点字図書館の収録

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日本点字図書館で、収録をさせて頂けました。

 

創始者の本間先生とのお約束です。

 

 

私が車イス生活から、やっとリハビリで歩けるようになった20数年前、

 

プールの往復の通り道に点字図書館がありました。

 

たまたま休憩かたがた立ち寄って、先生と懇意にして頂けました。

 

 

「京楽さん、是非CDを出してくださいよー。」

 

何度この台詞を聞かせて頂いた事か。

 

何枚か出しはしましたが、なかなか人様にお聞かせ出来るモノではありませんでした。

 

 

昨年からスタッフの皆様達の熱心なご努力によって、

 

ついに、収録の仕方を開発できるように成り、

 

素晴らしい録音が、昨年の暮れに引き続き昨日また出来上がりました。

 

 

古典の名作「金明竹」も存分にお笑いを頂けますし、

 

福祉人権落語の「桜の下の車イス」は十分にお泣き頂ける仕上げとなりました。

 

 

館長さんに、田中理事長さんをはじめ、閉館時間過ぎまで細かくご努力を頂きました、

 

スタッフの皆様には、本当にこころよりの感謝感激です。

 

 

ご興味のお有りになる方は、点字図書館の音の雑誌の5月号でお問い合わせ下さいませ!

 

文化放送で、あの日に紹介

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文化放送で防災絵本を、紹介して頂けました。

 

是非とも一人も多くの子供たちに東京直下地震の前に、救命救護の方法に触れて頂きたいモノです。

 

 

番組名は「くにまるジャパン極」(パーソナリティーは野村邦丸さんです)

 

放送日は明日、3月11日(月)

 

 この日にご紹介頂けるとは、大変に光栄で、ありがたい事です。

 

時間は、10時20分前後で、5分も。

 

取り上げて下さるコーナーは、「デイリー{ホッと}トピックス」です。

 

 毎日、旬な話題を届けているコーナーで、女性のアナウンサーが、紹介して下さいました!

 

 生放送でした。

 

 1週間はrajikoでも聴く事が出来るそうです。

 

 

8年前のあの日から一月、4月の半ば、ついに気仙沼の避難所のお寺さんに着きました。

 

途中、南三陸町のあまりの惨状に、私は目をつぶり、耳を塞ぎ、心を落ち着かせての到着でした。

 

本堂で落語をさせて頂ける事に成り、スタッフの皆さんが高座を作っています。

 

多くの皆さんがお集まり頂く中、10人以上の方々はあえて表へ出て行って仕舞いまう。

 

そう、どこの避難所でも、笑いたくないヒトも沢山居られたのです。

 

滑稽噺の演目1席目、最前列の10数人の子供達が笑いはじめ、2席目のネタでは大笑い、甲高い笑い声が、本堂中にこだまします。

 

3席目、ひっくり返って笑う子供達に釣られ、とっても良い雰囲気になり、拍手は鳴り止まず終了。

 

楽屋に、毎年お世話に成って居たお寿司屋さんの大将がやって来てくれました。電話では、声が小さな声になってしまい、全く聞こえませんでしたが、1時間、しゃべりまくってくれました。

 

そうして、やっと、目に輝きが戻った。

 

ゴールデンウイーク、大将と避難所を廻りまくる。最初は何処もアウェイで非協力的、鼻にもかけられ無いけれど、大将は平気。ドンドンと高座を作る。

 

帰り際はどこでも皆、大勢で手を振りつづけて見送ってくれた。

 

その、大将も、今は、もう、居ません。

 

 

大将。天国から、今後も共々に被災地の子供やお年寄りを、見守って参りましょうね。

 

 

経済学

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経済学です。

 

私は京都学園大学の経済学部、経済学科を卒業させて頂きました。

高校生だった私は、美術部で水墨画に没頭しておりましたが、どうしても知りたい事が有りました。

昭和の終わりのあの当時、世界は東西冷戦のまんまん中。

...

共産党の力はどの国でも大きく、社会主義国が沢山有ったのです。マルクス、レーニンをきちんと知りたいと思いました。

 

「世界は、一つに成れるのか?」

 

第一次世界大戦、第二次世界大戦は経済戦争だったので、そこがポイントに思えたのです。

大学では、様々な事を学ばせて貰えました。
特に、{比較経済学}で、「相場」、が江戸時代の大阪で、世界に先駆け出来たモノで有るコト。

「為替」、は当時世界最大の人口を有した江戸と、大阪の2大経済圏でこれまた初めて出来上がった事とうです。

 

古くは、中国の殷も周も貨幣が{宝貝}でしたので、それが豊富に採れた日本は正に宝の島で、憧れ的なモノも生まれ、倭人達は重用されたようで、中国と経済で強く結ばれていました。そこでお金に関する漢字は、皆貝偏が付くようです。

 

またシルクロードも、東西の経済がお互いの交流の中から発展して、周りの国々をも豊かにしました。

 

そして、かつての世界経済のポイント。

大航海時代は、光と闇がありました。
侵略と植民地化が根底に有ったからです。

 

日本は鎖国で、その被害から免れ、3つの経済発展を遂げました。

①大名達の経済力が、大きく社会を潤した。
 「天下普請」という江戸城や街を作らされ、大江戸の経済発展。「参勤交代」によって、日本中の街道が潤いました。
 大名達はまた世界で唯一、江戸でただ消費をするだけ、の人々だったのでした。
 平和な世の中で、「体面」や「格式」を重視したため、膨大な支出をします。

②江戸中期、18世紀前半には、その経済力の多くは大商人、職人、町人達に移行します。
 {商人道}という概念が出来上がり、『安くて良いモノ』を作り上げ、上方と競い合い、発展をしました。
 長屋の人々まで質素に見えても素晴らしい消費生活をおくる事が出来、ここで世界第2位の経済成長を遂げます。
 モノとしては、食品では「アワビ」。また「かんざし」や「キセル」とう高価なモノまで町人の手に入るようになります。
 子供のオモチャから浮世絵まで、5千軒もの商店が並びます。
 歌舞伎、相撲、落語が3大大衆芸能として発展し、元禄文化が花開き、歌舞伎、魚河岸、吉原に、毎日千両のお金が落ちるようになります。母なる中国、兄で有る韓国朝鮮をしのぐ錦絵(浮世絵)、盆栽をはじめとした園芸とう世界に誇る分野が次々に開発されます。

③町会所
 大商人を中心にセーフティーネットを作成。
 いざという時の為、米蔵を江戸中に30以上。50万人が半年食べられる。
 施し、信頼。弱いモノを助けるコトが大切であるという考え方が定着します。

 

この後市民による公への概念、社会の為に皆で行動をするのが当たり前、という、公共事業も上級武士では無く、市民主導で明治へと大きく動き出して行くようになりました。