心を共有する

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ブログというのは、言葉と
文章表現が中心のメディアです。



もちろん、更新ペースやメッセージ、
コメントへの対応、記事テーマのまとめ方、

など細かい行動レベルの表現というのも
ありますが、中心となるのは文章です。


カタチに残るものということもあるし、
表現手段が『言葉』関係のことに
限られているため、


僕自身は、

その時々に感じたことを素直に出す

自分の意見・考えをはっきり述べる



ということを意識しています。




ですが、リアルでの対面コミュニケーション
では、また話が変わってきます。


僕は昔から、対面コミュニケーションよりも、
文章でのコミュニケーションの方が、
自分では得意だと思ってきたのですが、


最近は、より表現手段を広く駆使できる、
対面のコミュニケーションに面白みを
感じるようになってきました。



リアルで人と接するときに意識しているのは、

相手と意見が違っていても否定しない

相手が、自分の信念と異なる言葉を
使っていても、考え方が180度
違う方向を向いていると感じても、

必ず相手の意見を受け容れる


ということです。



コミュニケーションにおいて、
もっとも大事なのが『ラポール』
(心の架け橋、要は信頼関係のこと)

を築くことだからです。



自分自身が、コミュニケーションを
人に指導するようになってから、
最優先で伝えるようにしていることです。



余談ですが、『左脳』、つまり
翻訳能力を鍛えるには、人に
指導するのが一番ですね。


僕が『左脳系』なのは、長年教育
の仕事をしてきたこと、いろんな
年齢・立場の人を指導してきたこと、

仕事を通じて、いろんなマニュアルを
作成してきたこと、そういう数々の
アウトプットで鍛えられたからだと、

今ちょっと思い当たりました。




人間関係において、言葉の占める割合
はごくわずかでしかありません。


コミュニケーション能力を身につけたい、
磨きたい、というとき、『言葉』の遣い方に
フォーカス
してしまう人がほとんどです。



コミュニケーションの目的は、『相互理解』
言葉を換えると『心の共有』です。



心、感情を共有するのに、言葉の果たせる
役割は、あまり大きなものではないのです。


言葉というものにフォーカスしてしまうと、
コミュニケーションの目的を見失いがちです。



反対意見を否定し、議論に勝ったところで、
得られるのは自我レベルの満足、という
小さな『快』でしかありません。


それと引き換えに失うのは『相手の信頼』
という、とてつもなく大きなものです。



分断思考に支配されて、勝ち負けの
パラダイムの中にいては、相手の心
には永遠に届かないのです。



心を共有すること、つまり、

『相手の心とつながること』で得られる
『快』は、レベルもスケールも大きく違います。




コミュニケーションで足を引っ張るのは、
過去の記憶・観念から来る『決めつけ』です。


これは、『評価』『判断』『解釈』をする、
ということで、

『自我のもつ本質的な習性』

と言えます。



自我の存在理由は、『個の確立』
つまり『自』と『他』の分離です。


世界:現実から、本来は自然の
一部である自分の存在を切り離すこと。

ものごとの『違い』『差異』を強調し、
世界の『多様性』を創り出すことです。


この性質があるため、自我はほうっておくと、
どんどん『分断思考』を生み出して
しまう存在なのです。



コミュニケーション研修で、ロールプレイング
などをすると、普段、人の話を聴くときに、
自分がいかに『聞き耳』をもって、

相手の『言葉』をあるがままに、ではなく、
自分の聞きたいように色をつけて
聞いているのかがよくわかります。



人の話を聴きながら、心を『いまここ』
に置ける人は少ないのです。


人間の聞くスピードは、話すスピード
よりも早いので、相手が話すのを聞いている
うちに、心は勝手なことを考え始めます。


相手の言いたいことを、勝手に
自我のフィルターで『決めつけ』て、

話の落としどころを、自分の都合の
いいように設定しようとします。



人間の『認識能力』は驚異的なもの
なので、そういう気配は、言葉を
超えて相手に伝わります。




心を『いまここ』に置いて話を聴く、とは、

反対意見であっても、どれだけ理屈が
通ってなくても、感情的に納得できなくても、

相手に同調し、相手の心と一体化する

ということです。



僕は、人の話を聴くときは、常にこれを
意識するようにしています。


いつも、こう在ることは難しいのですが、

話を聴きながら、『決めつけ』をして
しまっていることに気づいたら、すぐに
心を『いまここ』に戻すことに集中します。



相手の心に寄り添えば、

なぜ相手がそういう意見を持つに到ったか、

その背景にあるものが、アタマではなく
ココロでわかってくるのです。


理屈のレベルではなく、感情のレベルで
相手を理解する、ということです。



これは別に、僕に特別な能力があるわけでは
なく、人間であれば、誰にでも備わっている

『共感能力』によるものです。


観念のフィルターを外せば、
誰にでもできることです。



その上で、相手の考えを変えたい、
考えが変わった方が相手のためになる、

と感じたとしても、それを言葉で
そのまま伝える、というのは、たくさん
ある中の、一つの手段に過ぎません。



相手に何かを伝えたいとき、僕は、

『言葉』ではなく『行動』『結果』
つまり、『現実』で示す


ということを心がけます。



いくらコミュニケーションで『言葉』
役割は小さいといっても、多くの人は
『言葉』にフォーカスをあててしまうので、


使う言葉はあくまで相手に寄り添ったもの、


その一方で、相手が自分で気づくように
根回しをしていきます。



他の人を動かして、本人が気づかざるを
得ないような『状況(現実)』を創る。


相手が見えないところ、見ていない
ところで、フォローを入れる。



僕自身がどう思っているか、
どう意図しているか、

は伝わる必要もない、と思っています。



それがもし、相手の現実を変えるのに
役立つならそうするだけで、
必要なければどうでもいいのです。



コミュニケーションの目的が、
『自我レベルの満足』ではない、と
本気で思っているからそう考えられるのです。



これは、数十人規模の人間関係を
細かく調整する職場経験をもって
きた中で学んできたことです。



人間関係というものほど、

目に見えている言葉の世界と、
実質の世界がかけ離れていることもない、

という認識は大事だと言えます。



大切なのは『解釈』ではなく『現実』なのです。




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