こんばんは。
日本×アフリカ専門国際恋愛トラブル・国際離婚解毒カウンセリング『Sankofa 美心』まりこです。
続きです。
生い立ち回想記②
8〜10歳
このあたりから初回に書いた義母🇳🇬👩🏾🦱が登場し地獄の日々が始まるのだが…。
大人になってからの1年間と、小学生の頃の1年間って時間の流れが全然違うじゃないですか。
それってドラマ『ブラッシュアップライフ』でも言ってましたがこういうことなんですよね。
なので大里ちゃんの小中学時代は転勤族でありながらもシルクロード並みに時間の経過は長かったのであろう
ではプレイバック
📹
8歳、秋田で父の店が火災で焼けてしまい今度は埼玉へ引っ越し。
普通逆でしょ。あげるのは大人の方だっつーの
しかもいつの間に出会い、いつの間に来日していたのか問題😑
「この家には母親が必要。」
悪いけどこの先起こることを知れば、子供の立場からしたらただの巻き込まれ事件です。
そんで、実母はどうした?
(このあたりは母に聞かなければわからない。)
その後父とミシェルとの3人の生活の中で
事件発生💥
ミシェル怖すぎ(((;°Д°;)))カタカタカタ
義娘に女出してくるミシェル👩🏾🦱
しかもある日ミシェルはキティちゃんのセクシーネグリジェ?(ボディラインにフィットするタイプの服)を着て、普段発さないようような声のトーンで父にひけらかしていたのだそうwww
誘ってたんかな。
ボディコンみたいな格好で😂
取材の時に彼女が言ってた
「アフリカの女性にPTAなんて無理なんですよ。」
そらそうだよなと思った…。
10歳、義妹誕生。
👨🏾🦱「念願の妹ができて良かったね。」
>知らんやつとの妹が欲しいとは一度も言ってない。
当たり前だ。
🤯😑🤦🏻♀️
残念ながら初めの記事で説明の通り、アフリカでの子供の人権はかなり低い。
しかも父は従順なクリスチャン✝️
(にしては日本人妻と離婚から再婚までのスピードは気になるところですが。)
結局いつ両親が離婚したのかの謎はさておきミシェル再婚時に父は永住権を持っていたそうなので
やはりあの頃のビザ事情はかなり緩かったということになります。だからミシェルも合法的に在留資格を持って日本に暮らせたということになる。
永住権取得現地の親戚や関係者を招聘その成れの果ては散々発信してきた通りです。
(ミシェルとのナイジェリアで出会ったのか、日本で出会ったのかは不明ですが、いずれも関係なく当時は相当緩かったと思います。)
ここまでの流れを綴り私が感じたこと。
・母の登場頻度の少なさ(娘が電話で助けを求めて父に切られたとか、近所に住んでたなら飛んできても良かったはず。心理的にも遠い印象。)
・父はことごとく娘の訴えを否定してきた(父自身もそのように育ったのだろうか。)
ハーフならではのスポーツとか身体能力はきっと遺伝的な才能だったのでしょう。友人にも恵まれせっかく充実した小学生生活を送っていたのに家庭内は悲惨極まりない。
人間の記憶って、嬉しかったり楽しかったことよりも、嫌だった記憶(=感情)の方が実は強烈に覚えてるんです。
ただ
大人になり
その頃の感情に蓋をしてるだけで
そうすることで防衛本能的に
自分自身を守っている
というただの思い込み
なのです。
続く。
人生初の本執筆中✍️応援よろしくお願い致します。
最後までお読みいただきありがとうございます。
お問合せ等ございましたら、お気軽にご連絡ください。
☆出逢いに感謝☆
Browse my activities🙏🏼
👇🏻👇🏻👇🏻👇🏻👇🏻