人は逃避の際に
思いのほか光り輝く
新たな道の兆しを見つけて、思わずそれにすがってしまう。己の克服すべき課題に背を向けてはいるものの、逃避の際に進む方向は、その人にとっては前方となる。
逃避もまた前向きである以上、その事に全力を注いでいる間、人は光り輝いてしまうのだ。
但し、光とは単純なもので、照らさなくても良いものまで照らしてしまう。例えば、心の卑しさや醜さまでも。
光を放っている当人は、逃避に夢中となり、傍目(はため)に映る己の姿を気にしていない。むしろ己の放つ光が逃げ道の先を明るく照らし逃避の意欲を加速させる事となる。それが更に光の輝度を上げてしまい、卑しさや醜さがよりあからさまとなり一層際立ってしまうのだ。
人は誰しも光り輝く資質を持っており、それは生きている以上、不滅である。但し、輝き方を間違えると恥をさらしたり、悪名を轟かせる羽目となる。
同じ光り輝くのなら、なるべく良い形で実現したいものだ。