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新型コロナ 百田尚樹氏はなぜ早くから警鐘を鳴らせたのか

4-3 記事抜粋

このエピソードを読者の皆さんはどうお感じになるでしょうか。

 昔の軍人は馬鹿だなと思う方もおられるでしょう。論理的思考が欠如していると思う方も

おられるかもしれません。しかし実際には現代でも同様の思考法は蔓延しています。

 たとえば日本国憲法の中には「緊急事態条項」ありません

緊急事態条項とは、戦争や大災害のように国家存亡の危機が発生した場合に、憲法や法律の平時通りの運用を一時的に停止するというものです。

 世界各国の中でこうした緊急事態に関する条項がない国など

ほとんどありません。平時には想定できないような事態が発生した場合に、

超法規的措置にあたれるという決まりが必要なのは、世界的に見ても

常識中の常識です。国家にとって最も重要なのは、国民の命や国土を

守ることであって、平時の法律を守ることではないからです。

 ところが前述のように、日本国憲法には緊急事態条項は存在しませんし、

それについての議論すらタブー視されている感があります。

その最大の理由は、緊急事態条項を設ければ、「戦前に戻ることになる」

「国家が国民を弾圧する」といった論理で反対する勢力が多くいるからです

彼らは、ひとたびそうした条項が出来れば、「法の拡大解釈を招き、結果として国家権力が危険なふるまいをする」といった類の懸念を示します。

 しかし根底には、「悪いことを想定したくない」という心理が働いているのではないかと私は考えています。つまり、外国がいきなり攻撃をしてくること、侵攻してきて占領することを

想定したくないのです

 つい最近も、そうした思考法の弊害が重大な局面で見られました。東日本大震災によって福島第一原発が深刻な事故に見舞われた時のことです

 あの時、事故処理のためのロボットは国内の原発にはありませんでした。

実は以前から、深刻な事故が起こった時に、それに対応できるように

ロボットを開発すべきだ、という声は現場から上がっていたのです

しかし、それは上層部で握りつぶされてしまい、開発は進みませんでした

これはなぜでしょうか。

 仮に電力会社が万が一の事故に備えてロボットを導入しようとすると、

「おたくは事故なんか起こらないと言ったじゃないか」

 という反対意見が飛び出すからです。

「確かにそうですが、万が一に備えるのはどうでしょう」

「いや、それはおかしいでしょう。事故は起きないというのなら、ロボットなど必要ないでしょう。ロボットを導入するということは、事故が起きる可能性があるということを、

電力会社は認めているということになる。矛盾しているじゃないですか」

 原発反対派や一部のメディアからこうした理屈で責められることを、

東電側も嫌がったのでしょう。だから「万が一」は無いことにして

事を進めてきました。それであの大惨事が起こりました。

 こういうことは、身近なところでも多く見られるのではないでしょうか。一般企業でも、「社運を賭けた新製品」が出るという時に、「これがコケた時の備えもしておきましょう」と言える社員はほとんどいないはずです。マイナス材料をあえて口にすることは、とても嫌われるからです。

 欧米では結婚に際しても、「離婚した際の財産分与を予め取り決めておきましょう」ということは決して珍しくないようです。しかしこれを日本でやろうとしたら、おそらく相当な変人扱いされるでしょう。

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 日常生活を送る上では、心配ばかりするのは健康に良くないだろう。

しかし、トップやリーダーは心配しすぎるくらいの姿勢が求められる。

表に出すかどうかは別として、最悪の事態に備えて何重もの対策をして欲しいと国民は考えているのではないか。

デイリー新潮編集部