もともと、鈍感で、エネルギーとは縁のなかった私。

科学至上主義のような堅物だった私。

そんな私は、医療系国家資格者として、結果が出る!ちゃんと科学に基づいている!と信じられた、オステオパシーを学ぶことに(今思うと投資額100万以上は、「科学という狭い呪縛」から抜け出す為だけの100万円だったな。こうまでして体感しないと「怪しいだけで信じられる訳ないじゃん」の私のままだったでしょう)

毎週土日にオステオパシーを学ぶ事1年、26歳だったかな。

講師から「施術者の感覚を磨く為」にグラウンディングを指導され、その場の生徒全員で実践。

まさかの私の胸骨部分に物凄く重い鉛が発生、鉛の周囲は物凄い痺れ、同時に物凄い力で体が後ろに引っ張られる。

、、、、何だこれは、戸惑う私に、
講師も「、、、何か憑いているのかも」という始末。

※後ろに引っ張られるのは、その部分からエネルギーが抜け出ているだけです。本来ならエネルギーが頭頂まで抜けるのが理想ですが、瞑想初心者によくある傾向だそうです※

私がエネルギーワーク(気功やヒーリングなど)を信じたキッカケは、オステオパシー。バイオダイナミックで呼吸がアホみたいに楽。というか何か強制的に肺〜鼻の通り道をバーンと通された感じ。肺〜鼻の通り道だけ「私じゃない誰か他人のモノ」のような。強制的に呼吸が出来る(謎の文章だが、本当にそんな表現がぴったりな感覚だった)

それで持って、科学だと思っていたオステオパシーの講師にグラウンディングまで指導され、自分にエネルギー的異変をガッツリ感じちゃって、

もう信じる以外ないよね。だって、現実に起こってるんだもん。

この鉛と痺れは、当時は、正に悪魔の結晶の様な印象だった。

当時は焦った、ちょっと怖かったし、何とか解決しなきゃ、消さなくては、って感じ。

正に「得体の知れないものに対する」恐怖のみ。

どの様な瞑想をしようと必ず現れる。

でも、普段は一切現れない、全くもって現れない。

そして、今年の1月に習得したレイキ。チャクラ活性法を行なうと、やはり鉛と痺れが発生する。

心理技術的にアプローチした方が良い点は「愛を示す・感謝を示す・自分の女神性に生きる」と直感。だけでなく、何か大いなる存在に促されている感覚がバリバリ・ビリビリ。。。

恥ずかしがり屋の私は、無視(おい

鉛と痺れの正体に気がつかなくては!
鉛と痺れのメッセージを受け取らなくては!

と、焦った。

「何のために?」とひたすら、「鉛と痺れ」の目的を自問自答し続ける日々。

そして、今、

あれ、、????

この、鉛と痺れ、ってさ。

「何のために?」と自問自答していたけどさ。

そういえば、なんか今までずっと、

「何のために?早く気づいて、消さなくちゃ!!」と、病気を辞めさせるコーチとしては、全くダメな間違いだらけの自問自答をしていた事に、感覚としてようやく気が付いた。

※頭では分かっていたのですよ、プロですから(笑)でも、頭が回らない程に、焦っていたのです※

「何のために?」ああ、そうか、私は、この鉛と痺れ、これはエネルギーであり、このエネルギーを使いこなす人間なのだ。

だから、私の中にこんなにハッキリ存在しているのだ。

そう気が付いた時に、正に悪魔の結晶だと思い込んでいた鉛と痺れが、悪魔ではなくなった。

多分、私は、この鉛と痺れのこのエネルギーの使い手なのだ、今はどう使って良いのか分かっていないけど、

多分、私がヒーラーとして成長するのに、物凄い貢献をしてくれるんじゃないかな、と思えた。

私は今、ヒーラーとして活動する気力がない。

自己ヒーリングを普及させる指導者として活動する気はあるが、ヒーラーとして私が他者を癒す気は無い。

自分を癒すために、自分専属のヒーラーをしている。

そして、自分を癒す事に興味のある人たちに、「自分専属ヒーラー」育成をする気は満々。

今まで「鉛と痺れ」を悪者扱いして、排除しようとして、ごめんね。

君はきっと、メッセージを伝える為だけにいるのではなく、実践的なエネルギーとしても存在しているんだよね。

目的に気が付いた時、メッセージを受け取った時、宝になる、その宝は多分、エネルギーとして地球に還元できる特殊なモノ。

何か大きな飛躍に繋がりそう、そう感じた深夜なのだ。