札幌 女性のための合気道 ~スピリチュアル、気、引き寄せ、整体 -2ページ目
  • 04Sep
    • 殆どの親が陥る間違いとは?

      前回は、自分自身が一つになる事が大事で、そうでなければ、ストレスを抱えたり、人助けも出来なくなるという話。前回の記事はこちら。自分自身が一つになることの重要性親であれば、誰だって子供のためにと思うでしょう。しかし残念ながら子供のためにと思ってやることが、子供のためになるとは限らない。今までスポーツをやっている子供をみて来たりもしましたが、親が熱心である程、小学生の時点で、素質才能が親によって潰されている。努力をしさえすれば何でもいいと思っていて、我流の方法を子供に押し付けてしまったことで、間違った癖が付き、体もボロボロとなり、小学生であっても、既に将来性を失っているのです。筋肉がパンパンに張ったり、凝り固まったり、力んだ癖が付いたものを、変えるというのは、相当大変ですよ!一流のトレーナーについて、体を治さなければならないし、それには練習を休んだりもしなければならなかったり、またそれだけではなく、体の使い方を学んで、一からやり直さなければならない。体の使い方は、最近でこそ教える人も出て来ましたが、それでもまだ少ないし、本当の所が分かっている人、武道で言う極意のようなものを知っている人は少ない。その先生に出会い、教えて貰うことだって難しいのです。一からやり直すというのは、たとえば基礎工事もろくに行わず、我流で家を建てたとすれば、家が建ったと言うだけで、耐震強度などはガタガタです。それを本格的に直す場合、窓ガラス一枚変えるとか、またリフォームするとかのレベルではなく、一回建てた家を全て壊し、基礎工事からやり直さなければならない。体作りもそれと同じこと。ちなみに、努力は裏切らないと言いますが、殆どの人はたくさん練習しさえすれば、結果が付いてくると考えている。本当の意味は、そうじゃない。「もっと歴史を考えてみて!」と言いたいのですが、過去にプロになれなかった人は、練習量が足りなかったのでしょうか?もちろん足りていない選手も大勢いたでしょう。しかし、相当な練習を行った選手もいたんじゃないですか?それなのにプロにはなれなかった。じゃあ、それは何でなのか?と、考えなきゃいけないんです。努力は裏切らないというのは、努力した通りの結果になりますよということ。努力というのは、量だけでなく、質もある。間違った練習もあれば、正しい練習、質の高い練習と言うのがある。分かりやすく言えば、50年前の方法で努力しても、勝てないですよね?量の問題じゃない。結果は、努力の質と量によって決まるものなんです。それが分かっている人は、質の高い練習を求め、また随時修正する。しかし殆どの人は、自分の知っている努力、やりたい努力、我流の努力をする。タイガーウッズが、成功の方程式をこう言っている。上手くなるためには質の高い指導を受け、その教えに沿って自ら努力するしかない。成功への方程式はそれしかない。また武道の世界では、3年かけて良師を探せと言われている。普通はそんなことしないで、急いで何かしたくなるでしょ?しかし正しかったのならいいのだけど、間違った方法で努力した場合は、その所まで、また戻らなきゃならない。その分、他の人以上に時間がかかる。私もプロに育てて欲しいと依頼された場合、たとえ成績が良くても、我流の努力で変な癖が付き、体がボロボロになっているのであれば、運動も特にしていなく、ファミコンでもして過ごして来た子供の方が、ずっと教えやすいです。それは少し極端ですが、熱心でありさえすればいいものではなく、またそれが逆の結果を生むことも多いし、特にあれしろこれしろと言わずに育てられた子供の方が、才能を伸ばすことは出来ていなくても、潰されてはいない為、まだ将来性は残されている。こうしたことは、別にスポーツだけでなくても、勉強でもそうだし、子供に幸せになって欲しいとか、そういったものでも、全部同じことです。またそれが出来る、分かるためには、子供を何とかしようとする前に、自分がストレスを抱え込まず、ニュートラルな状態でいる必要がある。そうでなければ、子供に間違ったことを教えてしまうことになる。親自身が幸せでなければ、幸せになれない方法を、子供に教え込むことになりますからね。日本では自己犠牲的なことを教えられてきましたが、結果的に、形的に自己犠牲なことになったとしても、自分を自己犠牲にしては、実は何も上手く行かない。そうではなく、自分を大事にして、自分が好きなことを出来る様になるっていうのが、とても大事なんです。ではまた。

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  • 03Sep
    • 自分自身が一つになることの重要性

      前回は、可愛らしい女子高生の合気道動画の紹介と、合気道も色々あり、私が教えている合気道は、少し大人の合気道と言う話。前回の記事はこちら。可愛らしい女子高生の合気道と大人の合気道合気道というのは、相手と一つになることを目指すのですが、そのためにはどうするかというと、まず、自分自身が一つにならなきゃいけない相手を倒す、投げるためには、相手が喜んで倒れてくれる様に、相手のことを考えれないとダメなのですが、だからと言って、自分のことが疎かになっていては、それもダメなのです。しかし相手を投げよう投げようと、相手のことばかりに気が囚われ、自分のことが疎かになり、自分を見失ってしまう。このことはもちろん、合気道以外でも同じことです。自分自身が一つになるというのは、分かりやすく言えば、自分自身の軸を持つこと、また自分自身が一体何をしたいのかなど、自分のことをはっきり理解していることです。それがしっかりしている人程、ストレスもなく、何事も上手く行くし、そうでない人程、ストレスを抱えることになる。私は整体をやっていたり、スポーツを教えていたりなどしていることから、色んな人の相談に乗ったりもしますが、負のスパイラルに陥ってしまっている人程、自分が一体何をしたいのかが分かっていない為、そこから抜け出すことが出来ない。何でもいいですが、自分がこうしたいと思うことがあれば、こうしたいこうなりたいで、いいだけのことなんですが、ただそれだけのことを、何かと遠回りに、また言い訳がましい様な感じで、結局何をしたいのか、聞いてもはっきりしなかったりする。それでは、何かアドバイスをしたとしても、「でもこうだから」と、出来ない理由を並べることになり、アドバイスの意味は無くなる。またそういう人は、言っていることも、コロコロ変わったりもするでしょう。縁なき衆生は度し難し(えんなきしゅじょうはどしがたし)[意味]仏縁のない者は、すべてに慈悲を垂れる仏でも救えない。転じて、人の忠告を聞こうともしない者は救いようがない。と言いますが、自分がどうしたいのかが、分かっていないなら、アドバイスのしようがない。たとえば、「助けて下さい!」と言われれば、「どうしたの?」と聞くはずですが、その理由が分かれば、何かの手助けが出来るかもしれない。しかし、「どうしたの?」と聞いて、「私困っているんです」と言われても、一体何に困っているのか、こっちはどうしたらいいのかが、分からないでしょう。それと同じように、自分が何をしたいのかどうなりたいのかが、分かっていなければ、アドバイスのしようもないのです。もちろん、ある程度のことであれば、「こういうことなんじゃないの?」と言うことで、「そうなんです!」と、自分がどうしたかったのか気付くことが出来たりもする。しかし、そこまでの段階に至っていなければ、その人にとって、まだ時間が必要な段階であるため、他の人が何かをすることは出来ない。言語道断と言うのも、もともと仏教の言葉で、奥深い仏教の真理や究極の境地は、言葉では言い表せないという意味から来ていますが、悟りは教えて貰って、悟れるものではなく、ヒントを貰ったとしても、最終的には自分で悟らなければならないのと同じで、他人が何かする、何かして貰うのではなく、自分自身で気づく必要がある。馬を水辺に連れて行くことはできても水を飲ませることはできないのです(イギリスの諺)。逆に言えば、誰か困っている人がいて、その段階に来ていない人を、助けようとすることは、その人を助けることが出来ないだけでなく、自分自身もおかしなことになってしまいます。その判断は、少し難しい所ですが、同情的な助け方は、余計に相手を助けにくくし、自分自身も振り回されたり、無駄にストレスを抱えたり、その人に対して、不満を持つことになったりする。助けるにしても、自分というのを、ちゃんとしなきゃいけないんですね。今日は取り敢えずこの辺で。

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  • 02Sep
    • 可愛らしい女子高生の合気道と大人の合気道

      前回は、全て独立していると考える癖が身に付いているが全ては一つであり、逆に形は無限にあるという話。前回の記事はこちら。全ては一つであり、無限である今日は気分転換に、ネットで見つけた女子高生の合気道動画を載せてみます。合気道ってどんなの?っていう人は、動画を見ると、何となくの雰囲気が分かるかもしれません。大変可愛らしいですね。合気道と一口に言っても、空手などの武道と同じように、流派もあったり、また同じ流派であっても、先生の数だけ流派があるなどと言われたりもして、教え方なども全然違っていたりする。私がやっている合気道も、この動画の合気道のようではありますが、ちょっと違っていて、少し大人の合気道教えているのも、最近高校生の男の子たちが来たのはありますが、主には30代以上の方で、中高年と呼ばれる年齢にもなれば、若い人みたいに体が動かなかったりもするので、体に無理がかかるようなことはしない。また最近入った60代の男性は、一回稽古しただけで、随分体が変わったと言っていましたが、それは無理なことは行わないで、理に適った動きを目指して、楽に気持ちよく、また心も体も、健康になるよう目指しているからです。それと合気道の実践は、人生みたいなものなので、仕事なり育児なり、また困難があった時などに、役立つものになればいいという考えで行っている。暴漢に襲われることなど、普通に生活していれば、一生に一度あるかないかですが、人生の中で、問題や困難に出くわすことは、四六時中ある。その時に、合気道の考え方を当てはめることによって、何とか対処出来たりもしますが、学生が好きな合気道は、人生がどうのと言うより、体力的なエネルギーが有り余っているため、それを発散させるような合気道を求めている。若い人と大人とでは、体も考え方も違うし、また100人いれば100通りの考え方、100通りの合気道にもなる。合気道も一つだけど、無限なんです。合気道に限らず、自分の好きなこと合っているものをやるといいですよ。

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  • 01Sep
    • 全ては一つであり、無限である

      前回は、人それぞれ違うのだけど、和という考えを教えられてきたために、皆、自分と同じであると考えてしまうという話。前回の記事はこちら。違いを理解することで、全て上手くいく今回は、前回に引き続きもう少し、「一つであることと、それぞれ違うということ」について、話してみようと思います。整体や合気道を教えていてよく感じることですが、一つの技術、技を教えると、それは皆、独立しているものだと思い、独立して覚えようとする。しかしそうではなく、全て同じつまり本質は全て同じで、後は形が違うだけに過ぎないのです。私にとっては、全て同じであるというのは、当たり前のこととなっていますが、そういう感覚が、一般的に余りないのかもしれません。学校で教えられてきたことにしても、数学も、英語も、明治時代も、江戸時代も、全て独立していて、共通性、関連性は教わってこなかった。そのため無意識、また潜在意識に全てのものに、共通性、関連性はないと考え、独立して考える癖が身に付いてしまっている。「いやいや、全部一緒でしょ!」という人もいるとは思いますが、しかし本当の意味、深い意味でそれを理解している人は、その道のプロや専門家レベルの人。私が今まで教えてきた経験でも、余程優れている人でもなければ、何か新しいことを教えると、それに囚われ、基本が全て吹っ飛んでしまう。私が教える場合は、基本というものがあって、後はそれの応用にしか過ぎず、それを教えているだけですが、その基本を忘れてしまうのです。また基本というのも、一般の人が思っているものとは少し違い、「そんなの基本だって!」と言うのは、簡単だという意味で使われますが、しかし本当の基本は、基本こそが一番難しい。武道の世界では、「基本に始まり基本に終わる」と言われていて、基本が出来る、分かるというのなら、名人、達人レベルなんです。逆に言えば、基本が分からないからこそ、名人、達人になれない。また基本を理解できず、自己解釈になり、我流になる。そのため伝統なども、失われていくのです。スポーツでもそうですね。基本的なことが分かっていないので、プロになりたいと言っても、プロになれない。ついでに言えば、基本と少し違うかもしれませんが、腕たてとか、腹筋とか、背筋とか、私は10年くらい考えましたよ。それは、プロのアスリートだって分からないぐらいのことだから、普通の人にそうしたことが分かる訳ないです。そこまで一つのことについて、考えないですからね。だけど基本というのは、そんな感じなんです。全ては一つであり、全ては違うという話でしたが、一つのことを突き詰めていくと、全てのものに共通する本質が見えてくる。後は、映画だったり、仕事だったり、恋愛だったり、育児だったり、スポーツだったり、というように、無限の形がある。全て一つであり、全ては違うという言葉だけを見れば、矛盾しているようでもありますが、矛盾しているわけでもない。1+1+1+1+1+1+1+1=8?もちろん8もあるし、8が常識なんだけど、1を全て足しても、1という考もある。エジソンみたいな考え方ですけどね。また全てを足して1であるならば、その1は、0と言うことも出来る。日本人が考える「和」というのは、とても素晴らしい考えだと思っていますが、その和であることと、皆それぞれ違うことは矛盾しない。尊重してもいいものです。違っていたっていいし、というより、違っていて当たり前でしょ?当たり前なんだから、違うんですね。男と女も違うし、学校の勉強が得意な人、そうでない人、運動が得意な人、そうでない人、細かい作業が得意な人、そうでない人、掃除が好きな人、そうでない人、などなど、無限にあって、皆違うし、違うんだから、違っていていい。また自分も、普通だとか、皆と同じ必要もない。自分は自分。そんな風に考えられると、気持ちがフッと楽になることもあると思います。

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  • 31Aug
    • 違いを理解することで、全て上手くいく

      前回は、昔の日本人は、体の感覚感性に優れていて、体や気に関する言葉をよく使っていた話。前回の記事はこちら。昔の日本には、こんなに「気」があった前回、色んな人がいることによって、世の中バランスしている。と書きましたが、これはとても大事なことですね。私自身のことで言えば、「独特の雰囲気を持っている」とか、「普通の人とは少し違う」と、言われることもありますが、確かに多少、研究家気質、職人気質的な所があったり、教科書的なことよりも、常識とは真逆のことを考えたりするため、自分でも少し違うな、と思う所もある。指導者であるならば、常識にとらわれることなく、それを打ち破っていく必要がありますからね。しかし、そういう人が一人もいなければ、発展していかないし、また逆にそういう人ばかりでも、世の中は上手く回っていかなくない。聞いた話では、大阪の人は、「集合!」とやると、皆散り散りになるのだとか。本当ですかねそれが大阪だけだったら、「大阪って面白いね」で済みますが、もし日本中でそんな感じだったら、いつまでも、まとまらない。私は、プロを目指すアスリートに、皆がプロアスリートになったら、誰が審判やる?誰が球場を造る?誰が道路を作る?誰が観客になる?皆それぞれに、それぞれの役割があるといった話をしたりする。そうしたことを踏まえた上で、プロを目指す人は、ごくわずかな人間だけしか、たどりつけない世界を、人とは違う努力をして目指していき、またそうしたことを理解することによって、陰で自分を支えてくれる人たちが、こんなにも大勢いるんだということに気づき、それによって自然と感謝の気持ちが生まれ、またそれをパワーに変えていくことも出来る。人の道や役割はそれぞれで、一つじゃない。百人いれば、百通りの人生がある。またその人生は、「違いがある」というだけで、正しいとか間違っているとか、こっちの人の方が優れているとか、劣っているとかというのも、ないとも思っています。そうした違いがある一方で、日本では、「和」というものが大事にされてきましたが、それは皆一緒、皆一つであるという考えで、それに慣れ親しんでいます。だから日本人の場合は、飲み物を頼む時など、「それと同じもの!」という頼み方をよくする。皆と同じものが好きなんです。外国みたいに強く自己主張せず、協調性を重んじる。そうした民族性があり、皆一緒であることを無意識的に教えられてきて、それ自体はとてもいい考えではありますが、その反面、人それぞれ違うということを、理解しにくい所がある。十人十色という言葉はあっても、あくまでも頭で知っているレベルで、それ程教えられてはいなく、無意識レベルでは、皆一緒である考えの方が強い。それが原因で、相手を理解することが困難になっているのです。女性であれば、「うちの旦那は、全然話を聞いてくれない!」とか、「どうして男ってああなの!」みたいに思ったりもしますが、男と女が全く違う生き物であることを、理解していない所に、原因があったりするわけです。また親が子供にスポーツを教えている所を見かけることがありますが、その際、「あれじゃぁ~、その内泣くな」と思うと案の定泣いたりする。親にすれば、「なんでこんなことも出来ないんだ!」と思うのですが、子供は大人と違うこと、兄弟でも違うこと、教え方によっても違うことなどが、理解できていないのです。自分の考えが、全ての人にも当てはまると思っていて、それに当てはまらないものは、間違っているもの、例外みたいに考える。そうじゃなく、ただ違うんです。そんな子供であっても、私が教えれば、結果は全く変わる。何故なら、教え方が違うから一緒ではないのに一緒の気がしてしまい、だから差が付くのは、生まれ持った才能の違いなんだろうと考えるのです。自分の思い込みが強かったり、自分の考えを絶対的に思っていると、性格などの違いを認められなかったりして、それで相手が間違っていると考えてしまう。相手を責めてしまうというのも、もしかしたら相手の性格を認めることが、出来ていないからかもしれない。自分と違うことを許せないんですね。でも、もともと違うもんだと思えば、少し楽になったりもする。合気道にしても、体格、筋力、力の出し方、体の癖など、人それぞれ全く違うので、ワンパタンの技のかけ方では、通用しない。それぞれに合わせた、技のかけ方がいる。合気道筋など強くなり、パワーが増せば、そのパワーによって倒すことは出来ますが、それもパワーを押し付けているだけであって、本当の意味では、合気とは呼べないかもしれない。それぞれの性格や体に合わせた力の出し方、技のかけ方で行い、相手と一つになるのが合気道。また合気道は和の武道で、一つになることを目指していますが、一つになるためにも、相手を理解し、尊重すること、違いを理解することによって、一つになれる。これは合気道だけの話だけではなく、合気道以外の世界全てにも、同じことが言えるでしょう。ついでに、合気道を教えていると面白いのですけどね、途中までは力抜いているのだけど、最後に相手を倒せなかったら、つまり自分の思い通りにならなかったら、強引に力を入れて投げようとしたりする。合気道は相手のことを考えれないと、中々投げれない。これも商売でモノを売るでもなんでも同じですね。まぁ、色々と大変なものですが、焦らずゆっくり、楽しくやっていきましょう。

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  • 29Aug
    • 昔の日本には、こんなに「気」があった

      前回は、「気」はあり、気のエピソードと、気を合わすのが合気道で、合気があるという話。前回の記事はこちら。合気道と気の世界今は大学に行くことが当たり前のようになり、その分体以上に頭を使うようになったり、また科学的なことを重視するようになっている。そのため、かつて持っていた、体の感覚を失っている。昔の日本人は、大したものだなと思いますが、たとえば、「腹が立つ」と言っていましたが、腹が立つと、実際に胃が立ってくる。そういうことが、別に科学を知らなくても、体の感覚として分かっていたのですね。特に日本語は、体を使った慣用句やことわざが多い。そのことからも、身体感覚や感性豊かだったことが、想像出来ます。気の慣用句にしても、気が合う、気がある、気がいい、気が多い、気が大きい、気が置けない、気が重い、気が勝つ、気が利く、気が腐る、気が差す、気が知れない、気が進まない、気が済む、気がする、気が急く、気がそがれる、気が立つ、気が小さい、気が散る、気が尽きる、気が詰まる、気が遠くなる、気が咎める、気が無い、気が長い、気が抜ける、気が乗る、気が早い、気が張る、気が晴れる、気が引ける、気がふれる、気が減る、気が紛れる、気が回る、気が短い、気が向く、気が揉める、気が若い、気に掛かる、気に掛ける、気に食わない、気に障る、気の所為、気の病、気は心、気を入れる、気を失う、気を落とす、気を兼ねる、気を利かせる、気を砕く、気を遣う、気を尽くす、気を付け、気を取り直す、気を抜く、気を呑まれる、気を吐く、気を張る、気を引く、気を回す、気を持たせる、気を揉む、気を許す、気を良くするこれだけいっぱいあるんですよ知ってましたそれだけ日本人は、「気」というものを大事にしていたのですね。それで、「気なんていうものはない!」なんていう人が、もし「元気か?」みたいに気の言葉を使ったら、おいおい、気なんてものは無いのに、それはどういう意味なんだい?と聞いてみてください。しかし、誰だって気配の一つぐらい感じたことはあると思いますけどね。頭でっかちになると、科学が万能であると考え、学校でお勉強していないものは、存在しないことにしてしまう。ただ、きっとその人は、真面目なタイプなのでしょう。色んな人がいることによって、世の中バランスしている。皆さんも、気力を充実させ、元気いっぱい楽しく過ごして下さい。ではまた。

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  • 28Aug
    • 合気道と気の世界

      前回は、DA PUMPの「U.S.A」の元ネタと、創造することが大事で、人生も創造するためにあるという話。前回の記事はこちら。DA PUMP U.S.A原曲 イイネダンス元ネタはこれ合気道とは、「気」と名前が付いているぐらいで、「気などというものはあるのか?」など、色んな疑問がありました。今回は、「気」について書いてみようと思います。まず結論から言えば、「気」というのはある。私は整体もやっているので、気の存在は当たり前になっていますが、一般的には、まだ信じがたいものかもしれません。しかし、「気」が何かは分からなくても、大体の人に、気を使うことで、体の変化を感じて貰うことは出来る。気功のような感じで、体が勝手に動いたりするのです。しかしこうしたことは、決して特別なことではなく、特に女性であれば、男性より感覚が良かったりもするので、たとえば夜寝る前にお腹に手を暫く当てておくと、少なくても10人もいれば、3人ぐらいは、お腹がゴロゴロとなったりするはずです。また「手当」と言いますが、昔はそうしたように、実際に手を当てて治していました。どこか痛かったりする時に、自然と手を当てたりするでしょう。天才治療家だった野口晴哉氏が行っていた整体は、「野口整体」と言われていますが、野口整体も、「愉気(ゆき)」と呼ばれる気を使った手当で治していました。それともう少し身近な所で言うと、「雰囲気」とか、「気配」、「人気(にんき、ひとけ)」といったものも気のことだし、「空気読め」というのも気。で、合気道というのは、そうした気を鍛えていくのです。気は、潜在意識とも近いですね。そうしたことが少し分かると、何か危険なことがあったりすると、それを回避することが出来たりもします。私も何度か経験がありますが、事故や事件を不思議と回避したりしたというのも、無意識的に、何かを察知していて、それが気だったりもします。私なんかは、たとえば電気屋さんで、遠くから店員に狙われたりすると、その瞬間に分かったりもしますよ。それと一つ面白い話をすれば、住んでいたアパートの下の階に、障害を持っている子供が、住んでいたことがありました。ある日、ダン!ダン!みたいな音が聞こえ、「ドラムの音かな?」と思って耳を澄ませると、ダンッ!ダダダダン!ダンッ!ダダダダン!と、ボールでも落として遊んでるような音がする。「何か新しい遊びでも見つけたのかな?」と思いましたが、ちょっとうるさい。それで音のする方へ意識を向けると、ピタッと止んだのです。しかしちょっとすると、また音がして、意識を向けると不思議とまたピタッと止んだ。それが何度かありましたが、その都度止むのです。また数日後、知り合いが家に来ていた時に、その人に気の話をしていると、それ以来無かったのですが、たまたま下で同じような音が鳴って、「面白いの見せてやる」と言って、意識を向けると、またピタッと止んだ。ということがあったのです。非常に不思議というか、面白いですが、恐らく普通の人よりも、感覚が優れているんでしょうね。ちなみに、自閉症の子供など日によって色々変わりますが、その子がと言うより、それは親や、周りの人の心理状態を現していたりもする。だからもし自分の心が落ち着いている時などは、子供も落ち着いていたりするのです。親は子の鏡と言いますが、親子だけの関係ではなく、他人であっても、自分を映し出している鏡かもしれない。別々の存在の様でも、一つに合わさっているとも考えられるのです。それで合気道は、気を合わす「合気」というものを、色々勉強して行きますが、それも色んなことと、共通していて、色んな所に「合気」がある。それが自在に出来たら、人生の達人になれますね。※関連記事合気道は禊技 女性の心と体の疲れを取る

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  • 27Aug
    • DA PUMP U.S.A原曲 イイネダンス元ネタはこれ

      前回は、重要なことは、自分がどうなのか、どうしたいのか、どう感じているか、といったことだが、それ以外の所に、気が行っているという話。前回の記事はこちら。自分が一番大事の本当の意味今回は、気分を変えて、合気道とは全く関係ありませんが、以前紹介したDA PUMPの動画、「U.S.A」のちょっとした続き。C'mon,baby 合気道イイネダンスには元ネタがあるようで、興味のある方は見てみてください。「U.S.A.」は、イタリアのアーティスト、ジョー・イエローが1992年にリリースしたユーロビート曲のカバー。カバーする場合、歌唱力がある歌手のカバーで、残念な場合などありますが、DA PUMPの「U.S.A」は、コミカルに作られ、創造力がプラスされているのが、人気の一因でしょう。多少マニアックネタですが、ブルースリーの死後、ジャッキーチェンが、ブルースリーの真似をして映画を撮ってもヒットしなかった。そこで、最強の男を演じていたブルースリーとは全く違う、殴られれば痛がるなど、コミカルさ、人間らしさを出したキャラクターにし、それが功をそうして、スターに上り詰めたのです。またジャッキーは、非常にアイディアマンで、常にアイディアを考えだし、ストックしたりしています。カンフーの実力で言えば、あのクラスでは並の方ですが、イスや机、梯子、冷蔵庫など、様々なものを上手いことアクションに取り入れているのが、非常に独自性があり、面白い所ですね。壁のぼりとか。学校の教科書だけを覚える勉強は、想像力や想像力を失う。また知識を一つ入れると、感性が一つ失われるような所がある。私は教科書タイプではなく、常に常識を打ち破る事を考えてきました。教科書に書いてあることなどは、教科書を読めばいいだけのことですからね。子供には、特に想像力や創造力を養って欲しいし、特にこれからの時代は、AIが盛んになり、今までの職業は無くなり、常識が覆される時代になる。だからこそ、より感性的なことが重要になって来ますが、そもそも何でこの世に生まれて来たかと言えば、多少スピリチュアルっぽいかもしれませんが、創造するためなのです。もし創造しないとすれば、誰かが決めた生き方、シナリオに沿って生きていくことになり、自分の人生は生きていないということになる。まぁ、創造だとか、何だとか、何でもいいのですが、とにかく現在を本当の自分のため、最高の時間に使えたら素晴らしいですね。今回の話をまとめると、カ~モンベイビ~ あいきどう~どっちかの帯は 茶帯っ!!ではまた。

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  • 25Aug
    • 自分が一番大事の本当の意味

      前回はアメリカに留学した女子高生が、自分の国を知らないことを指摘され、ショックを受けた。また日本人の殆どは、日本のことを知らないという話。前回の記事はこちら。アメリカに留学した女子高生が、一番ショックを受けた事とは?今回はその続き。自分の国のことも知らない人は、よその国も愛せないまた知らないものは愛せないから、自分の国も愛していないとすれば、そこから考えると、自分のことをよく知らない人は、他の人のことも愛せないし、自分も愛することが出来ないということにもなる。ただ、こうしたことは、今までにも聞いたことはあったと思います。しかし聞いたことはあっても、それが実践できているかとか、本当の意味を理解しているのかは、別の問題で、本当の所は、よく分かっていない。たとえば合気道は禊技 女性の心と体の疲れを取るでも書きましたが、子供に何かあった時、自分のことではなく、子供を何とかしようと考える。そうではなく、自分のこととして考え、自分を変えることが根本的な治療に繋がると説明しました。(これは、ハワイの伝統的な問題解決法であるホ・オポノポノとも共通した考え方ですね。)そうしたことと同じように、どんなことでも、自分のことではなく、自分以外の他のものに気が行く癖が付いてしまっています。たとえば誰かがこうだからこうだとか、皆がキャラ弁作っているから、私も作らなきゃいけないとか、こうしなければならない、こうすべきだなど、そういったものは、全て自分以外の所に気がいっている。そうではなく、重要なことは、自分がどうなのか?自分がどうしたいのか?どう感じているか?なんです。それ以上でもそれ以外でもない。人生はそれに従うだけ。しかし、学校や親から、ああしろ、こうしろ、こうしなさい、何て言われて来たものだから、大人になるにつれ、すっかり自分と言うものを見失ってしまった。それも、見失うようにさせられた所がある。昔の学校のテストなどは、100点満点ではなく、70点満点だったり、85点満点だったり、問題もわずか2,3問しかなかったり、教科書を見て解答しても良かったり、答えが分からなければ、自分の持論を書いても点をくれるなど、自由を尊重する気風がありましたが、今は、一見自由のよう感じではあるものの、実は自由ではなく、全て形を決められている。そうすると、天才や常識破りの人、職人や専門家みたいに、平均的じゃない人にとっては、息苦しい。だけど本当は、多くの人がストレスを抱えていることから、皆そうなのでしょう。海外の文化に憧れを持ったり、好きだというのはいいと思います。何が好きかは、皆人それぞれ違い、そのことに対して、何がいいとか悪いと言うのはない。また日本のいいものが流出するのも、海外の人に日本の良さを知って貰え、好きになってくれ、最終的に巡り巡って、日本のためにもなる。ただちょっと遅くなりますけどね。しかしミーハー的に、日本のことを学ぶことなく、海外のものがいい、イケてると思うことは、誰かに操作されているものに従っているだけで、日本のことを知らないだけではなく、自分のことに対する関心も持てなくなる事に繋がり、他のものに気がいってしまう。そうすると、上手く行かなくなるのです。「いいえ、私はちゃんと自分のことを考えています!」という人もいると思いますが、自分のために、シャンプーはこれがいいとか、自分の肌にはこの化粧品がいいとか、そういう感じのことではなく、自分の無意識、潜在意識、本当の自分の気持ちを分かっているか、気づいているかということです。それが分かって、それに従った考え行動を取っているなら、本当に自分のことが分かっていて、その人は幸せ。しかしそうでないものは、何十年も日本に住んでいるのに、日本のことが全く知らない、分からないのと同じように、自分のことが分かっているようで、分かっていない。他人のことより、自分のことの方が難しかったりしますからね。整体で、親が私の所に子供を連れてきますが、整体でみている子供の場合で言えば、親よりも、私の方が子供のことを分かっていると感じています。そんなことを親に言えば、「そんな訳ない!」と思われると思います。確かに、昨日何食べたとか、修学旅行でどこに行ったとか、学校行事で何やったとか、そういうことは分からないから、そういう点では親の方が、私より分かっているでしょう。しかし、子供が普段どういったことを感じているのか、悩みを感じているのかといったことは、全くの他人であり、また初めて会ったにも関わらず、親より私の方が分かるのです。それは、自分に関することになると、思いが強くなり、それによって、かえって盲目となり、見えなくなりやすいからです。それと同じように、自分のことも中々分からない。何十年と付き合いがあるのに。たとえば、運動が余り得意じゃなかったら、自分は運動は出来ないんだ!と思っていますよね。それは過去の経験からそう思っているだけ、また思いたいだけで、真実は違う。プロの私が教えたら、どんなに運動が苦手だった人でも、上達してしまう。限界とは自分で作るものと言いますが、運動が上達する方法を今までの人生の中で教えて貰えなかっただけなんです。その存在が知らなかったから、自分は運動できないんだ!と思い、またこれ以上傷つきたくないから、運動が出来ないんだと、思い込もうとしたりする。そういった感じで、色んなことがあるのでしょう。新しい概念を取り入れる、消化するには多少の時間がかかるので、もしかしたら今回の説明だけでは、よく分からなかったり、もう少し詳しく説明して行く必要があるかもしれません。しかしそれが直ぐに分からなくても、あんまり、「こうしなきゃいけない」、「こうすべきだ」という考えが強すぎると、色々苦しくなりそうだということは、分かるんじゃないかと思います。それも、もし分からないとすれば、周りをよく観察すれば分かる。ストレスを抱えている人程、「何かしなきゃいけない」、と思っているし、そうでない人は、余りそんなことは考えない。自分のことが分かって、初めて相手のことも分かったり、子供のためになる事が出来たりするし、それが強い人が軸がぶれない人みたいになり、合気道に通じるものがある。これも合気道に関連させて説明すると、非常に面白いのですが、その話は、また後々していくことにしましょう。あっ!松浦武四郎展が、明日日曜日の26日まで、北海道博物館で行われています。北海道のことも、何一つ知らないものなので、時間のある方は、行ってみてもいいかもしれませんね。ではまた。

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  • 24Aug
    • アメリカに留学した女子高生が、一番ショックを受けた事とは?

      前回は、海外で男性相手にも合気道を指導する女性師範の動画の紹介と、日本の文化が失われ、それが幸せにも関係するという話。前回の記事はこちら。合気道をやっている女性はこんなに凄い今回は前回の続きです。今では合気道にしても、日本の文化にしても、日本以上に、海外の方が人気が高くなっていて、逆に日本では、アメリカなど、海外に憧れを持っていたりもする。それが絶対にダメなことではないのだけど、もしかしたらそうしたことによって、自分の幸せを手に出来なくなるかもしれないのです。ある女子高生が、アメリカに1年間留学した。アメリカで出来た友達たちは、皆日本に大変興味を持っていて、「日本は、いつできたの?」「誰が作ったの?」と質問して来た。しかし知らないと答えると、「どうして自分の国のことなのに知らないのか?」と、不思議そうな顔をされた。何故なら、皆建国の日も、建国の父も知っているから。そして、ホストマザーがこう質問して来た。「あなたは、アメリカに何をしにきたの?」それに対して、「アメリカのことや、世界のことを知りたくて」と答えると、あきれたような顔で、「あなたが知るべきことは、あなたの国のことでしょう。」「よその国のこと勉強してどうするの?」「自分の国のことも知らない人が、よその国を愛せるの?」「知らないものは愛せないでしょ?」「あなたは、自分の国愛していない人でしょ?」と、言われ、女子高生は相当なショックを受けたそうです。どうでしょうか。これって、女子高生だけの話じゃないですよね?皆さんは、自分の国のことをよく知っていますか?案外自分の国のことなのに、また何十年と住んでいるにも拘らず、実は何も知らなかったりする。しかし、日本人が日本のことを知らないことは仕方がないことなのです。何故なら、学校で教えないから。また親も知らないから、子供に教えられない。だって、日本の国の成り立ちを聞かれても、直ぐに答えられなくないですか?国連加盟国193か国の中で、自分の国の成り立ちを教えていない国は、実は日本だけなのです。統計を取ると、3%しか知らないのだとか。だから、日本人が知らないことは仕方がないこと。だけど、世界的に見れば、全く持っておかしな教育をしている。それが、日本なんです。どうしてこんなことが起こっているのかと言うと、戦後のGHQによる洗脳操作、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムが関係している。※参考記事合気道が武道だけのもの、闘いのようなものといった誤解ちなみに、Facebookも、大衆洗脳ツールと言われてますね。日本で愛国心的な話をすると、直ぐ右翼だと言われたりしますが、念のために言っておきますが、私は右翼や左翼世代ではないので、普通世代です。しかし日本と言う国を大事にしたい、愛したいというのが、右翼と言う定義であるなら、私は右翼になる。反対に、自分の国を愛していない人は、左翼海外では国旗とかよく掲げていますし、自分の国を皆愛していますから、そうすると、海外の国も右翼になる。まぁ、なんだかおかしな感じですが、こうしたことも、国を愛しているからだけではなく、色んなことが絡みあってますね。その話はともかく、自国の文化を知ることなく、他国の文化に憧れを持っていることが、もしかしたら自分の幸せに繋がっていないことが、何となく分かって貰えたと思いますが、それについて、もう少し深く掘り下げて考えてみたい。その続きは次回。

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  • 23Aug
    • 合気道をやっている女性はこんなに凄い

      前回は、ストレスによって顔は全く変わる。合気道の「合」は「愛」に通じ、投げると心と体の疲れが取れ、綺麗になるという話。前回の記事はこちら。合気道は禊技 女性の心と体の疲れを取る今日は、合気道をやっている女性で、「こんなに凄い人もいるよ」という紹介。またそれも海外の女性。10分程度の動画ですが、全部見る必要はないので、飛ばし飛ばしで、雰囲気だけでも見てみてください。男性を相手に凄いですよね?海外では、こんなに合気道に取り組んでいる人たちがいるんです。と言うより、柔道と同じように、今や日本では合気道は誰も知らないけど、海外では人気があり、海外の方が合気道人口は多い。これは柔道、合気道だけではなく、茶道でも、弓道でも、日本では取り組む人が減り、海外では人気となって、外国人の方が詳しくなっている。少し残念ですね。でも本当は、残念だけで済む話ではなく、もっと深く重要な問題にも関わってくる。それは当然、日本の文化が失われていく日本のいいものが海外に流出してしまうというのも、もちろんそうなのですが、幸せになれない可能性が高くなるのです。「えっ?何で?」「そんなの何か関係あるの?」と思うかもしれませんが、本質的なことは全てに通じるように、ちょっとしたことでも、深く関係していることもあるんですね。これについては、少し長くなりそうなので、次回に話そうかと思います。

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  • 22Aug
    • 合気道は禊技 女性の心と体の疲れを取る

      前回は、女性に合気道を教える様になったきっかけと、女性に合気道がいいと思うようになった話。前回の記事はこちら。なぜ今、女性に合気道なのか?今回はその続き。普通、格闘技や武道では、相手を倒すため、やっつけたりする目的で行う。しかし、合気道は相手を痛み付けて倒すのではなく、合気道の技は禊技(みそぎわざ)と言われていて、「愛」の精神を持って、心と体のストレス、穢れ、邪気を取り払うことを目的としている。合気道の合は愛に通じると言われているのです。私は、偏見かもしれませんが、女性には綺麗でいて欲しいと思っています。と言っても、化粧をしろとか、着飾れとか、顔かたちが大事ってんじゃなく、その人なりに輝いていて欲しいのです。私は整体をやっているのでよく分かるのですが、顔って同じ人でも、全く変わっちゃうんですね。ストレスがなく、自分のやりたいことを出来ている人は、顔かたちに関係なく、みんな綺麗で美しい。それがストレス溜まると、途端にブスいや、全然違う顔になる。またストレスが慢性化している人では、その顔が自分の顔だと思っているのですけど、違うんですね。大抵の人は、もっときれい。今のお母さんたちなんかは、本当だったら、もっときれいでしょうね。それで、私が施術をした後には、目が大きくなり、顔色がよくなり、またすっきりしていて、別人のように変わる。誰かと一緒に来た時などは、余りの変わりように、付添いの人が思わず笑っちゃうほどです。ついでに言えば、私の施術は、歪みや症状が取れるだけでなく、顔も美人になるのですが、更に痩せる!この間みた女性は、施術後に、「鏡見て下さい」と言って、鏡を見て貰うと、「これ痩せる鏡じゃないですよね?」と、言っていました。お腹がぺちゃんこになって、太腿など足が細くなっているのです。そういう施術を余り受けたことが無いでしょうから、もしかしたら余り信じられないかもしれませんが、エステとかのものとは、理論が違う。エステもいいと思いますが、それとは違うアプローチで、エステ以上に痩せて綺麗になる。また一回だけではないけど、施術を継続的に受けて、10キロ痩せたなんて言う女性もざらにいますね。別に運動させたとかはないですよ。それと面白いのが、三か月の整体スクールを行ったりもするのですが、その期間中に10キロ痩せた、と言う人も結構いる。整体を身に付けるには、技術の勉強以上に、まず生活全般を見直すことが大事と言っているので、真面目に宿題やら何やら色々取り組んでくれた人は、痩せていくのです。でも本当は、痩せて当たり前。だけど、当たり前のことが出来ないから痩せない。基本こそが最も大事で、難しいですからね。それで、スクールで痩せた人には、「整体の勉強をしつつ、健康になり、痩せて、ライザップ分の料金も得したね」と、言ってます。女性には綺麗でいて欲しいという話でしたが、別に私の偏見というだけではなく、女性自身も皆、綺麗でありたいと思うでしょうし、子供なんかも、お母さんには綺麗でいて欲しいと思うでしょう。その綺麗というのは、モデルとか女優さんのように綺麗だというのではなく、分かりやすく言えば、元気なお母さんでいて欲しいということ。お母さんがストレス抱えていた、元気が無かった、怒っている、不貞腐れているなんて言うんだったら、子供は決して喜ばない。それどころか、子供がそのストレスの影響を受けてしまう。これもついでに言いますけど、私の所に病気の子供、どこかが痛い子供、スポーツ障害の子供を親が連れてきて、「子供を治して下さい」と言われますが、その根本の原因の殆どは、親から受けるストレスで、症状はそれを表現しているに過ぎないのです。だから親が変われば、子供を全く触らなくても、治ったりもする。親と子は鏡というでしょ!?本当にそうですよ。それが分かっていれば、子供が何かあった時、子供を何とかしようとするのではなく、まず自分自身が、最近ストレスなど抱えてはいなかったか?子供に自分の価値観を押し付けていなかったか?子供の意思を無視していなかったか?そういったことを問い正す必要がある。ただ、念のために言っておくと、自分を責め過ぎても意味ないです。もし責め過ぎるタイプでしたら、何事もリラックスするよう心掛け、また「これもありかな」みたいな感じで、もっと気楽に考える様にしてみてください。話を戻し、そうしたことがあって、私は女性に綺麗でいて欲しいと思っている訳ですが、今の時代だから、女性もストレスを抱えていたり、悩みを抱えていたりする。しかしそれを、合気道の愛でもある禊ぎ技で投げてあげると、心と体のストレスが取れ、心も体も元気になったりする。そして、稽古した後には、一日の疲れが取れ、清々しい気持ち、元気で明るい笑顔になってしまうですね。それで、皆美人になる!美人が増えれば、女性自身嬉しいし、輝くし、子供も嬉しいし、男も嬉しいしで、皆ハッピー、ウィンウィンもしかしたら、今まで色々と苦労した人もいるかもしれませんが、それも変わるものですよ。ただ学校とかでは教えてくれなかったので、今までのやり方や考え方を、変えなければ変わらない。もしそれが、「分からない!」というのなら、一緒に合気道でもやりましょう。焦ることなく、少しずつ地道な取り組みを続けて行けば、細胞が入れ替わるのと同じように、必ず変わる。また合気道でなくても、今までとは違う、思考パタンと行動パタンを手に入れれば、当たり前ですけど、それに伴い、必ず結果が変わるのです。もし通うのが大変でしたら、これからも少しずつヒントのようなものを載せていきますので、参考にしてみてください。ではまた。

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  • 21Aug
    • なぜ今、女性に合気道なのか?

      前回は、合気道は自然と一体化することを目指し、今の文明社会は自然と離れているため、時には自然と触れ合うこともいいという話。前回の記事はこちら。合気道と宇宙と自然体合気道は一般に、武道や闘いのイメージがあるように、私自身も、元々は同じように思っていました。それが、次第に、女性に合気道はいいなと思うようになっていったのです。私が合気道を教える様になったきっかけは、女性数名から、「合気道を習いたい!」と言われたことから。そのため、元々一緒に合気道をやっていた男性はいたものの、女性の方が多かった。また折角教えるのだから、女性にも合気道の面白さを知って欲しいし、面白さが分かって貰うためにも、ある程度続けて貰う必要がある。それには、「痛い」とか、「厳しい」とか、「激しい」とか、「鍛える」とか、「強くなる」とか、武道的要素を全面的に押し出したりせず、今まで何も運動して来なかったような女性でも、出来るような稽古内容で、稽古するようになっていった。また普通にやっていると、女性より男性が増えて来るので、そうすると、次第に男性向けの稽古になっていき、折角始めた女性がやりにくくなったりもする。男性が来るにしても、ある程度の所までは、女性向けな感じでやる必要があるので、女性でも出来る合気道初心者向けの合気道といったことを打ち出すと、当たり前なのだけど、新しく来る人も男性より、女性の方が多かった。そんなこともあって、女性に合気道を教える機会が、増えて行ったのです。またそれだけでなく、実際に女性に合気道を教えていると、私自身も、女性に合気道はいいんじゃないか?と思うようになっていった。一杯あって、説明しきれませんが、まず一つは、皆楽しそうにやっていること 武道のイメージは、根性の様に、必死でやるみたいな感じですが、そうしたやり方でやっているのではないし、それでいて、しっかりやる所はきっちりやる。そうすると皆楽しそうなんですね。むしろ、私の方が、「一体どういう所が面白いのかな?」と、思うぐらいです。態々遠くから習いに来てくれたりもしますからね。ヨガやピラティスも、面白く楽しいと思いますが、少し違う面白さなのかもしれません。特にヨガやピラティスと、合気道が違うのは、一人で黙々とではなく、ペアで一緒に体を動かしたりする。もちろんヨガやピラティスも、皆と行う達成感や、笑いヨガなど色々あると思います。後は私に投げられると、「不思議ぃ~」と、ちょっとした不思議体験だったり、ちょっとしたアトラクション気分を味わえたりするのも面白いのかもしれない。

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  • 19Aug
    • 合気道と宇宙と自然体

      前回は、護身術教室などで教えられる護身術は、シンプルなものでないと、実際には使えないという話。前回の記事はこちら。合気道と本物の護身術と使えない護身術合気道を創った植芝盛平(うえしばもりへい)は、合気道の悟りを開いて、我即宇宙なりと言っていました。つまり合気道で目指す所は、悟りなんです。だから、本当は合気道でも、仏教でも、キリスト教でも、ヨガでも、他のものでも、入口が違うだけで、目指す所は皆同じ。我即宇宙というのは、分かりやすく言えば、何かと言うと、自然と完全に一体化している状態で、それから考えれば、悟りを開くのも、合気道を極めるのも、究極的な自然体を目指すと言うことになる。しかし、今のような文明社会では、自然体とはつい遠ざかってしまいやすいでしょう。食べ過ぎたり、ストレスを抱えたり、運動不足になったり、パソコンや電磁波、食品添加物、アルコール、薬物、ガソリン、殺虫剤、農薬、ダイオキシン、放射能、公害物質といったことから、アスファルトやコンクリート、プラスチック、手作りでぬくもりがあるものではなく、機械による大量生産して作られたものに溢れ、自然からは遠ざかっています。もちろん文明と付き合っていくことが、必ずしも悪いことではないので、絶対に毛嫌いしたりする必要もありませんが、ただそれが行き過ぎたりすると、ストレスを抱えたり、そのサインとして、病気になったりする。逆に自然感覚や自然体があれば、ストレスも少なく、病気にもなりにくかったりする。育児で赤ん坊や子供のことが分からなかったり、上手く行かなかったりするのも、自然感覚を失っていていることが、一つの原因。何事も度が過ぎれば、おかしくなったりするように、今の時代は文明的、人工的なものに偏り過ぎる傾向にあるため、自然感覚や自然体に近づけるための遊びや訓練、トレーニング、勉強をある程度行うことは、いい事だと思います。そしてその一つに、合気道がある。また合気道を極める為にも、自然を学び、自然に近づかなければならない。昨日は合気道の仲間と、年一回行うバーベキューを行いました。去年から行って、まだ2回目なんですけどね。その前は、「バーベキューでもやりたい」と言っていたのですけど、仕事で忙しく、時間がないためやらなかった。だけど、やりたいと言っているだけでは、いつまでも実現しなくなるので、去年やると決めて、やることにしたのです。それでやってみたら、結構良くて、今年も行った。良かったというのは、皆と共同作業が出来たり、コミュニケーションを取れた、楽しかった、というのはもちろんそうですが、澄んだ山の空気を吸い、真っ暗闇の中で過ごしたことが、自然感覚を呼び戻すのに、とてもよかったのです。やはり、街中で過ごしてばかりいると、体の感覚が鈍る。アウトドア好きな人、普段から山や川、海など、自然と触れ合っている人と、都会で生活している人とでは、体の感覚は全然違うでしょう。何かあっても困るので、余りお勧めとも言えませんが、人が余りいないような真っ暗闇の中で、バーベキューをすると言うのも、楽しみながら、自然感覚を呼び戻すので、たまにやってみるのも、いいかもしれない。

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  • 18Aug
    • 合気道と本物の護身術と使えない護身術

      前回は、合気道は手首を掴まれた時、掴まれたのではなく、掴ませたと発想を変える。そうしたことが、ピンチをチャンスに変える発想法という話。前回の記事はこちら。合気道に学ぶ逆転発想法合気道というと、護身術的なイメージを持たれていたりもします。また護身術に興味があって、合気道を始める人もいると思います。今は少し物騒な世界でもあるので、護身術を覚えたい人や、護身術の色んなセミナーがあったりもしますね。合気道が護身術にいいのか、合気道が護身術として最も効果的なのか、といったことは、まずおいておいて、少し護身術について話したいと思います。まずカルチャー教室だったり、護身術に関するセミナーや講習会など、色んなものがありますが、そういったものは、まず使えない!と、考えてもらっていい。それが通用するのは、妄想の世界だけなんです。これは、命の危険も関係し、皆さんに、もし万が一のことがあっては困るので、はっきりと言っておきますね。護身術教室で教えているようなものは、「使える」、「出来る」と、錯覚を起こしているだけで、まず通用しないよ。たとえば護身術というと、テレビまたは、護身術教室でも行うかもしれませんが、手首を掴まれた時の対処法を、よくやりますよね?あれまるで意味ないです。よく考えてみて下さい。手首を外せたからと言って、何だというんですか?本当に逃げれますか?護身術教室で相手してくれる暴漢は、外しやすいように持ってくれ、また外されても大人しくしてくれるとおっても優しく親切な暴漢。ジェントル中のジェントル!!しかし、そういう暴漢は少ない。むしろ普通の人ではなく、精神がおかしいような人だったりする訳です。そうしたことを考えなければならないし、そもそも、手首を持って外されたとすれば、もう一回掴むんじゃないですかね?また次は外されないようにと、もっと強い力で掴んできたり、両手で掴んできたり、体を抱き抱えて押さえつけようとするんじゃないですか?抵抗されたら、相手は興奮するものです。手首を外せたら、そのまま逃げられるなんて言うのは、自分の願望にしか過ぎず、相手の立場になって考えていないんです。暴漢の立場になって考えるというのも、少し変な話かもしれませんが、ビジネスでも、恋愛でもそうであるように、なんでもそうした逆の発想がいる。何か思いついて、「これはきっと売れるぞ!」と考えても、自分がそう思っただけで、他の人も、そう思うとは限らないですからね。もちろん上手くいけば、逃げられることもあると思います。しかし、100%ではないことは、知っておかなければならないそれと、総合格闘技や武道、スポーツなどで体を鍛えてきたのではなく、ごく普通の一般女性が、一回の護身術教室を受けただけで、上手いこと手首を外せるとも限らない。当身でもすれば別ですが、私が手首を持ったら、まず手首すら外せないです。今まで護身術習ってきたという女性に、「へぇ~、やってみて」というと、まず外されたことないですね。手首外し以外にも、色々面白いことを習ってきて、やってもらうのですが、教室では出来たことが、全く通用しない。むしろ一人で自滅するみたいに、押し潰されたりもする。これは半分は遊びですが、テレビの護身術や、一般的な護身術教室で行う護身術が、「何かあった時に使える」なんて思うことが危険であることを知って欲しいのです。もちろん、私が対処法、返し技的なことを知っているからできる、というのもありますが、私より体が大柄な人は沢山いるので、そうすると、その人たちは体重、筋力があるので、同じようなことなんです。詳しい護身術については、セミナーで教えるぐらいになるので、文章では簡単に説明しきれませんが、まず一つヒントを言えば、何か小難しいようなもの、頭を使って覚えるようなものは、まず実際には通用しないと思って貰っていいです。なるべく、シンプルでなければならないそうじゃなかったら、まず、すぐ忘れますからね。またとっさに出てこない。なので、武道や格闘技をやっている人が、YouTubeなんかに、こう来たらこうするみたいな護身術をアップしていますが、ああいうのは使えないし、実際に使ったこともないようなことを教えていたりもする。ああいう、かっこいいもの、複雑なもの、頭を使って覚えるものを、やってみたい、習いたいのかもしれませんが、やってみる、習ってみる分にはいいですが、一回習っただけでは、まず通用しないので、それは、分けて考えて下さい。本当の護身術は、相手が普通の人ではないという想定と、女性のように、筋力がない、体格に劣っているという想定がいる。強い人が教える護身術も、強いから出来るのであって、弱い人を想定しきれていなく、女性の護身術にならなかったりもします。日本は、物騒な所はあっても、まだ実際に襲われる可能性だけで言えば低いので、実際には使えなくても、「使える」、「覚えた」、「出来る」と思っていられるだけなんです。こうした説明だけでも、今までの護身術の固定観念が、少し取れたのではないかと思いますが、護身術もちょっと難しいし、知られている護身術は全然違うんですね。これが海外だと全然違っていて、幼児誘拐なんかも、結構あって、護身術を幼稚園児に教えたりしている。ごく身近な問題となっているために、使えないものは教えられないのです。もちろんその場合、難しいことは教えられないし、幼稚園児でも使える護身術を教える。しかし幼稚園児でも使える護身術は、大人でも有効で、何かあった時は、体が硬直し、頭がパニックになるため、幼稚園児ぐらいにしか、脳が働かなくなるのです。だからそういった、シンプルなものでなければ、本当に役に立つ護身術にはならない。ちょっと、書ききれないので、またその内、書こうかとも思いますが、私の護身術のセミナーは、結構面白いですよ。普通のものとは、発想が全然違いますからね。またその説明は、理に適っているので、皆、「なるほど、そうだよね」となる。通り魔に出くわしたときの逃げ方とか。逃げた方が相手にはよく見えるという理由ってわかる?とりあえず、今回はこの辺で。

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  • 17Aug
    • 合気道に学ぶ逆転発想法

      前回は、物事は柔軟に考え、いいものは取り入れていくべきで、柔らかく、発想を切り替えたりすることによって、上手いやり方、進むべき道が見えたりするという話。前回の記事はこちら。合気道に学ぶ柔軟的発想法今回は、前回に関連していますが、逆に考える、逆転発想法について。上手く行っているのなら、そのままでいい訳ですが、何か問題や困難に出くわした時、何らかの対処をしなければならない。もちろん「無視をする」とか、「無かった事にする」ことも出来るけど、それでは当然問題を先送りにしているだけに過ぎず、解決にはなっていない。解決するためには、どうしたらいいかを考え、その解決方法を見つけ、それに取り組む。しかしそれが難しい訳です。それが出来るためには、気づき、ひらめき、といったものが必要で、その一つに、逆転の発想がいる。それで合気道というのは、面白いなと思いますが、たとえば誰かに片方の手首を掴まれたとして、そうしたら、どう思いますか?「どう?って言われても、掴まれたんじゃないの?」と、急に言われても、よく分からないかもしれませんが、怖そうな人に手首を掴まれたりしたら、何かされるかもしれないと、怖いですよね?また、「イヤッ!」と思うでしょう。だけど、合気道は違う。「掴まれた」、「持たれた」と考えるのではなく、持たせた!と考える。また相手は手首を持っているので、片手は使えないと発想を変えるのです。面白いでしょそこから技を仕掛ける。怖い人なんかに手首を持たれたら、当然怖い。怖いのだけど、掴まれているのは事実だから、「いや、これはきっと夢だ!」なんて思っても何も変わらない。それを受け止めるしかないんです。それを受け止めた上で、逆の発想が出来ないかと考え、対策を取る。よく、ピンチをチャンスに変えると言われるのもそうですね。ピンチだ。ピンチだ。と言っているだけでは何も変わらない。それをチャンスに変えることは出来ないだろうかといった、逆の発想を持つことによって、ピンチと思われた状況も、チャンスに転じたりする。合気道の究極は、敵に襲われた場合、「敵だ!」と考えるのではなく、「わが友来たれり」と考える事なんです。倒すのは倒すんだけど。だけど自分を殺しに来た相手を普通わが友が来たなどとは思えないし、今までの経験から考えれば、「どうして敵を友となんかと、考えなければならないんだ!」「敵は敵だ!」みたいに思うかもしれません。ただ分かりやすく言えば、ピンチがチャンスになる、みたいなことですね。もちろんそう簡単には出来ない、思えなかったりするので、勉強を続けていくというのが、人生なんでしょう。

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  • 14Aug
    • 合気道に学ぶ柔軟的発想法

      前回は、合気道を学ぶことは引き寄せの法則を学ぶことで、引力を鍛えることによって、相手が寄ってきたり、私のような強運になったりする話。前回の記事はこちら。合気道は引き寄せの力を養う合気道は柔軟である必要もあり、また私自身も、物事を柔軟に考えていきたいと思っているので、合気道の中に、整体などを取り入れたりもする。体の歪みや凝りが取れれば、健康に元気に、またスタミナがアップするだけでなく、それだけで合気道が上手くなるので、上手くなるために稽古するものなのだから、上手くなるのなら、合気道に限定せず、何でも柔軟に考え取り入れたらいい。実際、合気道の準備運動には、西式健康法や真向法が取り入れられてきました。他にも、玄米食が取り入れられたりもしている。マクロビに興味のある女性もいると思いますが、マクロビと合気道も、傾向としては近い。だからマクロビが好きな人は、合気道も合っていたりする。ついでに、かなりマニアな豆知識を言えば、マクロビと野口整体は、余り一緒にはならなかった。野口整体というのは、整体の名人だった野口晴哉(のぐちはるちか)という方が行っていた整体を、一般に野口整体と呼ばれています。また野口晴哉氏は、整体をまとめ上げていったので、整体の創始者とも言われたりもする。ついでに、スポーツでも、いいものは柔軟に取り入れるべきと思っています。何故なら、その方が、パフォーマンスは上がるし、怪我もしにくくなる。私は全ての可能性の中から、最も効果のあるものを、アスリートに指導するため、即効でパフォーマンスをアップさせられるのです。しかし、野球なら野球、サッカーならサッカーみたいな頭がある。後は、筋トレや体幹トレーニングしなきゃいけないとかね。頭でっかちになって、拘っていたりする。私なんかは、余程素質のある選手でもなければ、特に小学生には、筋トレ、体幹トレーニング、なんていうのはやらせない。この話をしてしまうと、長くなってしまう為しませんが、体幹トレーニングをしたら長友になるのか?または、体幹トレーニングを行って、体幹トレーニングをしていなかった、イチローを超えるのか?など、もっと広い視野から物事を考察して行き、柔軟に考えて行かなければならないのです。体幹トレーニングそのものが、悪い訳ではないけど、それによって、どういった体の変化が起こるのかといった、分析力が無ければ、余計に悪くなっていても、全く気付いていない。それで、私の所に怪我した子供を親が連れてくる。また面白いのだけど、「筋トレはやらせてないですが、体幹トレーニングは行っています」なんて言ってくる。マジ?「じゃあ筋肉じゃなくて、何を鍛えているの?」と、余り突っ込まないけど、突っ込みたくなりますが、そうするときっと「いえ、だから体幹です」と答える。で、もしそうなら、「だからその体幹は何?」「骨?内臓?血液?氣?」なんて言う訳ですが、こういう風に質問されて、初めて「体幹てなんだろう」と考えるようになる。日頃考えているようでも、実は何も考えずにやっているものなんです。それは全てのことに言える。ちなみに、一般の人が考えている体幹とは、筋肉のことですね。体幹の筋肉をトレーニングするから、筋疲労が起こる。それなのに、「筋トレはしていない」と言うのは、おかしい訳です。ともかく、細かい話は置いておいて、一つだけ覚えておいて下さい。やりさえすればいいものなんて何もない納豆を食べさえすれば健康になるとか、スポーツをやりさえすれば、人格形成に役立つとか、そうではないし、それと同じように、体幹トレーニングをやりさえすればいい訳ではない。これは、他のこと全てに言える。昔は根性やしごきみたいな時代だったから、野球なら野球をやれという感じで、仕方が無かったのだけど、今はそうではないのだから、何事も枠に囚われて考えることなく、こっちの方が効果がありそうだぞというのなら、それをやればいいんですね。一流アスリートたちは、そんな感じだったし、強いチームや優れた監督の所では、そういった取り組みを行っている。合気道にしても、「闘いや武道は、私とは関係ありません」となりがちですが、実際に習わなくても、いい所があるのであれば、柔軟に取り入れたり、勉強したりするのはいいでしょう。特に合気道が今まで親や学校から教わって来たこと、スポーツなどとは少し違う所は、力と力がぶつからない様に考え、体を動かすことです一般的なやり方では、力がぶつかっている所に拘って、ムキになり、上手く行かなかったりする。それを柔らかく、発想を切り替えたりすることによって、上手いやり方、進むべき道が見えたりする。そういう本当に大事なことって、テストには出なかったし、教えて貰えなかったりする。拘ったり、力づくでやろうとしたり、またそれに慣れているものだから、そういうもんだと思っている。合気道では円の動きで、円く捌いたりしますが、実は他にも道があったりもする訳で、もっと楽で楽しい道もあり、どうせならそっちの方がいい。これからも、柔軟力を鍛えていきましょう。

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  • 11Aug
    • 合気道は引き寄せの力を養う

      前回は、よく寝れないといった睡眠障害や、朝起きるのが辛いなどの症状を、根本的に変える方法の話。前回の記事はこちら。睡眠障害、不眠症、朝寝起きが悪い人は、自律神経が乱れている今回は、初心に戻り、「合気道なんかやって、なんかいいことあるの?」「合気道って、どういうものなの?」という人のために、武道に全く興味が無い女性でも、興味を持って貰えるようなことを話してみたいと思います。それで、今日は特別に、合気道のとっておきの秘密を教えちゃいますが、それは、合気道を学ぶことは、引き寄せの法則を学ぶことである合気道を武道だとか、闘いみたいなイメージを持っていたとすれば、「えっ!?」となりますけどね。合気道は、闘いとかではなくて、「引き寄せの法則」を学ぶものなんです。女性は、「引き寄せの法則」大好きですよね?またそれを学びたいという人が、とても多い。だから合気道は、知られていないというだけで、女性にとって、非常に面白いものではないかと思います。どうして合気道と引き寄せの法則が、関係しているのかというと、合気道を創った人が、植芝盛平(うえしばもりへい)という人なんだけど、その人が、合気道は引力の練磨であるとずばり、「引き寄せですよ」って言ってた訳ですが、合気道というのは、面白くて、相手に上手く技をかけれると、不思議と相手がくっついて来たりする。合気道開祖 植芝盛平たとえば手首を握って、「合気」と呼ばれていますが、合気をかけると、離せばいいのに離せなくなったりする。また、向かい合って相手に両手首を持って貰う。こちらの方が体格があれば、引っ張ったりすれば、相手は寄ってきます。しかしそれは、無理やり感があり、相手にすれば、嫌なんですね。合気道のやり方はそうではなく、手首を持たれて、相手と一つになることによって、相手が勝手に寄って来ちゃう。もちろん簡単には出来ないですよ。その力を鍛えるのが、合気道。引力を鍛えることが、引き寄せの法則に繋がる私は歌手のコンサートというものには、一度も行ったことが無かったのですが、安室奈美恵さんが今年引退するというので、前から興味あったこともあって、行ってみたいと思った。そうしましたら、ばっちり当たりましたまた数年前には、日本ハムファイターズの試合を観にって、そこで大きいB・Bのぬいぐるみが当たったこともある。毎試合観に行っても、当たらない人が大勢いるのに、たまたま行っただけで、当たってしまったんです。もっと言えば、チケットすらも、貰ったチケットで当たっちゃったものだから、「どんだけ運がいいんだ!」と思われるので、ちょっと恥ずかしくて、余り言えない。通常、引き寄せの法則を学ぶとすると、本を読んだり、セミナーでその本に書かれているような内容を、勉強したり、といった感じだと思います。合気道は、体を通じてそれを学ぶ。つまり、引き寄せのボディーワークが合気道合気道はもちろん武道ではありますが、何をやっているのかというと、究極の自然を目指している。それを技で表現しているだけなんです。その合気道の根本原理を、生活全般に応用させる。合気道に興味が出て来た。合気道をやってみたくなった。という人がいましたら、今無料で個人指導を行いますので、声かけて下さい。

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  • 10Aug
    • 睡眠障害、不眠症、朝寝起きが悪い人は、自律神経が乱れている

      前回は受け止めることに関連し、疲れた場合の考え方、受け止め方の例。また運動不足から来る疲労は、運動することによって疲れが取れるという話。前回の記事はこちら。超疲労を抱えることによる効用今回は折角なので、前回に関連し、睡眠に関することを話そうかと思います。不眠症で、病院に行っても治らないという人を診た時、話を聞くと、夜にコーヒーを飲んでいると聞いて、ビックリしたことがありました。不眠症の人が夜にコーヒー飲んでいるってことは、恐らく他のことも、何も気にしていないし、何も知らない。それで薬飲んでも治らないというのは、治らなくて当たり前。まず病気などになったというのなら、生活習慣に問題があったということなので、それを見直さなければならない。生活を変えずに、治るということはないです。しかし今の時代は、便利になっているので、薬かサプリメントを飲めば、治るのだろうと思っている所がある。また症状を消すことと、治すということは全く別。対処療法というのは、聞いたことがあると思いますが、治すというのは、原因を変えない限り治らない。だから多くの場合、薬を飲んでも原因は変っていないので、それだけでは、本当の意味では治らないのです。不眠症や睡眠障害の場合、生活のリズムが崩れていて、それによって、自律神経の乱れが起きています。朝寝起きが悪い、という人も、生活のリズムや自律神経が乱れています。それを正常化させることが基本また運動不足から来ていることもあるから、適度な運動も行わなければならない。ただそれは、睡眠障害だ、不眠症だに限らず、生きている限り、また体が動く限り、適度な運動は皆必要な訳です。それをしないと、運動不足が原因による何らかの症状が出て、またいずれ、病気に発展して行ったりする。自律神経は、副交感神経と交感神経のバランス、切り替えが上手く行くいっているかどうかですが、夜直ぐ寝られるようにするためには、寝るための準備がいる急に寝ようといったって、寝れない。細かく話すと色々ありますが、基本的に、日中は元気に活動し、夕方に伴い、落ち着いて過ごすようにする。特に夜になるにつれ、音、光など、刺激を与えないようにする。最近では、寝る直前まで、スマホをいじっている事も多くなっていて、若い人なら、「寝落ちした」なんて言っているけど、余り良くないですね。更に、夜中にもメールなど無いかを気にしたりもする。それじゃあ、朝起きれなかったり、「私朝コーヒー飲まないとダメなの」とか、体がだるかったり、おかしくなったりするのも当たり前。私は、寝る時は、携帯の電源を切ったり、サイレントにしています。睡眠は大事ですからね。また光による刺激は、目から脳へと刺激し、脳が興奮状態になるため、直ぐに寝られなくなるのです。熟睡もしにくくなります。そのため出来ることなら、パソコン、テレビもなるべく使わないようにする。夜に怖い映画を見るというのもよくない。寝る前は、出来れば間接照明を使い、自然の状態に近づかせ、なるべくリラックスして過ごす。それによって、睡眠モードになっていきます。お風呂も夜に熱いお風呂に入ることは、交感神経を刺激することになるので、ぬるま湯に入るようにする。逆に朝は、熱いシャワーや熱いお風呂に入ったり、太陽の光を十分に浴びると、交感神経が刺激され、リセットされやすい。切り替えが上手く行かない人などは、朝に交感神経を刺激するようにして、リセットするようにするといいです。それと、運動不足が続くと寝れなくなり、睡眠障害や不定愁訴といった原因になると、前回説明しましたが、体全身を使うような運動を行うといいです。これも細かく言うと、いくら毎日運動していると言っても、運動不足になりえる。何故かというと、殆どの人は体を偏って使う癖があるからです。大腰筋など、インナーマッスルが余り使えていない。そうすると、「私は毎日エアロビやってます!」と言っても、部分的な運動不足になる。それで変な疲れになったりするんですね。ただこれは、あくまで細かい話なので、一般的に考えられる全身運動であれば、いいと思います。それで、もっといいような運動が、合気道のような運動結局、日本人には日本人に合った動きがあり、昔の日本人がやっていたものが、日本人に合っている。だからそれをすると、体って楽になるのですしかし今は、殆どが西洋的なもの。生活も西洋的になり、体型も変わりましたが、長年の記憶は、遺伝子に残っていて、今でも西洋的なものより、日本的なものの方が本当はあっている。だからマッチをする時でも、手前から押し出して付けますよね?のこぎりでも引いて切る。体の使い方を知らないと、ただ筋トレすればいいとか、運動すればいいとなりますが、何でも自分に合っているものがあるように、運動も自分に合っているもの、日本人の骨格にあっているものもあり、食事でも、仕事でも、運動でも、本当に自分に合ったものを行っていると、健康的になれる。

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  • 09Aug
    • 超疲労を抱えることによる効用

      前回は、合気道で大事なことは受け止めることで、何事も困難や問題に出くわした時も、まずは受け止めることが大事。また困難を乗り越えるというより、転換させることで、プラスに変えやすいという話。前回の記事はこちら。受け止めることでプラスに変わる今回は「受け止める」に関連して、もう少し身近な例をあげて考えてみたいと思います。先週の土曜日は珍しくかなり疲れた。そこまで疲れると、寝れないのですね。また次の日は、朝の5時半には起きなければならなかったので、さっさと寝なければならない。そんな時どうするか?健康的な問題などは、多少の知識や、テクニックを必要とすることもあるので、それが分からないと、難しい所もあるかもしれませんが、こうした時でも、「受け止める」事が必要になって来ます。じゃあ、何を受け止めるのかというと、疲れていることと、寝れないということ。単純なんですけどね。だけど普段余り疲れないような人や、逆に疲れが溜まり過ぎていて、感覚が麻痺している人は、疲れを受け止めることが出来なかったり寝れないのに、何が何でも寝ようとして、全然寝れなかったといったことは、よくあると思います。だからまずは一旦受け止めて、次の方法、その対策を考え行動する。それをしないと、「私ってダメなんだ」みたいな感じで終わるために、受け止めることをしなくなっていく。運動による疲れであれば、体を休ませるだけで、回復しますが、そうではない疲れは、寝ても全く疲れが取れない。朝起きても疲れている。そしてそれがずっと続くと、自律神経もおかしくなって、睡眠障害や自律神経失調症など、様々な病気の引き金となります。血行不良、血液の循環、もっと分かりやすく言えば、運動不足が原因なので、それを改善させなければならない。疲れているのに運動?と思うかもしれませんが、事務仕事や長距離運転など、体を使っていないで、疲れが溜まったものは、スクワットや四股のような運動を2,30回行った方が、血行がよくなり、疲労物質が取り除かれることで、疲れが取れ、熟睡出来るんです。逆に言えば、当たり前なんだけど、そうしたことが原因で起こった症状は、そうしたことをしないで、薬だけで治そうと思っても治らない。睡眠障害や不定愁訴などで困っている人などは大勢いますが、原因を考え、原因を改善させれば、本当はそんなに難しくないんですけどね。しかし土曜日の私は、体を動かせない程に疲れていました。こうしたことはよくあると思います。そうなると、とてもスクワットみたいなことは出来ないですね。体操みたいなことも、難しい。それでも、方法は色々ある。たとえばアイシングのような感じで、筋肉を冷やすと、血液がキュッと引き締まり、それによって、血液が戻される。そうすると、体が回復し、動けるようになっていきます。一般的には、これが簡単かもしれない。しかしそんなことじゃあ、私にとっては物足りない、詰まらないので、折角体が動けないぐらいに疲れたという、この機会を楽しもうと、新しいものの開発に取り組む。それで、丁度上手い具合に、最近あることについて、いい方法ないかなと思っていたものを、開発することが出来た。そんな感じで取り組むと、マイナスに思えたものも、プラスに働くという訳です。逆に言えば、それをやらない限り、ずっと影の様に、「ねぇ~ねぇ~、かまってよぅ~」と付いてくる。学校のテストにしても、いくら嫌だと思っても、逃れられなかったのと同じ。後はいつ、腹をくくるか、決断するか、行動するかですね。何らかの解決策、方法はあるので、大丈夫ですよ。皆さんご存知の一休禅師が、亡くなる直前に弟子たちに、「この先、どうしても困ったとき、苦しいときに開けなさい」と一通の手紙を残した。数年後、弟子たちが本当に困り果てその手紙を開けると、中には、心配するな、大丈夫、なんとかなると  書かれていた。だから、何とかなる悟りを開いた坊さん、天才が言ったのだから間違いないでしょう。もしかしたら今も、体に不調があったり、困ったことを抱えている人もいるかもしれない。だけど、心配するな、大丈夫、なんとかなる

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