2019年10月  石川 三平

◆大好きな天才数学者の岡潔氏によると、4歳までの幼児期に視界に映る現象の理解が始まり、小学校5年時に大変革があるという。僕の短所も4歳時までに構成されたものであるらしい。

第一におっちょこちょい。

小学低学年の頃、授業の終わりに算数や国語の小テストがよくあった。できた者から休憩という。兎に角、早いので一番に提出、運動場に飛び出す。次の時間の冒頭で、一人だけ名前の書いていない者がいると。それが僕であることは明白。通信簿に落ち着きがない、と書かれてしまった。

第二に気が弱い。

こんな風に書くと後年を知る人から「冗談だろう」と言われそうだが、実は気が弱い。四国の片田舎出身だが、越境して隣県の進学私学に入学、6年間首席で東大法学部間違いなしと言われていたが、現役、浪人しても不合格。2年連続早稲田大学政経学部に合格して、早稲田に行くことに。偏差値、受験科目からいって逆なのだが、本番に弱いとの印象が。東大の試験、特に得意な数学に試験中に2度とも腹痛でトイレにいくはめに。早稲田入試は気楽に考えていたのでトイレはなく、満点で。精神的に弱いと結論付けられる。それ以降の試験では腹痛を起こしたことはない。ただし北陸の担当員時代、余程暇なのだろう。僕がトイレに行く回数を数えてた人がいて1日8回も行ったと。支部会前には考え過ぎてお腹を壊した。

第三にいつも急ぎ過ぎている。焦っている。

生きるのにも急ぎ過ぎているのではとの想いが常にある。焦り過ぎて間違いを犯すことも。家族に迷惑をかけることもしばしば。息子が大学を卒業する際「家族の解散旅行」を組んだことがある。出発時息子に今回の旅行のテーマは「ゆっくリズム」だと言われた。担当員時代、翌月の日程を決めるのに、必ず2日の不測事態対応日を作っていた。そのため通常作業を急ぐのだが、これで間違いを犯すこともある。お陰で時間にも締め切りにも遅れたことはない。ただし体力の衰えた今、歩くのにも「ゆっくリズム」を心がけている。

◆上記、小学校5年時の激変についても記憶がある。5年時で担任の先生が男になり、彼とウマが合った。工作をするので夏休み毎日学校に出かけた。好きなものを創れという事でたくさんの作品を作った。その作品群が50年以上経った今も小学校の美術室に飾られているという。2学期からの成績も急伸。音楽以外は5ということになり、6年時のオール5に繋がる。そして親父の勧めもあり前記、越境、隣県の私立進学校へ進むこととなった。5年時の夏休みがなければ地元高校ということになっていただろう。田舎は人口2万人の町で街には本屋も一軒もない。

遊びは草野球、山での隠れ家つくり、池や川での魚取り。そんな中友人は多く、お袋から「三の友達はやにこい人ばっかり」といわれていた。今でいう「田舎の不良」。お寺で集まり、俺のドスはいいだろう、と見せっこするような。そんな友達にある日誕生会に誘われた。彼の家へいくとお母さんがカレーライスを作ってくれた。ご馳走になった後、家に帰り、お袋に「恭ちゃん家でカレーご馳走になったが、肉が入っておらず、カマボコだった」と言ったら、ひどく叱られた。その彼とは67歳になったいまでも付き合っている。新聞配達をしているらしい。

◆過日、先月号で書いた、今年お父様から名義を引き継いだ某田舎の新聞販売店を経営している方が三平塾にやってきた。なんと朝刊配達後9時間かけて車できたという。まずそのエネルギーに驚いたと同時に心配した。年齢は50歳だという。話の冒頭から「この業界は自らの商品を下落さしめることばかりやってますね」と言う。「田舎で拡材あげるから新聞取ってよ、はないですよ。もっとやるべきことがあります」。とても新鮮な感覚を抱き、彼を好きになった。どんどん吸収する。これいいですね。これもいいですね。彼はしばらく新聞業界を離れていた。20歳の頃何をしていたの?どうもヤンキーらしい。周りは「車」と「女」、不良集団、また親近感が涌く。僕の周りにも多い。ただ20歳を境にみんな正業に就くのは日本社会にはその浄化機能があるのだろう。結局3時間も話して再訪を約して帰られたが、その新鮮な感覚に感動した。がである。彼のことを話す機会があり、その新鮮な感性のことを話したが賛同をえない。つい腹が立ったがこの人たちが旧人なのだろうと。業界に30年以上いる人。ふとフランス革命を思い出した。それ以前の貴族社会のことをアンシャンレジームといい、市民に打倒されギロチンの露と消えた。業界に長くいる人たちは旧人たちだ。

先日の読売夕刊試写室の記事。「危険タックル」問題。監督・コーチがすべてを決め、学生はただ従う。組織の中では誰かの指示を簡単に受け入れ、つい自分が考えるのをやめてしまうとの一説。恐ろしいことだ。君たちにはギロチンが待っていることすら知らないのだ。

◆これは短所ではないのだが、昔から「強制される」ことが大嫌いだ。三男だから自主的に行動するは当たり前だと教えられてきたからか。実は前述したが、中学・高校は隣県の進学校に行っていた。完全な詰め込み教育で反発を感じていたが、首席のため抑えていた。高3で県3番とわかると、反抗心が強くなり、高3は運動会出場禁止を知ると頭にきて全学ストライキ事件を起こす。結果、謹慎処分。校長に成績1番なのにというと「あんた素行が悪すぎる」と。案の定、東大法に落ちる。この頃から六法全書を読んでいた。成績が急激に伸びたのはこの学校のお陰かもしれないが、今でも詰め込み教育はよくないと考えている。兎に角「強制」は認められない。周りの無教養な人たちが強権力を怖がり過ぎなのはどしてなのか。業界の肩書などは一般社会ではチリよりも役立たない。自立せよ。

 

2019年9月  石川 三平

◆8月1日、こんなことがあった。地元の新聞販売店から電話があり「某所長さんが三平さんになんかあったのか」と電話がありましたと。「先ほど三平さんから電話があり、自宅のファックスの調子が悪いので、明日、12時にファックスを貸してくれないかと」答えたところ、それなら「僕も明日12時にそちらへ行く」とのことでした。2日12時にお店に行き、ファックスをお借りし作業が済んだころ、その所長さんが見えて「いつも来るファックスが来ないので心配で見に来ました」と僕の好みのウィスキーをぶら下げて言う。僕が老境に入ったので身体を心配してのことだろうが、本当にありがたいことだ。毎月の三平塾ブログが未着だとこういうことになるのか。じっと見ていてくれる人がいる。感謝。後日談。ファックスの不調は息子にみてもらったところ、女房の電話回線料金の未納と判明。料金納入後、回線回復の笑い話とあいなった。

◆もうひとつ。8月上旬、また地元の販売店から電話。「知らない人が三平さんに連絡が取りたいと電話がありました。本人の了解がありませんので電話があったことのみ伝えます。でもなぜ店に電話が来るんでしょう」と。「申し訳ありません。僕から電話しますんで、教えてくれた番号を教えてください。」「三平ですが、お店に電話をいただいたそうですが、どちら様でしょう」「某地区の某所の○○と申します。ブログを拝見し、父からもお噂は聞いていました。一度お会いしてご教授願いたいのですが」「お会いすることは結構ですが、上京して事務所に来訪していただかなくてはなりません」。「結構です。メールで希望日、時間をお知らします。実は私は今年父から店を引き継ぎ名義人となりました。」確かに40年ほど前、自分の担当地区ではなかったが彼のいうお父さんは存じ上げていたが、それほど深いお付き合いはない。「それはご苦労様。近年の新聞販売業は相当厳しいものがあります。持論ですが地方では本店を営業本部として隣接店をサテライト店(配達主体)とする方式を考えています。そのあたりの議論をしましょう」と相成った。遠隔地でも見ていてくれる人もいる。感謝。

◆あるのは飽くなき好奇心。「自分が無知である」ことを知るのは恐ろしいパワーである。あれもやらんといかん。これもやらんといかん。年齢が迫る急げ。知らない問に答えを求めて知力を得る。もう今年の読書数は140冊を超えた。ある日気が付いた。国際問題が逼迫している中で「圧政は民主主義に崩される」と。自分の経験も加味される。日本も民主主義国。そして日本には根回しという手法も許されている。35年ほど前、部会で挙手。「意見があります。表彰状という手法を止め、感謝状に変えて欲しい」。議論まとまらず、多数決と相成った。一度目は8対1で負けた。でも2度目は7対2。時間があれば僕の根回しで勝てるとこまでやる。「非」なることは「非」であると自分から発言しなくても、大勢で「非」主張も勝てる。世界史を紐解いても大衆の意識はどんな権力圧政にも勝ってきた。時間との闘いかもしれない。「押し紙問題」もしかり。今、お店がやることは、営業は「テレマ」、集金は「自振」、配達は「週休二日制」だろう。お店の信用を高めなくてはならない。

◆戦国時代の歴史書の読書を続けているが、一番激しかった戦いは「信長VS本願寺」だろう。11年も戦いは続いた。畢竟すれば民衆の意識は①誰に命を守ってもらうか②誰に徴税権があるのか③信教の自由はあるのか④どうやって飯を食うのか だろう。信長は中世の寺社勢力が勝手に自分の領土を持ち、徴税権を持ち、自分の信仰を強要していることが許せなかったという経済学の問題である。信長の「根切り」戦法に顕如が敗れたという史実。一般農民の側から見ればわかりやすい。その思想は自分の思い上がり勝手思想も「他人が認めなければ評価にならない」という考え方だ。よみうり寸評に面白い記事があった。自分の顔に責任を持て、という話。「品性その他すべての精神内容が、その容ぼうに彫塑のノミを振るい出す」「老いた時の顔を見せられた人は将来のために貯蓄する額が2倍になる」再度「友人仲間財産権」を意識する。

 

 

 2019年8月  石川 三平

◆僕の事務所にはかなりの来客がある。そんな人たちを眺めていると気付くことがある。視点は「その人の品位」だ。自分で言うのもおかしいが四国のド田舎出身の僕の両親は躾には厳しかった。特にトイレ、風呂、玄関だ。よその家に行って「トイレを見ればその家の様子がわかる」と古来から言われる。そのせいか担当員時代も訪店すると必ずトイレをお借りすることが多かった。家族労務の家が多く、話の内容とあいまってなるほどと気づくことも多々あった。高校3年の時、大阪万博があった。当時大騒ぎされたこともあり、大学受験で大反対する両親を振り切り、仲間と2人で行くことにした。(彼は僕より成績下位だが現役で東大へ)。二人とも四国なので船で大阪弁天ふ頭へ。前泊地は友人の親戚のお宅に。靴を脱ぎお邪魔してご挨拶、食事もご馳走になり、お風呂を頂き、トイレもお借りした。風呂の後の歓談の最中、その親戚の方が僕にこう言った。「ずいぶん厳しくしつけられていますね。ご両親のことが想像できます」。言われた僕は意味不明。「なんのことですか。?」「風呂もトイレも次に入る人のことを考えていらっしゃる。玄関の靴も揃えて。素晴らしいです。」三平家はそのせいか女房も子供達も玄関・トイレ・風呂にはうるさい。僕の事務所のトイレには貼り紙まである。特に玄関の沓脱と使ったスリッパの脱ぎ方・並べ方は人さまざまだ。日本国で起きる異常とも思える事件の原因は「親の躾にある」と思えることが多いが、本人が気づかない「品位」のレベルにあることが多い。会社でも上位者に品がない人の会社の部下はそれを真似して品が無くなるのか。巷ではお笑い芸人に対する吉本興業の対応が話題だが話を聞いていると新聞業界の押し紙に似て「極めて品がないやり方」だと感じざるを得ない。契約書はあり、禁止行為は書かれているが、未だに個人契約。法人契約はほぼない。内部であれだけ主張してきたのに。品がない上位者には届かないのか」。

日本はどんな社会学者が何を言おうと資本主義国家である。資本主義を一言で言えば「モア&モア(もっともっと)の世界」。裏付けとなるテクノロジーの進化もある。年年歳歳人同じからず。簡単にいうと「来年の同日の自分の家庭の食事にどんな一品が増えているか」ということを新聞販売に携わる者は考えなければならない。新聞社の圧政が進む。圧政が続くと反動が大きくなることは世界の歴史が証明してきた。反動が行き過ぎるとその反動も大きくなる。正常な感性を維持することが不可欠だ。面白い本を読んだ。「私とは何か<本当の自分>はひとつじゃない!」(平野啓一郎)こんな一説があった。高校時代の友人と大学時代の友人の違い。青春時代の激しい変動期の中にいた自分が大きく変わったことに気付く。同時期強烈に教養も高まる知識と共に品位も向上するはずだ。今まさに不足する教養必読書を挙げる。①貞観政要 ②米百俵の心③呻吟語 ④菜根譚 ⑤吾妻鏡 多くは徳川家康の愛読書である。

◆品位の問題で結論づけるなら、原因は自分勝手に由来するものが多い。この人認知症じゃないかと思える人が周りにも出てきたが、面倒見がいいというのも面倒を見られた人から「この人にお世話になった」といわれるのが正当である。要は自分評価ではではなく、相手の評価が正しいのだ。近年の人間関係の薄さはひょっとしたらSNS会話の匿名手法にあるのではないかとさえ思ってしまう。匿名方式のせいで過剰反応社会が醸成されたかも。僕は匿名が嫌いだ。周りに「あれだけ世話になっておきながら、、、」という人」=最も下品だ。