ポーランド負の遺産アウシュヴッツ収容所(オシフェンチム博物館)

 

また写真ぼやぼややけど。私が旅してきた中でも印象深く衝撃的だったアウシュビッツ収容で撮ってきた写真(フィルム時代)のを載せる~

オーストリアにいた時、私が突然アウシュビッツ収容所を見てみたいと言って、電車でごとごとゆられながら電車で夜もすごし、オーストリアからポーランドへ移動して、たどりついた

冬だったし暗かったしますます、どよ~ん。名前となんとなくだけは知ってた博物館に行ってみて写真やら資料を見て衝撃を受けてそれ以降ナチスの歴史やらの映画はよく見るようになった。

シンドラーのリストとかも長い映画であったがこれを見てからは見ておいてよかったって思ったよ

オシフェンチムにいったあと、食欲失せたわぁ・・・

 

アウシュビッツ収容所は第二次世界大戦中5年間にもおよびナチス・ドイツによって占領された国の国民に恐怖を与え続けた。

存在している不完全である資料の研究からアウシュビッツ収容所では約150万人が殺害されたとされている

 

 

博物館にあった写真の写真をスキャンやしボヤボヤやけど。。強烈。。。ぼやけてる写真の方がいいわぁ鮮明やときつすぎる・・・

死体焼いてるSSたち

死体もみんなカリカリやから人間なんてわかりにくい

囚人の1日の食事量は1300~700カロリーにすぎなかった、朝食として500ccのコーヒーとよばれた液体、昼食として1Lのほとんど水のような腐った野菜で作られたスープしかもらえなかった。夕食は300から350gの黒パン、3gのマーガリンと薬草の飲み物だった。

重労働と飢えによって身体は完全に衰弱した。囚人たちは栄養失調になり最後は死だった。

展示されている写真の中には23から35kgにまで痩せ飢えた女性囚人の写真もあった

 

 

囚人どうしで働かせる

もうみんな栄養不足でガリガリ状態で最終的には栄養失調や不衛生すぎる環境で感染症などにかかり死にいたる人も多いと。。

 

死体焼く場所だけど、こんなきれいに埋葬される囚人なんてそうそういないよ。。。

博物館でも見たし映画でもみたけどまとめ焼きかまとめて埋めてた。強烈すぎる。

 

SSたちは囚人死体の髪の毛そって集めていた、その髪の毛が山盛りてんこもりなのも博物館にあったよ。

髪の毛で布をつくってたみたいで、その布も展示されていたよ。。。

 

 

 

う~んなんの写真だろう、、知らんほうがいいのかも。。。

恐ろしい写真がいっぱい展示されていたよ。

 

怖い、書けない死の壁に近い棟にあった部屋だよ。

死の壁ってのも写真っとたが載せてない。。。

死の宣告を受けた囚人たちは死の壁で銃殺される前に服を脱がされてたよ。

 

案内書によると通常40、50の囚人が収容される部屋に200人の囚人が住まわされていた

レンガで作られた三段ベッドに藁とあと穴だらけの布団が支給されてたそうな。。。

きつきつやろうし、感染症おきたら大変ったろうなぁ。

ぼやぼや写真でごめん

写真の写真でさらにスキャンやから。

収容所いったらたくさんの囚人たちの写真が。。まだまともな時と思う

あとから見た囚人たちの写真は信じられないくらいやせ細っていたよ。

いったい何人が生き延びれたんだろう。。。

 

アウシュビッツ収容所の囚人たちは3方向から写真をとられ囚人番号の入れ墨をいれられてたそうだ

そんでもって支給された縦じまの衣類、生地が薄くて囚人を寒さから身を守ることができなかったそうだ。

私行ったとき、めちゃ寒かったよ~こんなパジャマみたいな服で生活なんて考えられない。。。

下着は何週間かごと、または何か月ごとに着替えさせられてもらえることができたらしいが囚人はそれを洗濯できることはできず、チフス、カイセンなどの伝染病が流行る原因ともなった

女性は丸刈りにされてる写真多かったよ。多くはユダヤ人やけど

チェコ、ユーゴスラビア、フランス、オーストリア、そしてドイツ人もいてたそうだ

あとポーランドの政治犯もここに送り付けられてたと。。。

 

ぼやぼやでわかりにくくてごめん

囚人たちが収容所に入る前にもっていた物品をssたちは集めて売ってたらしいよ

あらゆる物品すべて取り上げられてた囚人たち。。。

 

アウシュビッツ収容所開放後にはっけんされた被害者の展示品もたくさんあった

囚人たちのトランク。

もちろん金品など金になりそうなもんはSSが全部とってるよ。

 

チクロンB

アウシュビッツ収容所だけで1942年から1943年の間に2万キログラムのチクロンBが使用された

チクロンBってね毒ガスで、約1500人を殺すのに6~7kGが必要。

2万KGのチクロンB。。。恐ろしすぎる。

ガス室に入れられた囚人は15~20分の間に窒息して無くなる、、、SSは死体から金歯を抜いて、髪の毛が切られ、指輪、ピアスがとられ、、そして死体は焼却炉へ、、、

多すぎる時は外に積み上げられていたと。

ちなみにガス室に入るとき、囚人たちはシャワーを浴びさせるとSSに騙されていたため皆落ち着いているし、服も脱がされていた。天井には水が出たことのないシャワーが取り付けてあり、210平方メートル(約636坪)の部屋に約2000人が押し込まれてからチクロンBが投入された。

囚人の7割がガス室で殺害されたと資料には書いてある。

 

 

義足・義手なども金になるってことでssは囚人から取り上げて集めてたんだろうね

だからこうやって博物館にてんこ盛りでおいてあるんだろう。

 

ナチス、アウシュビッツ収容所の歴史もっともっと奥深い、私はほんのかじりしか紹介できていない。。

過去にはこんな悲惨な出来事もあったんだ、いまもどこかで内戦やテロなどおきてる

世界中すべてが平和になることいつかくるのかなぁ。。。人間は怖いよ、ここにいったらそう思った、、、人の命軽すぎる、、、ひどすぎる、私平和な環境にいるから考えられないけど、この時はSSにとっては当たり前のことだったんだろうし、麻痺ってやつかなぁ。いかん語りだしたら長くなるからやめとこ。。。

ちょっと重いブログでした。