10月13日に ton-cara さん主催の岡谷蚕糸博物館見学会がありました。そのリポートを ton-cara さんがブログにアップされたのでご覧ください。

 

当館も見学会のご報告を。先ず伺って嬉しかったのは、館内の撮影がOKになったことです!! やったー!!! 以前は入り口のノコギリ屋根の黒壁で撮影するのだけが来館の証でした。上の写真も過去のもの。当日は雨天で外観を撮り忘れました。

 

さて、当館のリポートは少し視点を変えて書けたら良いなと思います。官営富岡製糸場の繰糸機を中心にご紹介します。

 

 

 

 

 

 

なお、この見学会では岡谷蚕糸博物館館長の高林千幸さんに解説をお願いすることが叶いました! スペシャルな、スペシャルなツアーだったのです。高林館長さんは長年蚕糸絹業に携ってこられたエキスパートです。詳しいプロフィールなどについては、蚕糸・絹業提携グループ 全国連絡協議会が運営する宝絹ホームページの「シルクな人々」に素敵なインタビューがありますのでリンクさせていただきます。ご覧ください。

 

さて、解説は岡谷の風土と蚕糸業の関わりについてのお話から始まりました。岡谷は元々木綿が盛んでしたが、横浜開港から蚕糸業に変わったそうです。乾燥地帯であることから繭の保管に適したので蚕糸業が盛んになりました。ちなみに蚕糸業とは、蚕の卵を製造する蚕種(さんしゅ)業、蚕を飼育する養蚕業、繭を購入して生糸を製造する製糸業の総称です。

 

 

 

 

 

 

ミュージアムエリアに入ると、真正面にはフランス製の水分検査器があります。日本で最初に生糸の水分検査を行った器械です。これは富岡製糸場の創設にあたり、ブリュナが日本へ輸入しました。この図柄は、ブリュナが日本的な図柄を注文したといわれています。松竹梅に鶴亀、他の面にはフランスの長閑な農村風景が描かれています。来館の際はぜひ全面をご覧くださいね。

 

さて、岡谷蚕糸博物館といえば、この水分検査器はもとより、有名なのは官営富岡製糸場で操業したフランス式繰糸機が所蔵されていることです。なぜ、群馬県の富岡製糸場ではなく、長野県の岡谷蚕糸博物館に富岡製糸場の遺産があるのか? その経緯をご紹介します。官営から民間に払い下げられたときに最後に営業した製糸会社は片倉製絲紡績會社(のちの片倉工業株式会社。以下、片倉)でした。片倉は、開場時から使っていたフランス式繰糸機を昭和17年に御法川式多条繰糸機に入れ替えます。その際、片倉は撤去したフランス式繰糸機のうち2釜だけは保存したのです。翌年、片倉の三代片倉兼太郎は、昭和3年に二代が上諏訪に建てた「片倉館」の隣に「懐古館」を建設しました。この建物は片倉館付属美術館として、それまで収拾した美術品や蚕具・製糸機械・資料などを保存、展示するためのものでした。当初は富岡製糸場の検査人室に置いてあった2釜もこの時に懐古館へ移されました。その後、懐古館は諏訪市に寄贈されます。昭和33年三代片倉兼太郎は、収集していた総てを片倉の発祥の地である岡谷市へ寄贈、寄託しました。岡谷市では地元の製糸業者や全国の蚕糸業関係者の協力を得て、先人の遺徳を偲び、蚕糸の歴史を末永く後世に伝えるため、昭和39年に「岡谷蚕糸博物館」を建設し、フランス式繰糸機をはじめとする製糸機械類、資料を保管展示してきました。そして平成26年8月1日には農業生物資源研究所があった地に移転、館内に宮坂製糸所を併設し、世界に類のないシルクファクトリーの博物館として生まれ変わったのです。(参考:富岡製糸場出使われていたフランス式繰糸機等がなぜ岡谷蚕糸博物館に?)

 

特出すべきは、やはり三代片倉兼太郎氏でしょう。通常製糸工場では、機械を入れ替えて使わなくなったら撤去解体してしまうところを残したのです。収集した中にはフランス式繰糸機の他に御法川式多条繰糸機もあります。今となっては大変貴重な資料ですが、その価値を当時から理解していたことに感動します。また、それを大切に半世紀以上も保存していらした岡谷市や博物館にも感謝したいです。他の自治体でも同様に出来たかというと、そうではないと思うのです。製糸が盛んであった岡谷や諏訪であったからこそです。

 

 

 

 

 

 

話を見学会に戻します。

こちらが官営富岡製糸場で使われたフランス式繰糸機の2釜です。写真は、個人で見るだけではわからない展示物の解説をいただいているところです。その場で出る質問に明快に答えてくださいます。

 

 

 

 

 

 

これは錦絵「上州富岡製絲塲之図」です。繰糸機は、このように繰糸場の両側に設置されていたのですね。

 

 

 

 

 

 

フランス式繰糸機は、当時300釜輸入されました。高林館長さんによると、釜というのは繰糸鍋を1釜と数えて良いそうです。岡谷蚕糸博物館にあるのは、そのうちの座席番号151号機と152号機です。座席番号は繰糸機械の左鉄軸に記されています。繰糸機械は25釜で1セットとして区切られ、300釜なので総計12セットでした。写真手前の釜が151号機の一番端っこで175号機までのセットを152号機と153号機の間で切断されたと推測されています。この2釜だけできれいに縁取りされているので、この2釜で1セットと考えてしまいそうですが違います。

 

 

 

 

 

 

ところで疑問が。創業当時の繰糸機と聞いていたので、完全にそのままだと思い込んでいましたが、改めて観ると違います。

 

 

 

 

 

 

これは、フランス式の(とも)撚り掛け(A)とイタリー式のケンネル撚り掛け(B)の説明でよく使われる図です。輸入時は、このAの図のように2緒繰りの共撚り掛けでした。現存するフランス式繰糸機は、後に改造され現在の4緒のケンネル撚り掛けになったようです。

 

 

 

 

 

 

そこで復元されたのがこちらです。

ミュージアムエリアの常設展示室から宮坂製糸所さんのエリアに行く間にあります。復元機は、現存するフランス式繰糸機や錦絵などを元に岡谷で復元したものです。現存の繰糸機より創業当時に近くなっています。資料で読んだのですが、フランス式繰糸機の図面は現存していないそうです。なので復元にはご苦労があったことでしょう。

 

 

 

 

 

 

このエリアでは、高林館長さんと共に同館専門指導員の林久美子さんが、フランス式繰糸機の実演と解説をしてくださいました。林さんは製糸技術について研究をしていらしゃいます。

 

 

 

 

 

 

まずは、フランス式繰糸機の糸道の構造を確認します。この図は、奥村正二氏が資料を元にかかれた推定図です。1 作業台、2 煮繭鍋、3 繰糸鍋、4 冷水だめ、5 繭入れ、6 蛹入れ、7 集緒器、8 鼓車、9 糸鉤、10 絡交杆、11 糸通し、12 糸枠、13 被動軸、14 駆動軸、15 大摩擦車、 16 小摩擦車

 

煮繭鍋と繰糸鍋には蒸気管が通り、弁の開閉で温度調節ができます。繰糸鍋上には集緒器2つが設置されています。糸口を出した繭糸は各集緒器を通り、その上で撚り掛けられ、各鼓車を通り、その先で交差するように左右逆に糸鉤を通り、絡交杆に付属した糸通し具の目を通り、2つの糸枠にそれぞれ巻き取られます。すなわち各工女が独立して繭を煮ることから繰糸を行い、1人で2枠の生糸を取る設備です。(参考:奥村正二著「小判・生糸・和鋏」)

 

 

 

 

 

 

では、撚り掛けの説明です。富岡製糸場に輸入されたフランス式は、2本(緒)の隣同士の生糸を互いにより合わせる方法です。これを「(とも)撚り」といいます。生糸づくりには「抱合(ほうごう)」が重要です。これは繭糸同士の接着を良くして繊維が分離(分繊)しないように繭糸と繭糸との接着をしっかりさせることをいいます。フランス式では共撚りの部分がこの抱合装置になります。これは 2本の生糸の太さが違うと太い方へ撚りの中心が移動します。中心が傾くと抱合装置は本領を発揮しません。なのでいつも中心にあるように注意します。そうすれば太さの揃った上質の生糸がつくれます。

 

そして抱合の善し悪しは、撚り合わせ部分の長さや撚りの中心角度の大きさ等によって変化が出ます。生糸を肉眼で見る限りは大丈夫に見えても、抱合が悪いとその後の製織工程で色々なトラブルの原因となります。なので、この「撚り掛け」は生糸づくりの肝であるということを教えていただきました。

 

 

 

 

 

 

また、わたしが復元機を見てずっと気になっていたことを今回伺うことができました。上の図に赤マークしたこのハート型みたいな道具のことです。フランス式繰糸機の共撚りの図でよく見かけますが、復元機には備え付けられていません。

 

高林館長さんと林さんの話では、これは「するめ」というそうです。輸入当時の糸道の構造は、糸枠に巻かれるまでの道のりで生糸への摩擦がとても大きいのだそうです。(上に述べた奥村氏の推定図を見ると確かに大きそう。)林さんは、実際に試されて、糸切れがすごいのだとおっしゃっていました。そのため、共撚りから糸枠へ巻き取られるまでの構造はその都度改良されていったそうです。「するめ」が実際に使われた期間は短かったかもしれませんね。とても気になっていた案件だったので教えていただきスッキリしました。

 

 

 

 

 

 

高林館長さん、林さんと写真を撮っていただきました! 尊敬しているお二人と撮っていただけて感激でした。布施さんありがとう〜。

 

見学会のリポートはまだ続く予定です。

高林館長さんには、この後の宮坂製糸さんの工場内もご案内いただいています。林さんは、この日はお休みだったところを駆け付けてくださいました。ありがとうございました!! 実地検証から導き出される林さんの回答にワクワクドキドキしっぱなしでした。わたしも林さんの姿勢を学んで精進します。