№128 「金閣寺」 三島由紀夫 | 流石奇屋~書評の間
2005年11月23日(水) 09時24分56秒

№128 「金閣寺」 三島由紀夫

テーマ:★読後感想:作家別【ま・や行】
三島 由紀夫
金閣寺

きちゃいました。
記念すべき「流石奇屋~書評の間」の名作本1冊目は、三島由紀夫氏の「金閣寺」。
(「名作本」の定義は、こちら
この小説を21世紀に読むということ自体に、そしてこの年齢になって読むということ自体に感慨深いものを感じました。

1950年7月2日、「国宝・金閣寺焼失。放火犯人は寺の青年僧」という衝撃のニュースが世人の耳目を驚かせた。この事件の陰に潜められた若い学僧の悩み---ハンディを背負った宿命の子の、生への消しがたい呪いと、それゆえに金閣の美の魔力に魂を奪われ、ついには幻想と心中にいたった悲劇・・・・・・。31歳の鬼才三島が全青春の決算として告白体の名文に綴った不朽の金字塔。<<文庫版裏表紙より>>

金閣寺の放火犯である青年の視点(一人称)で、「何故、金閣寺を放火するに至ったか」までを、崇高な文体・芸術的解釈で物語しています。
言ってみれば「狂人の狂人を形成にいたる心理描写」という陰鬱なものでありますが、あくまでも美しく、あまりにも切ない物語です。

あるコンプレックスに端を発し、世間と自分との距離感を痛切に感じます。
そして、信じるべき人物(それは母親や寺の老師)への減滅や、同世代の友人達や思いを寄せる女性達とのコミュニケーションを通じて、「破壊欲望」を自分の中に見出していきます。
美の象徴・世界の象徴であり、すべての呪いの元凶である「金閣寺」を放火するということで、自己の開放をはかろうとするわけです。

戦後間もないという時代の差はありながらも、「青年の苦悩」自体は、現代にも十分通用するでしょう。

そして、「金閣寺を焼失させる行為」にある、「人に潜む狂気性」とその「具体化」いうレベルにおいては、21世紀の現代のほうがよっぽど陰惨だなぁと切に思いました。
国宝・金閣寺を焼失させる行為自体はとてもセンセーショナルではありますが、一方で、現実社会で日夜起こる、思わず目をふさぎたくなる事件に麻痺されている我々にとっては、数ある事件の一つという印象でしかありません。

このあたりのギャップ感を読了後に感じ、ちょっとへこんだりしてしまいました。

・・・

文体は結構アリでした。
特に柏木との哲学的やりとりは、新鮮なものも感じました。
難しいこといっているんですけど、そういえば若い頃の私自身も「難しく話す」という行為が、自己存在の一つだったような気がして、恥ずかしくなったりもしちゃいました。

で、この手の小説をこの歳で読むってことの重要性を知りました。

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