庭とも呼べぬ我が家の小さな空き地。ここに山椒の木を植えています。

 

 

このところしきりにあげは蝶が飛んできます。

ひらひらと舞うようなあげは蝶の動きにしばし目を奪われます。

そっと見ていないと。人の気配を感じると、どこかヘ飛んで行きます。

 

蝶がいなくなったので、近づき卵や幼虫がいないかと確かめてみます。

 

これだとよく分かりませんね。
少し拡大します。

いました。大きくなり羽化するまで育ってくれるといいなぁ。鳥が飛んで来て、いつの間にかいなくなることが多いんです。
ネコのチビコが番猫してくれればいいんだけど。
 

        宝石緑    宝石紫   宝石赤   宝石ブルー

 
昨日清瀬、東村山に「あげは蝶」が飛んで来ました。

 

静岡からまるであげは蝶のように、飛んで来ました。saeさん。
保育士4年目。大学4年生時の卒論に協力してから、その後、年に一度くらい会います。
 
お土産は静岡名産。ありがとう。
 
秋津で待ち合せたあと、「図書喫茶カンタカ」へ。
日々の仕事で感じていること、今週末の研究会でのレポートのこと(『やわらか本』をとりあげるそうです)など、ゆったりして話します。「カンタカ」で会うのは2度目です。
 
「私は子どもに甘いと言われます。先輩、同級生、身近な人にも」と悩みます。
「私は、ただ子どもたちが可愛いって話をしたいだけなのに…それじゃあ嘗められるって」
 
ぼくは子どもを愛おしいと心から思うsaeさんの語りこそすばらと思います。
子どもたちを「きっちり」「しっかり」とばかり向きあう人たちの方にこそ歪みを覚えます。
 
心優しい人が自分を偽って、‟毅然として子どもと距離を取るようにすべき”と指導されること、あちこちの人から聞きます。根っこにある子どもへのふんわりした"愛”などまるでどうでもいい事のようです。
そうじゃないよ。ぼくが『やわらか』でも語ったのは、自分らしくしていること、それが最も大事だということです。手垢のついた「スタンダード」より「オリジナル」こそ求め続けようと。
 
「カンタカ」での語りあいで、やわらかな笑みを取り戻したsaeさんと向かったのは、ハンセン病療養所の全生園でした。
前に来たときは、中を歩くことは制限されていましたが、全生園の緑の森のなかを歩きました。深い森が心をやわらかくします。
 
   宝石ブルー  宝石赤  宝石紫  宝石緑
 
その後、横浜・鶴見に行くことにしました。saeさんと同じ時に、卒論研究支援をしていたmikiさんに会うためです。6時過ぎなら仕事も終わるだろうと、電車を乗り継ぎで向かいました。
新秋津→府中本町(乗り換え)→武蔵小杉(460メートル歩いて乗り換え)→~あれれ~横浜(戻るときに間違えて、やっと)→鶴見
落ち着いた居酒屋に入って待ちます。「岩亀(がんき)」です。
 
ボリューム感はないけれど、新鮮なおいしさがあります。(とくに左上のミンククジラの刺身が美味)
日本酒は秋田の「高清水」にしました。
仕事がなかなか終わらなかったけれど、やっと、mikiさんが来て(職場の人も)、しばし交歓。
saeさん、帰りは夜の蝶にならぬよう新横浜から新幹線で静岡に帰りました。≪50分くらいで着きます≫シンデレラ(12時過ぎ)にもならずに家に無事着いたとLineも来ました。
(6月8日に静岡の研究会に参加予定です。静岡のひとたちに会うのも楽しみ)