高松市中心部の東に位置する松島地区は、北を瀬戸大橋通り、東を詰田川、南を観光通り(香川県道155号牟礼中新線)、西をことでん琴平線に囲まれた地域を指し、松島町・福岡町・松福町などが含まれる。

 

高松市斎場公園の東側を流れる詰田川西岸などに見える「松島地区史跡案内図」は、平成28年に松島地区ウォーク実行委員会が建てたもので、松島地区に残る12の史跡が記されている。

 

 

江戸時代後期から昭和初期まで、詰田川対岸の木太町の間を結ぶ渡船が運航していた。

 

 

丹波の渡し

 

 江戸時代後期、幕末のころから昭和の初期まで、この地と対岸との間に、渡し船があり「丹波の渡し」と呼ばれた。

木太の浜田氏の先祖が丹波の国出身であったことからその名が起こったと伝えられる。

 この渡し船は、人だけでなく荷車や牛馬も乗せる大型の箱のような船で船客定員は三十人ぐらいであった。

 大正時代になって、沖松島の柴田氏も渡しをはじめ、二艘で渡していた。

 当時は、屋島方面の行き帰りに多くの利用者があった。明治時代に大人が五厘、小人二厘、人力車と荷車は一銭五厘、猫車(手押しの一輪車)と、牛馬は一銭であった。

 大正時代には、二倍になっていた。

 

平成六年二月

松島校区地域おこし事業推進委員会

 

以上、案内板全文転載。

 

現代の貨幣価値に換算すると一厘は20円、一銭が200円ぐらいなので、渡し賃は大人100円、小人40円、人力車と荷車は300円、猫車と牛馬は200円ということになる。

 

丹波の渡しの対岸に位置する木太新開公園付近は野天塩田跡。

 

 

松島地区内の史跡については、松島地区コミュニティ協議会歴史ウォーク実行委員会が造成した、松島地区歴史ウォークモデルコースで巡ることができる。

 

松島地区史跡

史跡番号:8

名称:丹波の渡し

所在地:高松市福岡町四丁目35番 ※高松市斎場公園東側

アクセス

鉄道:ことでん志度線・沖松島駅下車徒歩3分

 

◆参考ウエブサイト

松島地区の歴史|松島コミュニティ

松島地区歴史ウォーク モデルコース| であい ふれあい ささえあい 高松市松島地区コミュニティ協議会