※自殺に関する話です。
苦手な方は読まないで下さい🙇

****************

私は3人姉弟である。
末の弟Bは、17歳で自殺した。

中学生の時、酷いイジメにあって
学校へ行けなくなり、精神を病み
数年間 引きこもった末の自殺だった。

「弟Bが自殺した」
という知らせを受けた私はパニックになった。

何で?最後に会った時、
元気そうだったよね。
よく喋って、笑って。
なんかちょっと変なことも言ってたけど。
でも大検受けるって張り切ってたはず。

実家で暮らしていた大学生の弟Aは溜息をついた。

「いや、あの頃すげーヤバかったんだよ。
夜中に台所で変な音してさ、
見に行ったら包丁でアイツ自分の首を
ゴリゴリ斬ろうとしてて」

包丁で?自分の首を?

「俺が止めたし、そんなやり方失敗するに決まってたけど。
そのうち本当にやっちまうかもって思った」

「何で教えてくれなかったのよ!」

「知ってたら普通に話 出来たか?
もう家族の中で Bと普通に話出来るのは姉貴だけだったんだ。
…両親も俺も、疲れはててメチャクチャだったし、アイツ俺のこと」

弟Aはボロボロと涙をこぼした。

「アイツ…俺のこと憎んでた…」

「そんなわけないでしょ!あんなに仲良かったじゃない」

「引きこもる前だろ、そんなの。
死ぬ直前なんか、あいつ俺が咳しただけで襲いかかってきたんだぜ。

何で咳するんだ、嫌がらせか!
そんなに俺が嫌いなのか!とか訳わかんねーこと言ってさあ」

弟Aの話はにわかには信じられなかった。
Bはとても優しい子だったのだ。

「意味わかんねえよ、こっちは風邪で
苦しんでるのに咳しただけでアレだもん。アイツこそ俺のこと
嫌ってたんだよ。自己投影だろ」

ゴシゴシと涙を拭きながら弟Aが言った。

「俺、もう疲れちゃってさ。
試験前なのに夜中に救急車呼んで
病院に付き添ったり、
終電逃した友達 泊めてやったら
『二度と連れて来るな』
って鬼みたいな形相で言われたり。

そりゃ、兄貴が大学の友達泊めて
ワイワイしてたら嫌だろうけどさ。
でも外に追い出せって言うのかよ?

別に部屋から出て来て飲みに付き合えって言ってるわけじゃない、
部屋は離れてるし、Bはいつも通り引きこもってるだけなのに」

「……」

「アイツ、庭の木に火を付けたんだ」

「火を?嘘でしょ!?」

「ホントだよ。しゅろの樹がボワって燃え上がって、
俺とお袋が必死で火消しした。
見てみ。あの木、焦げてるから」

言われるまでもない。
門から玄関に向かう途中
『なんでこの木、真っ黒なんだろう?』
と思ったばかりだったのだ。
まさかBが火付けして焦げたなんて予想もしなかった。

********************

ゾッとした。
火事は七代先まで恨まれる、
火には気を付けなさいと私達姉弟は親に教えられて育ったのに
敢えて火をつけるなんて。

Bはそこまで家族を憎んでいたのか、
それとも精神を病んでいたせいなのか。

とにかくボヤで済んで良かった。
ご近所に燃え移ったり、死人が出たりしたら…どんなに謝っても償い切れない。

私が就職して独り暮らしを謳歌しているとき
我が家は地獄と化していたのだ。

******************

「あいつ、姉貴といるときは
元気そうに見せたかったんだろうな。
抗うつ剤 ガブ飲みしてさ、
別人みたいに張り切って普通に喋ってた。ビックリしたよ。
まだこんなエネルギーあったのかって」

「えっ…」

「姉貴が帰った後は
脱け殻みたいになってたけどな」


じゃあ私のせい?
私が帰ったから
疲れさせてしまった?


「違うよ。もう限界だったんだ。
俺は、アイツに死んで欲しいと思ってたよ。火をつけられてから
もう怖くて怖くて。

あと、近所の人が覗いてるとか
監視してるとか言い出してさ。
近所の人に危害加えたらどうしようって怖かった」

私はボーッと聴いていた。
一体、誰の話をしてるんだろう。
私はそんなBを知らない。
想像もつかない。

「いつ犯罪者の身内になるか分からねーんだ、勉強する気も失せたよ。

アイツは行動ひとつで俺の人生を滅茶滅茶に出来るんだぜ。
もう生きた心地がしなかったよ!」

途中から叫びに変わった。


「もう死んでくれ、って俺はずっと思ってた!
薬飲んでも、入院してもダメだった。
治らねーんだよ、あいつ
イジメられて 頭がぶっ壊れたんだ。

俺が死んでくれって思ったから、アイツは死んだんだよ。
元々そういう奴だったろ?
いつも人に気を遣って、遠慮して。

生きることも遠慮したんだ、アイツ。

俺が死ねって思ったから
察して死んだんだよ、
俺が殺したんだ!
俺が!!」

弟Aは号泣した。
吠えるような泣き声だった。
私は、ただ震えながら聴いていた。

Bが死んだことすら、
私はまだ受け入れられなかった。

********************

2ヶ月前、最後に会った時
Bが元気そうだったから私は学歴ロンダリングの話をしてみた。

中卒は大変だろうし、親が高学歴で
子供の学力にも拘るタイプなので
弟も自分の学歴を酷く気にしていた。

少しでも嫌そうだったら、すぐにやめようと思っていたが
予想外なほどBは食いついてきた。

Bは元々 努力家で成績が良かった。
しかも、まだ17歳。
学歴ロンダリングの方法は沢山ある。

大検を受け、
大学の夜間部(簡単に入れる)に入り
2年次終わりに試験を受けて
昼間部に転部する方法もあるし、
他大学に編入する方法もある。
※20年以上前の話なので現在は事情が違います。

弟Bが「やり直す」ための方法を
私なりに模索してきて、
最も適していると思えたのが
この「転部・編入」だったのだ。

「いいね。俺、W大学行きたいな。
憧れだったんだよね」

とBが嬉しそうに言ったので、
私も嬉しくなった。

W大か!カッコイイじゃん。

有難いことに、当時のW大学は
まさしく学歴ロンダリングにピッタリな条件が揃っていた。

「W大の社会科学部は入りやすいから
(当時は夜間で偏差値も低めでした。現在は違います)
まずは社会科学部に入学して
2年次の終わりに転部試験を受けて
好きな学部に転部するといいかも。

転部専門の予備校があるの。
2年間みっちり転部用の勉強すれば
中学、高校のブランクなんか
関係ないよ。全然別の新しい教科で
勝負するんだから」

「本当?すげえ!」

Bは目を輝かせた。

不登校になって3年。普通の入試で
W大に入るのはまず無理だ。

だが、夜間である社会科学部なら大丈夫だろう。※現在は違います)
更に夜間部から昼間部に転部する場合、必要な科目は簡単な英語、第二外国語、専門科目一つ、の3教科。

中高でのブランクは関係ない。
ドイツ語やフランス語なんて皆
大学に入ってから初めて学ぶのだ。

転部試験の強みは、不登校の人間でも
普通に学校に行っていた人と
同じスタート地点でフェアに勝負できることにある。

3年間のブランクが関係なければ
努力家で地頭のいいBには絶対に有利なはず。

もし転部に失敗したとしても
「W大学社会科学部卒業」
の肩書きはきちんと手に入るのだ。

Bは私の説明を熱心に聞き

「へー。俺でもW大に行ける可能性あるのか。道は開ける、って本当だね」

と、感心したように言い

「俺、大検の勉強始めるよ!
姉ちゃん、ありがとう」

Bのこんな笑顔を見たのは久しぶりだった。ちょっと涙が出そうになった。

私も全面的に協力するからね!
例の予備校、確か高円寺の
「中央ゼミナール」だったか。
一度、見学に行ってみよう。
いや、まずは大検が先か。


「ねえ、うまくいったらWペンクラブの人と仲良くなって
栗本薫のサイン貰ってきてよ」

「よっしゃ!任せとけ。
ただし正式名称は日本ペンクラブだとおもうぞw」

あの笑顔が演技だったとは思えない。
私は、Bにもやっと明るい未来が開けるのだと思った。
それなのに。

******************

そもそも、これ夢なんじゃないか?

だって、Bはあんなに普通だった。
弟Aの言ってるBと、
私と楽しく話をしたBが、どうしても一致しないのだ。


そうだ、
こんなことが現実のはずがない。
私の人生にこんなことが起こる筈がない。
私の弟が自殺するなんて。

こんなの、夢に決まってる。