はじめましてかに座


弊社は愛媛県四国中央市にある、紙製品製造メーカーの佐々木紙工株式会社といいます。


今回、新しくHPをリニューアルすることになりブログを始めることになりました。



商品の情報や、参加したイベント、会社で働く人たち・・・などなど、少しずつ紹介していけたらなと思っています!





まずは軽く弊社のある街、四国中央市を紹介したいと思いますキラキラ


工業

製紙 、紙加工業において日本屈指の生産量を誇り、紙製品の出荷額は全国一。 その他を含めた工業製造品出荷額 は約6,000億円余りと、高知県全体の工業製造品出荷額5,400億円を凌いでおり、四国 では西条市 に次ぎ第2位、全国では第101位となっている。 大王製紙ユニチャーム上場企業 をはじめ、複数の企業が本社や本部を置いている。また中堅の製紙メーカーも複数所在している。



・・・Wikipediaからの抜粋ですが、このあたりの工業はけっこうすごいんですね。

確かに街の景色も、海沿いに工場がひろがっていて煙突から煙がモクモクといった、THE工業地帯なんです。


「石を投げれば社長に当たる」

といわれるくらい、会社の規模は大小いろいろありますが、社長が多い地域でもあります。


働き口が多いせいなのか、みなさん働き者なのかわかりませんが、個人的な感覚では専業主婦の方なんかは少ないのではないのでしょうか!?


という、あまり職には困らない街ではあると思います。




そもそもなぜこのあたりに紙産業が広がったのでしょうか??



江戸時代には、物資の流通が盛んになり、街道を往来する人々も多くなってきました。

街道筋には、村でありながら町場をもつ在郷町と呼ばれる村があり、商業が盛んに行われていました。

郡内では、陣屋が置かれた川之江村や三島村のほか、上分村(西条藩領)があり、これらの在郷町では、有力な商人たちによって「村札」(藩の藩札に相当する)が発行され、近隣の村々でも通用していました。

また、川之江や三島には港があり、対岸の山陽地方や大阪などから物資を輸送しており、当時は陸上よりも船による海上輸送が主体となっていました。

宇摩の製紙業は、1750年頃、小川山村(金砂町)の中之川で始まったとされます。この村の小川利平が駿河半紙の製法を習得し、小川半紙と呼ぶ紙を漉くようになりました。これが次第に広まっていき、紙の販路拡大や製紙技術の革新により、今日の製紙産業の隆盛の基礎が築かれていきました。



こんな感じで四国中央市に紙産業が根づいていったのですね!



私も常々、なぜこのあたりは紙だらけなんだ??

思っていたのですが、今回調べてみて少しすっきりです虹



ということで、最初の記事は会社のことにはまったく触れず地域のことばかりになってしまいましたが、

次回は、先月参加してきたイベントについて書きたいと思いますクマ






AD