ランキングに参加しています。まず初めに何卒クリックをお願い致します。
『真正國體保守の憲法学 その1 まだ真正護憲論を理解できない谷田川惣氏』からの続き
<4.講和條約説を理解できないのに批判する谷田川氏>
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
その後の説明を引用してもわけがわからないと思いますので、
私がかみ砕いて説明しますと、彼らがいう日本国憲法という講和条約について、
国民主権を表した条項など規範国体に反する部分は「違憲無効」となる。
帝国憲法に規定に反するが国体に反するとまではいえない部分は
「違憲の慣習法」として無効とはならない。
帝国憲法の規定に反しない部分は「合法の慣習法」として運用されているという。
例えば、参議院などは帝国憲法の規定に反するが、
国体に反するとまではいえないので「違憲慣習法」として運用しているとのこと。
「違憲慣習法」については、まったく意味がわかりません。
法律には有効か無効のどちらかしか存在せず、違憲の下位法は当然に無効です。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
これは、中途半端な理解による説明である。理解できていないのに、知らない人を混乱させるような説明はやめること。
この「講和條約たる占領憲法が、慣習法として運用されているということ」と、「違憲有効(合法)論」の箇所を私が正しく説明する。
まず、真正護憲論においては、占領憲法は、憲法典としては無効であるが、講和條約として有効である。
つまり、我が國の現在の法体系は、概略以下の通りとなっている。
規範國體 > 大日本帝國憲法 > 講和條約たる占領憲法 > 條約 > 法律 > 命令・・・
このように、真正護憲論においては、①大日本帝國憲法は現存していて有効であり、②占領憲法は講和條約としてその下位規範として有効である(無効確認、復元改正を経て将来的に破棄(注1)するまでは)。
では、今現在、講和條約たる占領憲法が、一体どのような仕組みで、大日本帝國憲法の下位規範として有効たり得ているのかについて、解説する。
そもそも、規範國體に反する條文(國民主権や基本的人権など)を含む占領憲法が、何故に、大日本帝國憲法の下位規範として有効たり得ているのであろうか。
これは、占領憲法が講和條約たることに起因する。講和條約とは、敗戦の場合であれば、國體を護持する為、規範國體を否定する如き内容(國民主権など)を含むものであっても、やむを得ずあえて締結するものである。ゆえに、講和條約としては有効となるのであるが、國内法体系においては、規範國體に反する部分(國民主権など)は違憲無効なのである。
さて、講和條約は條約の一種であるので、これを國内法体系に取り込む立法措置が必要となる。
ところで、この点、條約には、立法措置を必要としない自動執行性を有するものもあるので、講和條約たる占領憲法が自動執行性を有するものであるか否か、について検討する。
自動執行性を有するといえるには、それがそのまま、國内法体系において完全に有効な内容でなければならない。しかし、先述したように、講和條約たる占領憲法には、規範國體に反する部分(國民主権など)が存在するので、これらの規定を違憲無効と確認して削除しなければ、國内法体系においては通用できないこととなる。
この措置こそが、占領憲法の憲法典としての無効確認の後、占領憲法を「憲法臨時代用法」として(注2)、國内法体系に取り入れる立法措置である。『占領憲法の正體』で既に解説されていることである。
谷田川氏は、『占領憲法の正體』も読まずに批判しているのだろうか。ある論を批判するのに、その論について書かれた書物を読まずに批判するとは、非常識にもほどがある。そんな態度であるから、いつまでたっても的を外した、頓珍漢な批判しかできないのである。
本題に戻るが、従って、講和條約たる占領憲法は、自動執行性はなく、立法措置(規範國體に反する部分の違憲無効確認と、その削除、占領憲法を「憲法臨時代用法」として國内法体系に組み入れる)が必要ということになる。
つまり、現在は、
規範國體 > 大日本帝國憲法 > 講和條約たる占領憲法 > 條約 > 法律 > 命令・・・
となっているものを、無効確認後、
規範國體 > 大日本帝國憲法 > 憲法臨時代用法(5年ほど運用後、問題なければ破棄) > 條約 > 法律 > 命令・・・
とするのである。
さて、このように、講和條約たる占領憲法は立法措置が必用なのだが、それが為されていない。現在の状況としては、講和條約である占領憲法を、講和條約である状態のまま、その文面を直接参照して運用されているのである。
この状態を、「講和條約たる占領憲法が、慣習法として運用されているということ」と表現しているのである。すなわち、「講和條約たる占領憲法が、慣習法として運用されているということ」とは、占領憲法に立法措置をすることなく、講和條約としての文面を直接参照して運用することが慣例となっている、という意味である。
次に、「違憲有効(合法)論」について解説する。
大日本帝國憲法は、憲法典であるので、規範國體を成文化した(正統性)ものである。ただし、全ての條文がそうなのではなく、規範國體を成文化した部分を中心的な要素としつつも、規範國體を成文化したものではない、通常の技術的な規定も存在する。
先述したように、講和條約たる占領憲法は、國體を護持せんが為、やむを得ず締結したものである。従って、國内法体系においては、規範國體に反する部分(國民主権など)を有効とすることは、その本旨に反するがゆえに、当然に違憲無効である。
これに対して、占領憲法の中にも、大日本帝國憲法の規定に全く反せず、認められるものもある。このような規定は、合憲有効である。
さて、問題は、規範國體には反しないが、規範國體を成文化した規定以外の、通常の技術的な規定には反している場合である。
この一例としては、諸説あるが、國会が挙げられる。國会の存在は、規範國體には反しない(有効)だが、帝國憲法の通常の技術的規定には反している(違憲)(帝國憲法に定められているのは帝國議会だから)。
この点、谷田川氏は参議院の有効性のみを問題としているが、これは谷田川氏が議会制の本質的理念を理解していないことを伺わせる。帝國議会の衆議院は、貴族院とセットではじめてその機能を発揮する(貴族院による衆議院の「多数派の暴政」の防止など)。國会の衆議院とは、名称が同じだけで、全く別のものである。問題とするのであれば、参議院だけでなく、國会全体を問題とせねばならないのである。
このことを以て、違憲有効ないし違憲合法というのである。違憲有効とは、占領憲法の規定のうち、規範國體には反しない(有効)ものの、帝國憲法のそれ以外の通常の技術的規定には反している(違憲)ものをいう。
従って、國会は違憲有効であるので、そこにおいて制定された法律は原則として(帝國憲法典に反しない限り)有効である。
以上、まとめると、占領憲法の條文には、①規範國體に反するもの(違憲無効)(例:國民主権や基本的人権など) ②規範國體には反しないが、帝國憲法のそれ以外の通常の技術的規定には反するもの(違憲有効)(例:國会など) ③規範國體にも、それ以外の通常の技術的規定にも反しないもの(合憲有効)があることになる。
①は國内法体系に取り入れる立法措置において削除され、③は当然に認められ、②は帝國憲法の規定にあるものを復元する(例でいえば帝國議会を復元する)か、或は帝國憲法の規定の方を改正(帝國憲法に國会の定めを置く)して占領憲法に定めのある方を合憲とすることとなる。これが復元改正である。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
「違憲合法論」などという理屈はまったく意味がわかりません。
どう考えても違憲は無効になるはずです。
それを立法化せずに慣習法として運用すれば、
なぜ有効となるのかまったく理解することができません。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
違憲有効(違憲合法)の意味は上述の通りである。失礼ながら、谷田川氏は法的な素養に欠けておられる。これが理解できなかったのであれば、憲法学を語らない方がいい。間違ったことを流布して、徒に人を惑わせているだけである。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
日本国憲法には権利義務規定が明確に記されていますから、
仮に条約なのであれば自動執行力を持つと考えるのが一般的です。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
この引用部分は、上述の理由により完全に誤っていることはお分かりであろう。谷田川氏は、自動執行性について全く理解できていない。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
事実、新無効論を支持している人にこの問いを投げかけてみると、
答えることのできる人は、誰一人としていませんでした。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
私は、兵庫支部の講演会で既に上述の事項を解説しており、参加された方々は概ね理解されている事柄である。
<5.その他の論点>
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
法学では、民法などには無効理論は存在しますが、
そもそも憲法学には無効理論は存在しません。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
完全な誤りである。2のエドワード・コーク卿のくだりで解説したように、英米憲法学においては無効論が存在する。谷田川氏は、ドイツ憲法学にしか言及できていない。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
新無効論者は、一瞬たりとも日本国憲法がわが国の憲法となるなら
国体は破壊されていると主張しています。
しかし、天皇陛下をはじめ、政府、国会、裁判所、国民の99・9%以上が
日本国憲法を憲法という前提で動いていますが、
天皇を中心とする国家は続いています。
憲法学者以外は、誰も日本国家が断絶したなどと考えていない。
国体は一貫して続いているのです。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
真正護憲論においては、占領憲法は憲法典として無効であり、講和條約である、と主張している。國體については、もちろんのことながら、古来より一度も断絶することなく、現在も存続している。占領憲法を憲法典としては、國體は弱体化され、破壊されてしまう、と主張しているのである。谷田川氏がここに挙げたような主張など、していない。理解していないのに、批判するのが谷田川氏である。
國民の99.9%以上が占領憲法を、「規範國體を成文化したもの」(憲法典)であると考えてはいない。全くの虚偽である。そんな現実は、存在しない。谷田川氏は、憲法典ではないものを憲法典とする、設計主義、妄想に陥っている。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
帝国憲法からの連続性を前提として、
未来に向けて正しい憲法をつくっていかなければならないのです。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
真正護憲論が占領憲法は憲法典ではないとするのは、その基本原理が國民主権、基本的人権などの左翼思想、理性崇拝思想であり、規範國體を成文化したものとは到底いえないからである。連続性など、肯定できないし、してはならないのである。
<6.終わりに>
谷田川氏の誤謬は他にもまだまだあるが、挙げていてはきりがないほど誤謬が多いので、この辺にしておく。
一つ、最後に申し上げておきたい。
私は谷田川氏が、法律学を学ばれたのかは知らないが、おそらくは学ばれていないのであろうと思われる。それほど、この批判を見る限り、特に違憲合法論が理解できないと発言されるなど、谷田川氏の法的思考力や法的素養はないのが明らかであった。
ぜひ、憲法学についてだけでも、大学の法学部で使用するような基本書をしっかりと読み込まれ、憲法学を基礎から理解することをお勧めしたい。それから、批判される際には、その説をしっかり理解されてから批判されるべきである。そうでないと、いつまでも的外れの頓珍漢な批判にしかならない。
それができないのであれば、真正護憲論への批判は単なる徒労でしかないので、やめることをお勧めする。
錦の御旗けんむの会 兵庫縣支部長 山岸 崇
(注1)南出喜久治『占領憲法の正體』(國書刊行会)p.184
(注2)南出喜久治『占領憲法の正體』(國書刊行会)p.204
(注3)志士連合パンフレット 真正護憲論(新無効論)の概説 p.7