sablio315さんが、コメント欄に貴重なご経験を書いてくださいました。

自動車工場で働いていらしたとき、 “工番”をつけられていたり、それからトイレに行くのも制限されていたと。

 トイレと聞いてアレン・ネルソンさんのお話を思い出しました。

 ネルソンさんは、子どもたちに話をするのが好きだと。

質疑のときに子どもは、戦争の本質をついた質問をしてきてくれると。

そうした質問の一つが「トイレをどうするのですか」だったそうです。

武器を手から離さなければならず、非常に怖い瞬間なのだそうです。

 ネルソンさんは普天間で12歳の少女が米兵に強姦されたという

事件をアメリカで聞いて、日本はまだそんなことなのかと驚き、

以来亡くなる年まで毎年通算半年も、日本各地を回って

海兵隊員としてベトナム戦争をどう大権したかを語ってくれていました。

 米本国からまず沖縄に来た。

 米本国では銃撃訓練の的は同心円だったが、

沖縄に来てから人の形のものに変わった。

 民家を敵に見立てた訓練もした。

 代金踏み倒しの類は絶えることがなかったが、そうした報告を

聞くと、上官は内心喜んでいた。心身とも兵士になってきた証拠だと

いうわけで。

 ネルソンさんは講演活動を、日本から最後の米軍基地がなくなるまで

やめないと言ってくれていました。

 沖縄のことを忘れて暮らしている他都道府県の日本人はー

わたしも含めて―ネルソンさんと較べたら一体何なのかと

おもいます。

 講演を、世界平和はこの会議室からいまここから始まると

いう言葉で結んでいらしたものです。