特別活動 授業通信「らぶれたあ」より 2017.6.22

 

前回は、授業のなかで「学校スタンダード」について考えてみました。

学生のなかには、「学校スタンダード」と言うことを初めて聞くという人もいますが、これは今の学校現場には広範にあります。

 

子どもの指導の難しさが広がり、一方で学校現場に若い経験の浅い教師たちが増えることで、即効性のある「指導」が求められていることが背景にあります。

授業では、その事例を取りあげました。

 

  今春から東京の小学校教員をしているTくんの学校の「生活スタンダード」と「学習スタンサード」です。

そこで、それを実際に教師として指導することになったTくんの率直な声も紹介しました。

 

  東京の多摩地区の小学校のスタンダードの例。ここは「教師スタンダード」、「児童スタンダード」、「保護者スタンダード」というものがあり、学校生活、学習全般だけでなく家庭生活にも細かい決まりに従うことを求めます。

 

どうしてこのような細かい決まりを持った学校が広がるのでしょうか。

以前から教育現場には「管理教育」という流れがありました。非行問題行動の克服のためにそれらは肯定されました。子どもの放任が問題行動を生むのだとされました。管理こそ最も必要なことだとされました。

 

しかし、管理は反発を生み、荒れは一層拡大しました。現場の教師たちは、その非教育性については現場から批判し、様々な子ども中心の豊かな教育実践を探ってきました。それは、父母と手をつないだ地域ぐるみの実践でした。

 

しかし、90年代からの新自由主義的な国家改革のための「教育改革」に当たって、取り入れられたのがアメリカ流の「ゼロ・トレランス」でした。ここに今日の「学校スタンダード」の淵源があります。

ゼロ・トレランス方式(ゼロ・トレランスほうしき、英語: zero-tolerance policing)とは、割れ窓理論に依拠して1990年代にアメリカで始まった教育方針の一つ。「zero」「tolerance(寛容)」の文字通り、不寛容を是とし細部まで罰則を定めそれに違反した場合は厳密に処分を行う方式。日本語では「不寛容」「無寛容」「非寛容」等と表現され、転じて「毅然たる対応方式」などと意訳される。≫(ウィキペディアより)

 

ぼくは現場の教師だったので、この指向性の背景にある子ども観・指導観に対して危険だとずっと考えてきました。ゼロ・トレランスの絶対化は取り締まりが中心になり、さらに個々の子どもの事情は無視されることで、教育から離れてしまいます。

 

学校での教育活動は、管理というものに簡単に誘い込まれてしまいます。そして結果ばかりが重視されます。

子どもだけでなく、教師も管理し、細かい決まりを徹底すれば、即効性があり、見た目に整っており、全員一致が実現できるという「結果・成果」が期待できます。

だから、「スタンダード」というものはどんどん徹底するために拡大していきます。逸脱を許さぬものになっていきます。その「結果・成果」であったことを最初から「目的」にするという逆立ちした学校や教室が増えました。行政の力でそれが押しつけられます。

 

しかし、「毅然とした」指導の危険性に警戒心を持たねばなりません。個々の子どもの違いを見ない乱暴さがそこにはあります。

ともすると、それは豊かさを捨て去る教育になりがちです。

 

「学校スタンダード」は即効性に期待がありますから、形式的な一致が何より求められます。

それに異を唱えるというのは、「学校チーム」を標榜する学校組織の中ではとても困難ですが、教育の豊かさを求めるならば、「学校スタンダード」のもたらすものについて考えておかねばなりません。

 

その時に知っておきたいのは、「学校スタンダード」に示されたことを徹底しなくても、他の指導によって子どもたちは育つということです。

このことを現場的な視点でいくつかの例として取りあげました。授業のなかではこれからも紹介します。

 

  この指導の問題を教育学的な理論で批判したいと思ったけれど、それはぼく

には荷が重いものでしたので、山本宏樹さんのインタビュー記事を読むことにしました。

なぜ学校で体罰や指導死が起こるのか?――社会に蔓延する“ダークペダゴジー(闇の教授法)”」(教育社会学・教育科学 、山本宏樹氏インタビュー)

とても優れた論考です。インタビューという形式なので、読みやすさもあります。

http://synodos.jp/education/19720

 

ただし、これは授業時間内に読むのは無理だったので、ぼくとしては珍しく読んで来るという「宿題」(課題)にしています。

 

【授業コメントより】

 

Hさん>

どうして学校に指導のためのスタンダードができてしまったのか。実際のスタンダードの内容を、ある学校で見てみると、普通なものもあるが、ここまで縛らなくてもいいのにと言うことまで書いてある。

先輩のTさんのメールの内容を見ても、子どもが囚人のようで、学校は刑務所のようだと……。

私たちが小学生の時もそう思われていたのだろうか。小学生の時には私は楽しかったが、教師たちは辛い思いをしていたのか。

私はスタンダードというものは、あるべきではないと思う。

先生は、どの先生も完璧ではない。どこかしら良いところがあって、個性があって、その先生らしさがある。多様性がないと、良いものもうまれないだろう。

新人の先生でも良い指導方法をもっていたり、素敵な何かを持っているかも知れない。スタンダードいうルールでそれを認めないのはおかしいと思う。

私は「○○さん」と姓のさん付けでよばれるより、「***」と名前で呼ばれた方が先生に親しみを覚えた。

丁寧に「~やっておいてくれますか?」と言われるより、「~やっておいてくれる?」という方に人間味を感じる。

学校現場に本当にこんなものが存在するのか。信じられない。このメリットは何か。こんなものがあるなら、教師になりたくないと思う人もいるだろう。

 

Rくん>

「<学校スタンダード>ってすごくヘン」というプリントを読み、確かになるほど面白いと思いました。

私はそれを普通だと思っていたし、家族・兄妹も同じだったので、スタンダードを「常識」のように思っていました。

しかし、それが普通ではない人は、学校は苦痛なのではないかと思いました。

私のように「学校スタンダード」に疑いを持たない人が普通に、将来、

教職についていいのでしょうか。その苦痛がわからない人が、先生として児童に接してはいけないような気がしてしまいました……

 

Kさん>

最近の学校で「学校スタンダード」と言ったものが、取り入れられていることはあまり知りませんでした。霜村先生からのプリントを読み、自分自身も少し違和感を持ちました。

「教師スタンダード」まだ基本的なことに近いとは思いますが、「児童スタンダード」や「保護者スタンダード」まで細かく決められていて、行動や発言が制限されていました。これが本当に子どもたちのためになるのかなと思いました。

子どもはたくさんのことを体験し、たくさんの失敗や間違いをして、様々なことを吸収して成長すると思います。この「学校スタンダード」の見直しが必要ではないかと思います。

 

Cさん>

学校で働いていく中で、「学校スタンダード」が存在していたら、ずっと繰り返されているものだと気づかない間に、おかしなものまで習慣化されてしまう。そのおかしな「学校スタンダード」について、今日、学校現場に出る前に学ぶことができて、本当によかったと思う。

子どもを縛り付けてしまって、自由に過ごすことのできないルールなんてなくしてしまった方がいい。おかしいことをおかしいと言える教師になって、子どもを守りたい。

しかし、上に向かってモノを言うのに怖いという気持ちもある。クラスの子どもたちを守ることのできるのは担任である私。子どもたちとの信頼関係をしっかり築いておくことが大切だと思う。

 

Yさん>

子どもの呼び方ですが、私が小1のときは決まりがなかったのに、2年生になると、「○○さんと呼びましょう」という決まりができて、先生も子ども同士も「~さん」付けで呼び、どこか存在が遠くなってしまったように感じたのを今でも覚えています。

子どもが呼ばれて受け取る感じ方は、それまでの経験もあり難しいことかも知れません。

しかし、信頼関係が確立されれば、呼び方によって子どもが傷つくことはないと思います。あるいは、子どもへの呼びかけやコミュニケーションによって信頼関係ができるのかも知れません。

ことばでの接客マニュアルの「以上でおそろいですか」という話や、並んでの教室移動などは経験したことがあるものばかりで、ドキッとしました。

マニュアル通りに子どもたちを育てれば、それは皆、表面上“よい子に見えるかもしれませんが、それでは子どもらしさや、子どもの心は大切にはされにくいと改めて考えました。

 

         はーとはーとはーとはーとはーと

木曜日、都留へ向かう日です。
3コマの授業。18時15分からは「都留『教育』を読む会」です。
1号館2F 教育支援センター室
今回は6月号を読みます。
<特集2 実践記録 書いてみた・読み解いてみた2>の3本の記録を中心に。
都留周辺の皆さん、どうぞ。
 
       はーとはーとはーとはーとはーと     
山椒の葉を食べ、アゲハの幼虫がこんなにも大きくなりました。(約4センチ)
このサイズが2匹。他にもアリンコくらいの卵から孵った幼虫が6匹。毎朝確かめます。
IMG_20170621_083645849.jpg
ゴーヤも育ち出しました。1つだけ突出しています。17センチ。
IMG_20170621_083645046.jpg
 

 (No.2171の記事)