盾02 第54話 涙の王命 盾02

『何てお美しいのでしょう

着飾った姿は 王妃様の威厳に満ちています』

『お母様 新しい王妃は優しい方ね 罪人の私に礼服を…』

宮殿からの使者を迎えるため 廃妃ユン氏は

新王妃から贈られた礼服で着飾った

それはすべて ソン内官を通して 左議政(チャイジョン)ユン・ピルサンが

廃妃ユン氏を陥れるために仕組んだことだった

※左議政(チャイジョン):領議政の次にあたる正一品の官僚

間もなくやって来る使者は 自分を宮殿に呼ぶためのものに違いないと

そう思い込んでいる廃妃ユン氏は 複雑な思いにむせび泣く

『王様… 新しい王妃を迎えてから 私を呼ばれても遅すぎます

王様を奪われてまで 生きていたくありません…!』

どんな形でも そばにいられるだけで…

そう思っていたはずが やはり本心は違うのだ

嫉妬心と独占欲を どうしても消し去ることができないユン氏だった

その頃 大妃(テビ)殿では

今回の使者で 間違いなく廃妃が改心していることが

分かってもらえるはずだと 確信を持って言い切る成宗(ソンジョン)

私邸は 常に静まり返っているのだと

『私に黙って調べたのですか?』

『……』

『当然です 罪を悔いない者は 人間とはいえません』

もし 廃妃が改心していたら それなりに処遇する

そう言われて 成宗(ソンジョン)は 安堵の笑顔を見せる

新王妃を娶りながら 廃妃への未練はそのまま残っているようだ

どんな形であれ 我が子の久々の笑顔であった

ヤン尚宮が 廃妃ユン氏の私邸に到着した

監視役として 大妃(テビ)付きのチョン尚宮が同行している

『廃妃は聖旨(ソンジ)を受けなさい!』

ヤン尚宮の声に 廃妃ユン氏は歓喜の笑みを漏らす

もしや懿旨(ウィジ)を持ってきたのではないかと 不安だったのだ

※聖旨(ソンジ):王命の意

※懿旨(ウィジ):大王大妃・大妃・王妃の命令の意

この喜び方に ナム尚宮は 心苦しくうつむく

自分が支度を手伝った 豪華な身なりで外に出ればどうなるか…

廃妃ユン氏は 気づきもしないのである

『私が間違っていたわ 王様が側室を置くのは当然なのに

王様の愛が冷めるのが怖かったの』

宮殿に戻れる期待感で ユン氏は ふたたび謙虚さを取り戻す

外に出るようにというヤン尚宮の催促…!

いまだに『廃妃』と呼ぶ その無礼な呼び方を 口汚く罵る母親

外へ出てきた廃妃の姿を見て 唖然とするチョン尚宮

チョン尚宮だけが この企てを知らないのである

王妃然として 王室の様子を聞こうとする廃妃ユン氏

『挨拶はもう結構です!』

ヤン尚宮が 冷たく言い放つ

ユン氏は 威厳を保ちながら言い返す

『それでも 王室の安否を聞くのは 目上の者の道理よ』

『……』

廃されて庶民になった罪人が 自分を“目上の者”だと言い切った

呆れ果てるしかない不遜な態度である

『分かったわ 聖旨(ソンジ)を伝えて!』

どこまでも王妃の風格で 言ってみなさい!と居丈高に言うユン氏

チョン尚宮は うつむき 無言のままで ヤン尚宮の受け答えを聞く

『特別なお言葉はなく 暮らしぶりを見てくるよう命じられました』

我が耳を疑うユン氏

宮殿に呼ばれるという話ではないようだ

王妃からという包みが差し出され 中には財物が入っている

『持ち帰って』

『王妃様のお心遣いです』

『実家に幽閉された罪人には 楽に暮らす資格がないわ!』

ここでヤン尚宮が 厳しい表情で詰め寄る…!

『王妃様のお心遣いを拒まれたら…』

『もう帰って!!!』

ユン氏の我慢もここまでだった

下賜品の箱を投げつけ 逆上した表情で睨みつける

『私の暮らしぶりを 王様に伝えなさい!

王子が恋しくて 毎日 血の涙を流していると!!!

まだあるわ! 王子を奪うおつもりなら死なせてくれと!!!

私を生かしておいたら いつか宮殿に血の雨が降るから!

後で後悔しないよう 命を奪えと伝えなさい!!!

天は無常だわ 一体 私に何の罪があるというの?

夫を愛するのが罪なら 夫を捨てた女は褒美をもらえるの?!

王様… 死なせてください!

王様に会えないなら死んだ方がマシです!! あぁーーーーーっ!!!』

ヤン尚宮の使命は終わった

逆上して泣き叫ぶ廃妃ユン氏の姿を チョン尚宮に確認させたのだから

遅く訪れた梅雨が すべてを洗い流すような激しい雨を降らせた

そして 終わったはずの世祖(セジョ)の血の歴史が ここに再び始まった

改まらない廃妃の素行

謹慎する罪人の身で着飾り 使者に暴言を吐き 下賜品を突き返す…!

チョン尚宮は 見たままを報告するしかなかった

仁粋大妃(インステビ)は これでも決断しない王に激怒する

しかし 成宗(ソンジョン)は 認めるくらいなら王座を退くと言い放つ…!

『ハン殿はどうした 早くお呼びしろ!!!』

ハン・ミョンフェは 入宮を催促するハン・チヒョンを待たせ 考え込んでいる

立ち上がる夫を 妻が必死に引き止める

『宮殿で 娘が2人も死にました

もう王室に義理はありません!』

『これは運命なのだ…!』

私邸では 取り返しのつかない振る舞いだったと 母親が嘆いている

それくらいのことは 廃妃にも分かっている

重臣に向かって怒鳴っている大妃(テビ)の姿が目に浮かぶ

しかし ユン氏には確信があった

廃妃を自決させろという声に 王様だけは反対し かばってくれると…!

『王様に見捨てられたら?!

まだ間に合います 宮殿の前で許しを請いましょう!!!』

『……大妃(テビ)様が許してくれると思う? 覚悟はできているの

王様が死ねと言えば死ぬし 待てと言えば待つわ

死ぬのは怖くありません 王様に会えなくなるのが怖いのです』

痺れを切らした仁粋大妃(インステビ)が 大殿(テジョン)に向かう

『廃妃の罪を挙げましょうか?!』

『母上…』

『死罪にされて当然なのです!』

反論できず 泣き顔でうつむく成宗(ソンジョン)

仁粋大妃(インステビ)は 待機している重臣たちを睨みつける

『これは私心ですか?! 私が嫁を憎んでいるからだと?!!!』

領議政(ヨンイジョン)チョン・チャンソンは 言うべき言葉もない

左議政(チャイジョン)ユン・ピルサンが 震えながらも考えを述べる

※領議政(ヨンイジョン):国政を統べ全ての官吏を代表する官職


あの時の 廃妃の恨みの言葉が災いしているというピルサン

宮殿を出る時に 廃妃が 側室たちに暴言を吐いたという

王子がいつの日か 自分に代わって復讐してくれると…!

『左議政(チャイジョン)!なぜ前言を翻す!

都から追放すれば済むと言ったではないか!!!』

『王よ!!!』

激怒する仁粋大妃(インステビ)!

追い詰められた表情で 母親から視線を逸らす成宗(ソンジョン)

『王子の母親を廃した責任は 私が取ります

どんな罰も 甘んじて受けます

ですが 廃妃も罰するべきです!!!』

母親を罰するようなことをしてはならないと チョン・チャンソンが悲痛に叫ぶ

仁粋大妃(インステビ)は 我が子に向かって必死に訴える

『世祖(セジョ)が 苦労して立て直したこの国は

今や天下泰平の世を迎えようとしています

廃妃を生かしたまま 王子が後を継げば この国はどうなるでしょう

考えただけでもゾッとします!』

反論できないのだ

あまりに廃妃は罪深い

その情を以てしても かばうことが出来ない

『廃妃を見捨てなさい 王子は 私が立派に育てます

嫌なら… 王子から世継ぎの資格を奪うのです…!』

『母上!!!』

『王子から世継ぎの資格を奪えば 廃妃が何をしようと問題ありません!

それが一番です 騒ぐ必要などありませんでしたね』

驚愕する成宗(ソンジョン)

話しているうちにそういうことになったのか

あるいは意図的に導き出した結論なのか…

どちらにしても 成宗(ソンジョン)には受け入れ難いことであった

『都承旨(トスンジ)を呼べ!!!

これから… 廃妃に自決を命じる王命を下す…!!!!!』

※都承旨(トスンジ):王の秘書機関の長

退室した仁粋大妃(インステビ)の背中に 叫び声が突き刺さる

続いて むせび泣く声が…

仁粋大妃(インステビ)もまた 苦渋を滲ませ涙をこらえるのだった

同じ時 廃妃ユン氏は 眠れずに夜空の星を眺めている

希望を持とうと必死になる姿がいじらしく 母親は涙ぐむ

仁粋大妃(インステビ)は 貞顕(チョンヒョン)王妃を呼び

王子の母となるよう言い聞かせていた

『“産みの親より育ての親”というわ

王子は幼く 生母の顔がまだ分からない だから…』

『大妃(テビ)様!』

『黙って従って!

もしあなたが王子を産んでも 世継ぎと考えてはだめよ』

それ以上は抗わず 貞顕(チョンヒョン)王妃は 静かに頭を下げる

『悔しい? 自分の息子が王になれなくて』

『とんでもない そんなことは思ってもおりません』

そこへ 燕山(ヨンサン)君が呼ばれ 入ってくる

月山(ウォルサン)大君夫人パク氏は 『お母様』のそばへ…と促した

『どうしたの? お母様にご挨拶して!』

『……』

燕山(ヨンサン)君にとっては パク氏が母親代わりであった

どんなに幼くても 目の前の王妃は“見知らぬ人”である

そんな王子に 声を荒げる仁粋大妃(インステビ)…!

老齢な重臣でも震え上がるほどである

幼い燕山(ヨンサン)君は 恐怖に泣き出してしまう

貞顕(チョンヒョン)王妃は 自ら王子のそばに歩み寄り 優しく声をかけた

『泣かないで お母様の顔を忘れたの?』

我が子が恐怖に泣きじゃくっている同じ時

生母である廃妃ユン氏もまた 涙ぐんでいた

夜空に 流れ星を見て それが吉兆なのか あるいは凶兆なのか…

言い知れない不安に襲われるのであった

翌日

刑房承旨(ヒョンバンスンジ)イ・セジャが 浮かない表情で出仕する

役目とはいえ どうにも気が進まない

※刑房(ヒョンバン):刑罰や治安維持に関する業務を担当した下級役人

大王大妃(テワンテビ)殿では 仁粋大妃(インステビ)が

廃妃を自決させるべく 報告している

『長い人生の間に いろんなことがあったけれど…

世祖(セジョ)が癸酉靖難(ケユジョンナン)を起こした時は

私が鎧を着せて差し上げたの

※癸酉靖難(ケユジョンナン):首陽(スヤン)大君が政権を奪取した政変


お出かけになる世祖(セジョ)を見送りながら これでお別れだと思うと

胸が張り裂けるほど悲しかった

魯山君(ノサングン)もそうだわ 幼い甥を死なせたのよ

あの世で 文宗(ムンジョン)に合せる顔がないわ』

※魯山君(ノサングン):朝鮮第6代国王 文宗(ムンジョン)の長男

睿宗(イェジョン)の妻である仁恵(イネ)大妃が 涙ぐんでいる

『そればかりか 私は2人の息子にも先立たれた

遺された母親の悲しみが どれほど深かったか…

多くの人が死んでいったわ

多くの死を この目で見てきたの

そして今度は… 孫の嫁まで失うなんて』

感傷に満ちた 姑の言葉である

嫁に対抗し 廃妃を王妃にしたのは 誰あろう大王大妃(テワンテビ)である

しかし この姑の嘆きを聞かずしては 事を進められないのだ

『“因果応報”と よくいうけれど これで悲劇が終わるとは思えないわ』

何とも気の重いことである

仁粋大妃(インステビ)とて 何も感じないわけではない

しかしそれでも 国を思えば進むしかないのだ

大王大妃(テワンテビ)が息を引き取ったのは

それから8か月後の 成宗14年4月のことだった

多くの死を見送りながら 一時代を築いた生涯だった

成宗(ソンジョン)が 廃妃に自決の王命を出すまでに

仁粋大妃(インステビ)は 長い忍耐を強いられる

廃する時にも増して その決断には時間がかかった

刑房承旨(ヒョンバンスンジ)イ・セジャは

自分は廃妃の顔を知らないので 内官を同行させてほしいと願い出る

自決を命じる行列が 宮殿を出た頃

廃妃ユン氏は 母親に髪を梳かしつけてもらい 食事をとっていた

これが あの世へ行く前の最期の食事だと

ありったけの豪華な食事を用意した母親

ユン氏が 美味しそうに頬張っていると 外から大声が聞こえる

『罪人は 外に出て王命を受けよ!』

容赦ない武官に対し イ・セジャは もう最期なのだから急かすなという

しばらくして ユン氏は 落ち着いた表情で部屋から出てくる

『王命を奉じて ここにいらしたのね』

『さようです 王妃様』

廃妃を “王妃様”と呼んだセジャを 武官が睨みつける

王命を受ける前に ユン氏は 宮殿の方に向かって拝礼をした

何度こうして 拝礼をしただろう

これが 生きて王に捧げる 最期の拝礼となる

大殿(テジョン)の成宗(ソンジョン)は ひとりむせび泣き

仁粋大妃(インステビ)は じっとその時を待っている

交泰殿(キョテジョン)では 幼い燕山(ヨンサン)君が

優しい貞顕(チョンヒョン)王妃の膝の上で 笑顔を取り戻していた

※交泰殿(キョテジョン):王妃の寝殿

私邸の庭に敷かれたムシロに座り 廃妃ユン氏が王命を受ける

“廃妃ユン氏に 8月16日 死を与える”


『罪人ユン氏は 毒薬を受け取れ!』

セジャが王命を読み上げると 武官が乱暴に命令した

ユン氏は 逆上することなく 落ち着いた表情で話し出す

『一時は私も 王妃と呼ばれていたのよ

王命には従うから ゆっくり支度をさせて』

武官は 憮然として視線を逸らす

『王様がくださる薬を 私が拒むと思う?

喜んで受け取るわ』

泣き叫ぶ母親を叱り 自らも涙をこらえるユン氏

そして セジャに向かって 1つだけ願いがあるという

王子の母として 部屋の中で死なせてほしいと

武官は 強く反対する

庭のムシロの上で毒薬を飲み その死を確認するのが使者の役目である

しかしセジャは それを快諾した

冷静にしているようでも ユン氏は動揺していた

部屋に向かおうにも 腰が抜けたようになり 立つことが出来ない

ようやく立ち上がり 空を見上げるユン氏

生きて見上げる 最期の太陽である

部屋に入り なかなか毒薬を飲まないユン氏に対し

再び武官が声を荒げ セジャが なんて無情なのだと叱りつける…!

娘の死を 涙ながらに見届けようとする母親

『私が死んだら 太祖(テジョ)の陵墓の近くにお墓を作って

王様が 季節ごとに墓参りをされるはずだから

行列がよく見える小高い丘に埋めてほしいの

それなら 死んでも王様に 遠くからお会いできるから』

号泣する母親に 頼むから泣かないでと言うユン氏

汚名を着せられて死んでいく姿を しっかりと見届けるようにと言い渡す

そしていつか 王子が王になったら 母親の死にざまを伝えるようにと

死んでいく感傷の中で いつの間にか罪人の意識は失せていた

“汚名を着せられて死んでいく”と 明言するユン氏であった

改心とは程遠い 無念と恨みを抱え ユン氏は 自ら悲劇の主人公となる

全ての思いを吐き出し 一気に毒薬を飲み干すユン氏…!

そのもがき苦しむ声が 外にまで聞こえ

兄ユン・グとその妻がむせび泣く

母親は 断末魔の形相で血を吐く娘の体を支える!!!

『これを… 見せて… 母親の血だと…! 必ず…

この血を見せてやって!!! お母様…!』

『ソンイ… ソンイーーーッ!!!』


☝ <ランキング参加中>

よろしければクリックお願いします