展示期間が今日の11/30(月)までですが、藩営前橋製糸所のジオラマ展示をご紹介します。土曜日に、前橋市へ行く用事があったので足を伸ばしました。

 

『藩営前橋製糸所のジオラマ展示』

期間:〜11月30日(月)

時間:10:00〜18:00

場所:アーツ前橋(群馬県前橋市千代田町5-1-16) 1階 南エントランス

 

前橋市は、上毛カルタに「県都前橋生糸の市(けんとまえばしいとのまち)」と謳われるように、製糸産業で栄えた時代がありました。そうしたことから、近代日本の基幹産業であった製糸業における前橋市の歴史的な先進性や役割を全国に発信しようと、学術的調査、研究やその成果を発信する事業を以前から行っています。最近だと、昨年9月に藩営前橋製糸所操業150周年プレイベントのシンポジウムが開催されました。

わたしは、なんだかこの前橋関連のシンポジウムとはタイミングが合いまして、昨年の9月を聴講できましたし、これより以前に行われたシルクイベントも聴講しています。そんなことで、折角なのでこの展示も拝見しました。

 

 

 

 

 

藩営前橋製糸所とは、明治3年(1870)6月に前橋藩がスイス人の技師ミューラーを指導者として招いてスタートした「糸試験所」が大元で、これは日本で最初の器械製糸所といわれています。この創設地は住吉町1丁目で、付近の交差点のところには " 日本最初の器械製糸所跡 " の記念碑が建っています。そして、創設から3ヶ月後の9月に本格的な器械製糸工場を建設移転したのが、現在の岩神町(上記画像の赤印)になります。

 

この製糸所は、器械製糸技術伝播の拠点として全国各地から多くの伝習生を受け入れました。有名どころだと、熊本県で近代養蚕業の開祖といわれた長野濬平でしょう。県内からは勢多郡水沼村の豪農・星野長太郎が指導受け、県内初の民間洋式器械製糸工場を創設しています。

 

 

 

 

 

 

この製糸所については資料が乏しいようです。残っているのは外観に関するものが2点です。1つは、明治11年明治天皇献上写真として宮内庁書綾部に残っていました。これは前橋の生糸商・勝山宗三郎に払い下げられてからの勝山製糸所(大渡製糸所)のものです。もう1つは、明治3年の杉浦譲『客中雑記』に「・・・茅屋を構へ五間二七八間也器械ニへ而繰る十二器也・・・」とあります。残念ながら、図面や内部の器械についての資料が現在のところ発見されていないのです。

 

そんな折りに東京農工大学で発見されたのが、同じくミューラーが指導した勧工寮葵町製糸場の図面でした。同大学にてジオラマや3D映像が製作されたことにより、藩営前橋製糸所の復元への道が開けることとなったのだそうです。そうして今回、一般財団法人ぐんま食と歴史文化財団の協力で、上記の藩営前橋製糸所のジオラマと3D映像が完成しました。

 

 

 

 

 

こちらは「繰糸台と釜の模型(ケンネル式器械製糸)」(東京農工大学所蔵)です。

ご興味ありましたらお出かけください。

 

 

 

 

 

 

さて、東京農工大学で発見された勧工寮葵町製糸場の図面資料を2017年に拝見しているので、その画像もご紹介します。

この製糸場は、明治6年2月東京赤坂葵町(港区大蔵省印刷局付近)にミューラーを雇い入れ建設しました。水車動力、繰糸機48台(開所後すぐに96台に増設)です。蒸気を動力とした官営富岡製糸場と同様に各地へ技術を伝播する拠点となりました。

 

この製糸所は、官営としては富岡製糸場に次いで2番目の洋式製糸場でしたが、資料が少なくこれまで詳細が明らかにされていませんでした。発見された図面は、富岡製糸場と並んで製糸工場制工業化の起点となったイタリア式工場の様子を初めて具体的に示した重要な史料です。図面は、縮尺や寸法が記載され、綴状のものには煉瓦構造物が一段ごとに配置し記載されるなど、繰糸設備の全般が理解でき、寸法を元に再現が可能なほど詳細なのだということです。

 

 

 

 

 

 

「三十分一之割製糸器械場建地割絵図」より。

水車を動力にしています。煮繭や繰湯の加熱設備は焚き火が利用されたようです。

 

 

 

 

 

「五十分一之割器械場平地割絵図」より。

 

 

 

 

 

「ケンレル建柄」より。

 

 

 

 

 

ここまで書いて特に触れませんでしたが、日本に伝わった洋式製糸技術は2通りあります。1つは、藩営前橋製糸所や勧工寮葵町製糸場などでスイス人のミューラーが指導し導入したイタリアからの技術。もう1つは、官営富岡製糸場などでフランス人のブリュナが指導し導入した技術です。

 

現在の旧富岡製糸場に行けば、当時のフランス式繰糸機の復元機があり、定期的に繰糸実演が行われています。

官営富岡製糸場の原物・繰糸機をご覧になりたい方は、長野県にある岡谷蚕糸博物館に保管展示されています。ここにはイタリア式繰糸機(上記画像)も常設されているのでぜひご覧ください。

 

 

 

 

 

繰糸法にあたり、ミューラーは「ケンネル」、ブリュナは「共撚り」という方法を用いました。興味深いのは官営富岡製糸場は最初は「共撚り」だったのに後に「ケンネル」に変更しているところです。岡谷蚕糸博物館にある原物機は「ケンネル」になっています。過去にこのブログに詳細を書きました。よかったらそちらもご覧ください。

 

● 岡谷蚕糸博物館見学会 その1「フランス式繰糸機について」

● 岡谷蚕糸博物館見学会 その3「イタリア式繰糸機」