしまいまう・・と感じました。

 

あと2本の映画をどんな作品にしようかと迷ッタ末に«ジェンダー差別»をテーマにした映画を見たいと、検索エンジンで探したところ『82年生まれ、キム・ジョン』(劇場公開日 2020年10月9日、キム・ドヨン監督、原作チョ・ナムジュ)という韓国映画が抽出されました。韓国で100万部を超えたベストセラー本で、小説の映画化は、公開から2週間で観客数が270万人を超える韓国の世論を沸かせた作品です。一口で«ジェンダー差別»問題と言っても視点によって立場によって民族習慣によって位相が違うものですーネ。例えば、『パピチャ/未来へのランウェイ』(ムニア・メドゥール監督&脚本)では、イスラム社会で強制されている女性の頭部上半身を頭巾で覆う«ヒジャブ»の着用が«ジェンダー問題»になっています。特にアメリカなどでは女性の生理用品に税金をかけるのは男女差別だとー税金撤廃を求める声があがっています。この作品では韓国の現代女性・ジヨンを主人公にして、結婚を機に仕事を辞めたが、元の職場の上司であった女性社長から復職を勧められるが、夫は子育てに休職すると賛同してくれたがろ、彼の実家の母から育児と家事の放棄と非難される・・・。家庭に閉じ込められるジョンは悩んだ末に人格分裂の様な精神疾患に襲われる。韓国社会だけではない、古い習慣による男女の役割分担に押しつぶされるジョンの姿は、依然日本にも同じく根強く残っている。男社会である日本人と日本社会にも共有するジェンダー差別ですーネ。そもそも日本で«ジェンダー問題»が沸騰した話題に持ち上がったのは、東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの(JOC)臨時評議員会大会席上で、森喜朗元総理(83)が女性に対して「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」などと発言したことがきっかけでした。これが女性蔑視だと国内ばかりでなく海外からも非難を浴びまして、辞任を余儀なくされました。例えば1937年〈昭和12年生まれの石川県民の森喜朗という男にとって、家父長の習慣と男尊女子は当たり前のように残っていたと思います。土地の風俗と時代背景の中で育った家族の子供の人格形成は、喩え大学の政治学の教科書で勉強しても、根底は変化しないものです。だってさ、一時代昔の日本では女性が性の商品として売り買いされていたんだからーね。なかにし礼が亡くなった時に『長崎ぶらぶら節』(深町幸男監督)を観ましたが、主人公の長崎・丸山j芸者が吉永小百合だったので、これを女性の売買と見る人は少ないかもしれませんが、私は男女の«ジェンダー問題»の作品として見ました。芸妓とは言え、お金に縛られて男たちの慰めものになる芸者の歴史は女性奴隷に等しいですーネ。例えば今、職業差別はないのか・・・???例えば、男女の賃金格差と差別は当たり前のように企業内にまかり通っていますが、«同一労働同一賃金»は本当に男女平等に実行されるのだろうか・・・???日本の小説や映画に«ジェンダー問題»の作品が話題にならないのが、大変残念です・・・、いやもうあるよーと言う方は教えてください。

 

 

 

 

④もう一本は私の興味から1969年5月に東京大学駒場キャンパスで右翼的現代作家・三島由紀夫と東大全共闘との間に1000人の学生が詰めかける東大900番教室で討論会が行われました。その様子を記録したドキュメンタリーフィルム『三島由紀夫vs東大全共闘/ 50年目の真実』(劇場公開日 2020年3月20日、豊島圭介監督、企画プロデュース・平野隆、 プロデューサー・竹内明&刀根鉄太)を借りました。これも劇場で見ようと思いつつも見逃した映画でした。このドキュメントフィルムには、フィルム末にその場に姿を見せていた元東大全共闘の人たちや、元楯の会の人たちが当時を回想して証言していました。いずれの人たちも既に70歳を過ぎた老人たちでした。社会の一線を退いている人や、各々の分野で著述評論家や大学教授として活躍していた人も登場していました。が、最早現代日本に向かって「何か」をアピールものではなかったです。三島はその後、1970年(昭和45年)11月25日に、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自衛隊の憲法改正をアジテートして、自衛隊の存在を正当化させる決起を呼びかけました。その後に割腹自殺をしました。ある英字新聞に総監室のジュータンに転がっている三島の頭部の写真が掲載されていたのを、私は記憶しています。三島を介錯したのは楯の会メンバーの森田必勝のようです。彼は三島の後を追いました。またこの記録には1960年代に世界中に盛り上がった社会変革の熱気が感じられました。が、私には東大全共闘の学生の使う言葉がよく分からなかったです。哲学には強い私ですが、この議論にたびたび登場する言葉はサルトルの実存主義の文脈で語られる「言葉」なのかーナ、それとも現象学の誰かの哲学用語なのかな・・・?特に三島の前に立ち、幼い子供を抱きながら鋭く対論する前衛演劇のプロデューサ・芥正彦氏の、この場の議論の中の「言葉」もよく分かりませんでした。でもでも、あんなに「革命」や「天皇制」を口角泡を飛ばしながら熱く語る学生は、最早東大生にはいないだろうな・・・と、隔世の感を強く感じました。

 

果たして、三島由紀夫とは一体全体何なものなのだろうか・・・と大きな疑問を抱かせる記録映像でした。私も彼の小説は何冊か読んでいます。デモ日本文化の「美」に陶酔する単なるベストセラー作家ではないーです。私的軍隊のような集団『楯の会』を抱えていましたが、誇大妄想の右翼指導者ではないですーネ。しかも自衛隊の戦闘訓練などにも参加していますけれども、単純に天皇制万歳と言う国粋主義者ーではないですーネ。ボディービルで筋肉を常に鍛え、剣道で汗を流しています、けれども肉体美で自己表現する行動家ーといえるが、それだけではないデスネ。いろいろな表現があてはまる六面体の人格の持ち主です。でも映像と映画を見ている限りは突き止められそうもないな。やはり映画からものを考えることには限界がありそうです。

 

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