美しき大和撫子二人 安藤美姫が逆転優勝 浅田真央は2位 | 産経新聞を応援する会

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日本スケート連盟の橋本聖子会長は7日、今季不調が続くフィギュアスケートの浅田真央(中京大)について、来年3月に東京で開かれる世界選手権で代表入りするには、今月下旬の全日本選手権で3位以内に入ることが最低条件-とする見解を示した。

 バンクーバー五輪銀メダルの浅田は、今季のグランプリ(GP)シリーズ2大会で低迷。1日開幕のGPファイナル(北京)進出を逃している。

 世界選手権の女子出場枠は3人で、(1)GPシリーズのランキングで上位3人(2)全日本選手権3位以内(3)全日本選手権終了時の世界ランキング上位3人-のいずれかを満たすことが条件。浅田は全日本選手権の表彰台に立つしかない。

 五輪の実績を加味するかどうかについて、橋本会長は「大事なのは今季の成績。ソチ五輪に向かう最初の年なので、周りが(浅田に)配慮してはならない」と選考基準の厳格な適用を強調した。


浅田選手 さすがです



真央ちゃんありがとう 美姫さん さすがです

日本人の心の支えです  二人の真摯さが



美しき天才達に栄光あれ! これよりテーマ:日本国 ニックネーム:INNER FOREST 様より引用


安藤美姫選手の迫真の演技、浅田真央選手の、ここ一番の底力をみせつけてもらった全日本フィギュア。
どちらも違う思いが沸き起こり、目頭が熱くなる演技となった。

先ず安藤選手。
4回転サルコウジャンプで注目され始めたが、期待されつつもトリノ五輪では荒川静香選手の金メダルの陰で、不本意な結果に泣いた。
その後は慢性的な肩の脱臼に悩まされ、寝ている間に肩が外れた事もあったという。
何度投げだしたくなった事だろう。


そして、浅田真央選手。
フィギュアスケート女子の選手生命は短い。
そんな中、20歳という年齢で、長年跳んできたそれまでのジャンプの癖を矯正し、新たに基礎から学び直す決断をする。
これは、誰しもが出来る事ではない。

下手すれば、全てのジャンプを失う危険性のある賭けなのだ。


私たちは、習慣の奴隷である。

例えば、いつも左腕につけた腕時計を右腕に付けて過ごす、たったそれだけの事で、
私たちは違和感を覚え、その感覚に囚われてしまう。

日頃体に無意識的に染み付いていた、一瞬だが低く身を少し屈めるタイミングで跳ぶジャンプのままでは点がもらえない、と、浅田選手は判断したのだ。

それがたとえ、某半島国の五輪メダリスト有利に改正されてきたルールに問題があろうとも、
浅田選手は、愚直にまでルールに適った「美しい跳び方」にこだわり、険しい道を選んだのである。


バンクーバー五輪が、ただの出来レースだった事は、明白である。

それを象徴していたのは、某半島国の電器メーカーの広告で固められた会場の設備と、エキジビジョンにおける「Kim」と刺繍のついたウェアを身に付けた少女が成長していくストーリー仕立ての演出が物語っている。


マイケル・サンデルが今年の夏に安田講堂で行った「ハーバード白熱教室」では、象徴的なシーンがあった。

「東大に、金を払って入学をするのは正義か」

という命題に、ある在日半島系の女性が、「裏口入学はお金で大学の運営に貢献出来るのだから制度化すれば別に構わないと思う。」
と、意見を述べた。

これはこれで、面白い意見ではある。
他に学問上の様々な制度的な条件を加えれば、取り上げるだけの価値はあるかも知れない。


だが、スポーツの世界において、それは許されざるものだ。

公平な条件ないしはルールに則って競技するからこそ、アスリートは持てる力の全てを出そうと奮闘するのであり、
練習で磨きあげた最高のパフォーマンスを発揮しようと考えるのである。


長年フィギュアスケートを見てきた者としては、今年の五輪程白けるものはなかった。

メダルはおそらく事前仕分けの対象で、予め上位に置く選手と、国の二番手、三番手にあたる選手には点を与えない事になっていたのだと推測出来る。


しかしこの事が、素人目に見てもこんなに「あからさまだった」試合はちょっと記憶にない。


「今回、金メダルは日本には来ない」
私は漠然と、感じてはいた。

彼の半島国の選手についたカナダ人コーチと、彼の人脈を辿れば、その事は明白だった。
フィギュアの世界では、北米対ロシアの「冷戦構造」が残っている。
今回の五輪開催地を考えると、コーチがロシア系、というだけで不利なのは、選手が何よりもわかっていたと思う。
ヨーロッパの選手も同様である。

浅田選手しかり、安藤選手、ウィアー選手しかり。
演技後に、安藤選手やウィアー選手が演技後にキスアンドクライという名のボックス席で見せたある種の諦念の表情に、
それは垣間見る事が出来た。

にわかで見た蘊蓄好きの人間などは、
「浅田選手は戦略で負けた」などと平気でうそぶく。

「おまえが言うな!」
私は心の中で叫ぶ。

私はこういう人間とは一緒にスポーツ観戦は出来ない。ましてや、ビジネスも一緒にしたくはない、と、思ってしまうだろう。
表面的な見方しか出来ず、話を聴いてもつまらないし、面白くない。
こちらの人生の時間を無駄にするだけだ。


選手達は薄々わかっていても挑戦してきたのだ。

それでも浅田真央選手は挑んだのだ。
ラフマニノフの「鐘」に乗せて。

「鐘」とは、これから街が火の海に包まれるぞ、という「警鐘」を意味する。

彼女のコーチ、タチアナ・タラソワの夫はピアニストである。
彼女は、今のフィギュアスケート界で起きている不公正の横行に「警鐘」を鳴らしたかったのだろう。
ミシェル・クワン、サーシャ・コーエンでさえ断ったプログラムを、タラソワコーチは異国人の浅田選手に託したのだ。


その「警鐘」は、五輪の1ヶ月後に行われた、トリノの世界選手権での半島選手への採点上の処遇で爆発した。

ヨーロッパの客は正直である。
スポーツであろうがオペラであろうが、良いものには惜しみなく賞賛し、悪いものには徹底的にブーイングを浴びせる。

女子シングルの表彰式で審判団が出てきた時、客席には「よう!売女ども」という英語のスラングが書かれた段幕が出た。

この馬鹿げた試合の中継を、浅田選手へのスタンディングオベーションや、浅田選手を賞賛する荒川静香の解説をカットして放送したのが、
日本一高く美しい山の名前を冠した、もはや国籍不明と言って差し支えないテレビ局である。
もはや国籍不明なのは、彼らのグループの外国人取得株式比率に端的に顕れている。

この国の放送局を牛耳る大手広告代理店のトップの出自を見るが良い。
日本国内での浅田叩きを仕組み、実行したのは日本の広告代理店であり、マスメディアである。

ジャパンオープンの日にちに合わせ、ロスではミシェル・クワンを招いて、半島国の金メダリストのアイスショーが行われた。
あまりにも空席が目立つので後部座席しか取れなかった観客はラッキーな事に、前の席に座る事が出来たそうだ。
そして、このショーの全米における放映の視聴率は、0.5%だった。


世界のフィギュアファンは、誰が真の女王であるかを知っている。


私たちもきちんと知るべきである。

浅田真央選手を始めとする日本選手達は、試合以外の大きなものと常に闘ってきた事実を。

周りの大人達の不当な嫌がらせにも屈する事なく、半島国のメダリストの、品性のない挑発にも乗らず、
自分達の技の向上に努めてきた事を。


その上で彼女達の演技を見た人は、改めて体感する筈だ。

安藤選手にせよ、浅田選手にせよ、汚い思惑に塗れた周囲の関係者を心の中で遮断し、驚異的な集中力と、ここ一番の勝負への強さを発揮した。


安藤選手も、浅田選手も、アスリートとしてのみならず、人間としても一つの山を乗り越え、成長したのである。


魂の成長。

これこそが、生への躍動感や感動を私たちにもたらすのだ。

それを多くの人々に無意識のうちにさし示し、分かち合う事の出来る彼女達は、
本人達自身は気付いてはいないだろうが、やはり稀有な天才達なのである。