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MSN産経ニュースに、いわゆる「押し付け憲法論」、すなわち、占領憲法とは我が國が自主的に制定したものではなく、GHQによる押し付けによるものであって、不当である、という論調に対する批判が掲載されていた。

以下に、その批判となっている箇所を引用させて頂く。


ーーーーー 以下引用 ーーーーー


当時のわが国が置かれた状況、国際環境、焦土からの復興を考えれば、連合国側と価値観を共有し、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義の三原則をもとに新憲法を制定したことは至当である。現にこの憲法の下に立法・司法・行政はもちろん、国民生活や経済活動が営まれてきた。間違いなく、昭和22年の施行以来新憲法はわが国の根本法として機能してきたといえよう。これを「押し付け憲法」という名の下に無価値であるかのように評するのは、新憲法誕生に至る全国民の塗炭の苦しみと戦後の自由主義の下の輝かしい復興を否定することになるのではあるまいか。「世異なれば則(すなわ)ち事異なり」(韓非子)の古言どおり、新憲法施行以来六十有余年が経過し、国民生活も、国力も、国際的に果たすべき役割もすっかり変わった。それであれば、それに合わせて憲法を変えていいのであって、先人の聡明(そうめい)さをなじる必要は毫(ごう)もあるまい。憲法改正は今生きているわれわれの課題である。


ーーーーー 引用ここまで ーーーーー


以上の記事の引用元リンク先はこちら。 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130327/plc13032703390009-n1.htm

さて、今日は、この引用箇所を元に、論者が批判されている「押し付け憲法」論に対する批判に対し、答えていきたい。真正護憲論(新無効論)もまた、占領憲法はGHQによる「押し付け」であって憲法典としては無効である、と主張しており、「押し付け憲法」論に立脚するものである以上、これに答えておくべきと考えるからである。

まず、引用元の記事にある、この引用箇所の前までのくだりについては、私もほぼ論者の述べられるところに同意するものである。

我が國は、國をあげて大東亜戦争を戦ったのであるが、無念にも敗れ、先帝陛下は國體を護持する為に涙をのんでポツダム宣言を受諾された。その後、占領下において、大日本帝國憲法の改正という形式の下、占領憲法の「制定」が行われたのであり、そして、1952年のサンフランシスコ講和條約締結となり、我が國は主権を回復するに至るのである。

これら一連の過程は、我が國が滅亡を免れ、國體を護持する上でやむを得ず為された措置であって、これらがあったからこそ、我が國はともかくも國體を護持し、今日に至ることができた。この点において、現代の我々の今あるは先人たちの苦悩と決断の賜物であり、我々には先人らを批判する資格はないのである。

我々が問題とすべきは、このような、國體を護持せんと獅子奮迅の働きをし、涙をのんでポツダム宣言、占領憲法制定、サンフランシスコ講和條約までの占領期間を乗り越えた先人たちの働きではない。

我々が問題とすべきは、占領憲法という左翼思想(國民主権・基本的人権・平和主義・平等主義など)の禍毒に満ちた、およそ憲法典としての正統性を欠く代物は、我が國の憲法典ではない、ということなのである。

また、占領下という状態において、憲法典の改正をすることが果たして有効といえるのか、ということでもある。

すなわち、占領憲法の存在の問題ではなく、占領憲法の法的性質の問題である。

論者はここで、「新憲法を制定したことは至当である」と述べておられる。これは、國體を護持する為に、先人らが涙をのんでやむをえず、GHQによる占領下、これを拒否すれば國體は危うくなる、という脅迫の中で、まさに「押し付けられた」ものを受け入れざるを得ない状況において、受け入れたことをいうのであれば、正当である。

当時、占領下において、GHQによる陰に陽にの脅迫の下、帝國憲法の改正という形式での占領憲法の制定を受け入れなければ、國體はたちまち危機に瀕することは明らかであった。これを受け入れねば、國體護持はできなかったのである。

つまり、占領憲法がGHQによって「押し付けられた」ことは歴史的な事実である。これは、感情論ではないのだ。占領憲法が、「押し付け憲法」ではないという者は、単に事実から眼を背けているだけのことである。

すなわち、形式的・手続的には帝國憲法第75條違反であり、「改正」の形式を借りて成立した占領憲法は、憲法典の改正としては無効である。

また、実質的・内容的にも、我が國の規範國體(我々の祖先から継承してきた國體に関する道徳や慣習、伝統などの規範)を成文化したものではない占領憲法は、憲法典とはいえないのであって、無効である。

憲法典(成文憲法)とは、規範國體を成文化したものである(正統性)

この要件を全く満たしていない、それどころか規範國體を破壊する國民主権・基本的人権・平和主義・平等主義などを定めるものは、憲法典ではなく、憲法典としては無効である。

そして、占領憲法が憲法典としては無効であれば、大日本帝國憲法は現存していることになる。

我が國の國體は、先に述べた先人らの尽力により護持され、今に至っているのであって、そうであればこそ、規範國體を法体系の頂点とし、それを成文化した大日本帝國憲法もまた、憲法典として有効性を保ち、規範としての力を現在の我々の上に及ぼしているのである。

この点、論者は「現にこの憲法の下に立法・司法・行政はもちろん、国民生活や経済活動が営まれてきた。間違いなく、昭和22年の施行以来新憲法はわが国の根本法として機能してきたといえよう。」と言われるが、それは、占領憲法が憲法典としての法的性質を有して機能してきたことを意味しない

すなわち、規範國體を成文化した大日本帝國憲法の「改正」が第75條違反と、占領憲法がその内容面からみて憲法典とはいえないこととは、占領憲法の憲法典としての無効を帰結することになるが、このことは、占領憲法自体の不存在ないし不成立を帰結するものではない。

「占領憲法」自体は成立しており有効なのであるが、これはその「改正」手続などにおける諸般の事情(特に先ほど述べた占領下の「押し付け」などの諸事情)などを総合的に勘案すれば、これを講和條約として有効であると解釈することができるのである(無効規範の転換)。

よって、占領憲法は憲法典としては無効だが、我が國とGHQとの間の講和條約として有効であり、その限度で我々の上に規範性を有してきたことになるのである。

このように解するのであるから、決して論者の言われるように、「新憲法誕生に至る全国民の塗炭の苦しみと戦後の自由主義の下の輝かしい復興を否定する」のではない。

先帝陛下はじめ、我が國の國體を護持せんと涙をのんで占領憲法を受け入れられた方々の、これらの一連の行為は、占領憲法がまさに、実質において講和條約であることを根拠づけるものである。

このように、現在においても、規範國體 > 大日本帝國憲法 > 占領憲法(講和條約)の法体系が存続していると解するのが真正護憲論(新無効論)である。

國家主権回復より60年以上が過ぎ、憲法典ならざるもの(占領憲法)を憲法典と誤認してきた結果、國民主権・基本的人権・平等主義などの禍毒は我が國を滅亡の淵に直面させている。

真に我が國のあるべき姿に、我が國を正そうというのなら、占領憲法が実は講和條約に過ぎなかったことを認め、これを捨て去るべきである。

すなわち、占領憲法は憲法典として初めから無効であって、講和條約であり、これを無効確認以降、将来に向かって破棄すべきである。

今こそ、我々は占領憲法の憲法典としての無効を宣言し、これが講和條約に過ぎないことを認め、我々の正統憲法たる大日本帝國憲法に則った政治を行わねばならない。



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