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さて、今日は谷田川惣氏による真正護憲論への批判に答えたいと思う。
<1.憲法学とは>
國とはそれぞれ、その異なる道徳や慣習、歴史や伝統などの集積の上に形成されてきた共同体である。よって、如何なる國も、互いに全くの同一の國家は存在しない。あたかも一人一人の人間相互間に、互いに全く同じ人間が存在しないのと同様である。
吾らの國體は数千年以上にわたる、天壌無窮の皇統による天皇を中心とする道徳や慣習、伝統や文化の集積であって、万古不易、他國に比類なきものである。
さて、國にはおよそ、その固有の規範が存在する。我が國においては、数千年の万古不易の國體と、天壌無窮の皇統を護持してきた規範が存在する。
これらの規範は、特定の為政者、特定の階級ないし集団、あるいは特定の世代の者らのみによって決定されたものではない。
誰が決めたものでもない、上は天皇から下は庶民に至るまで、不特定の、有名無名の様々な無数の人々の営みにより生成されてきたものであって、これらは國體を護持してきた道徳や慣習、伝統や歴史などに現れている規範である。たとえば、皇位の男系男子継承などはまさにそうである。
従って、そのような規範は不文である。我が國においては、天皇から庶民に至るまで、意識するとしないとにかかわらず、このような規範を守ってきた。天皇といえども、このような不文の規範には反することなく、まつりごとを行ってきたのであるし、征夷大将軍など、為政者たる者らなどもまた同じである。
このような國體を守っている不文の規範(規範國體)(注1)が、いつ頃から形成され始めたのかは、それこそ神武肇國よりもまだ以前の、神話時代にまで遡る、我が國の草創期からであろう。規範國體とは、國體と不可分一体の、我が國を我が國たらしめ、我々を我々たらしめている絶対の規範なのである。
ゆえに、我が國において為政者は必ず、その立法や命令は、規範國體に反しないものとせねばならなかったのであり、規範國體に反する政治を為してはならないものとされてきたのである。
たとえば、聖徳太子の『憲法十七條(いつくしきのりとをあまりななをち)』は、聖徳太子がその独断で立法したものではない。それまでの政治において、守られてきた規範を成文化したものである。また、鎌倉時代の『御成敗式目』もまた、北條泰時が独断で立法したものではなく、武家社会の道徳や慣習や、判例などの不文の規範を成文化したものであった。
更に、『大宝律令』などの制定法において、我が國の道徳や慣習や伝統などに照らして不都合な規定があるときは、それを墨守することはせず、そのような規定はないものとして、いわゆる「空文化」の措置が執られる等したのである。
このように、我が國においては不文の規範國體(道徳や慣習、伝統や歴史などの規範)を誰も越えて政をなすことはなかったし、できなかったのである。実に、「天皇といえども國體の下にある」のである。
このような規範國體を、我が國においては、聖徳太子の『憲法十七條』に見られるように、「憲法」とも呼んできた。すなわち、憲法の原義は、規範國體たる不文の道徳や慣習、伝統などであって、これこそが憲法の本来の姿である。憲法とは、規範國體と同義なのである。
よって、現代においてもまた、我が國の憲法学とは規範國體を法体系の頂点とし、如何なる制定法や命令なども、規範國體に反して制定できないと構成すべきなのである。
ところが、明治時代以降、ドイツを中心とする西洋の法律学を導入した結果、明治時代から現代に至ってもなお、我が國の憲法学は、ドイツ憲法学の強い影響を受けることとなり、江戸時代以前の不文の規範を成文化・これに従って政治を行う我が國の伝統的なやり方とは乖離が生じてしまった。これこそが、我が國からその固有性・日本らしさを失わせている、まさに主要な要因なのである。
憲法学は、他國からの借り物であってはならない。我が國独自の、固有性に基づいた憲法学の構築が必要なのであって、これこそが、憲法学の分野において、「日本を取り戻す」ことに他ならないのである。
真正護憲論(新無効論)とは、以上のような考え方に立脚し、いわゆる規範國體を法体系の頂点として、天皇から臣民に至るまでがこれに服して行政・立法・司法が行われるという、立憲主義(法の支配)を土台として構築された憲法理論である。
<2.無効論とは>
さて、学問としての法律学は、明治時代に至るまで、我が國においては発展することはなかった。我が國においては、法令は専ら実務家によって運用され、学問としての論理構成が緻密になされることはなかったのである。従って、明治時代以降、我が國が学問としての論理体系を構築するにおいて、西洋の法律学を移入したのは、ある意味ではやむを得ないことでもあった。
従って、ここで留意しておくべきは、これから構築していくべき我が國独自の憲法学といっても、あくまでもそれは規範の内容や基本的な理念に関すること(たとえば、皇位の男系男子継承を守ることなど)である。
法的な理論構成においては、西洋において形成された憲法学の理論を借りざるをえないこともある。その一例が、この「無効」という概念である。
前述のように、我が國においては、規範國體(憲法)に違背する制定法・命令などは、その制定などを禁止され、また、大宝律令などのように、既に制定されてしまっていた場合には、それが空文化された、すなわち、その規定は無視され、それに基づく執行が為されなくなったのである。
ただ、このことを、単に「規定が無視される」などと表現するのは、通常の表現としては問題なくとも、憲法学においては不適切である。すなわち、かかる場合には、西洋において構築された憲法学の法理論を借用して、表現することとなる。
さて、以前にも触れたことがあるが、いわゆる西洋の憲法学は、異なる基本的理念を持った、互いに対立・相排斥する二つの流れから成っている。すなわち、「立憲主義・法の支配による憲法学」と、「人定法主義・法治主義による憲法学」である。
ここでは詳述を省くが、概略をかいつまんで説明すると、前者の「立憲主義・法の支配」によっている國は英米などである。英米憲法学においては、我が國の現代の“憲法学”では批判すべからざるドグマとなっている國民主権や基本的人権などという理念は、完全に排斥、否定されている。学者の中にはそれらを信奉する者もいないではないであろうが、少なくとも主流の憲法学理論ではないのである。英米憲法には、「基本的人権」というものはなく、定められているのは「イングランド人が古来より祖先から相続してきた道徳や慣習などにおいて認められる権利・自由」である。
また、君主主権や國民主権、人民主権などという、いわゆる「主権論」もまた、英米憲法学からは排斥、否定されている。主権の存在がどこにあろうが、そもそも英米憲法学には「主権論」による主権は存在しないのである(注2)(いわゆる「國家主権」は別である。これは「主権論」の主権とは異なるレヴェルの概念であるからである)。
これに対して、「人定法主義・法治主義による憲法学」によるのが、フランス・ドイツなどのいわゆる大陸法の諸國である。これらの諸國では、英米などとは全く逆に、君主主権や國民主権、人民主権などの理念を絶対のものとする。また、基本的人権という概念は、フランス革命由来のものである。
我が國は、明治時代以降、ドイツ憲法学を移入したため、今に至るまで、國民主権や基本的人権などの概念を、全く無批判に、無謬のドグマとして受容し、あたかもこれを否定するものは憲法学ではないかのように誤解されているのであるが、それは憲法学とはあたかも「人定法主義・法治主義による憲法学」しか存在しないかのように欺罔するものであって、学問的な良心に反するものである。
さて、本題に戻るが、規範國體に反する制定法がある場合、これを存在しないものとして扱ってきた我が國の伝統的なやり方は、現代の憲法学においては如何なる法理論を用いて説明するのが適切なのであろうか。
ところで、規範國體を法体系の頂点とする我が國の伝統的な立法姿勢に近いものは、ドイツなどの「人定法主義・法治主義による憲法学」よりも、英米などの「立憲主義・法の支配に基づく憲法学」である。
英米憲法学においては、その大成者であり、不世出の法律家である17世紀初頭を中心に活躍したエドワード・コーク卿(Sir Edward Coke)により、コモン・ロー(Common Law、イングランド人が祖先から相続してきた道徳や慣習など)に矛盾する制定法は、一般の正義と条理に反するがゆえに「無効」(void)である、という無効論の法理が確立されていた。
この「コモン・ロー」こそは、これを我が國に当てはめてみるならば、規範國體(憲法)に他ならない。もちろん、規範自体の具体的な内容はイングランド(王室、キリスト教、騎士道など)と我が國(皇室、神道や仏教など、武士道など)では全く異なるのだが、祖先から継承した不文の規範を尊重し、立法や行政などはこれに従うべし、とする姿勢は全く同じなのである。
従って、我が國の憲法学においては、エドワード・コーク卿の無効論を借用し、規範國體(憲法)に反する制定法は、無効である、と法論理を構成し得るのである。
そして、ここにいう「制定法」の中には、いわゆる「憲法典(成文憲法典)」も含まれる。
何故なら、規範國體を法体系の頂点とするのであるから、國会など、およそ特定の人の手で制定される成文の法は、悉く規範國體の支配を受け、これに反してはならないのであるから、それは規範國體を成文化した憲法典であっても同じである。
また、憲法典とは規範國體(憲法)を成文化したものであるのだから、そうでないもの、つまり憲法に違反する憲法典は、そもそも憲法典とはいえないことになる。
すなわち、憲法典は憲法に支配され、憲法に反する憲法典は無効である、こととなる。
真正護憲論は、以上のようなエドワード・コーク卿の無効論に基づき、規範國體(憲法)に反する憲法典は、そもそも憲法典ではなく、憲法典としては無効である、としているのである。
そして、真正護憲論における「改正限界説」とは、憲法典の改正には規範國體に反してはならない、という限界があり(規範國體に反すれば憲法典ではないから)、もしも規範國體に反して制定されたものであれば、その限度で無効となる、というものである。いわゆる、ドイツ憲法学のカール・シュミットの「憲法改正限界説」とは、全くその概念・意義を異にする、異質のものである。
なお、以上に関しては、以前にこちらのエントリーで解説済みであるのだが、谷田川氏はなかなか理解できないようであるので、再度解説した。→「英米法学とドイツ系法学」への反論
<3.谷田川氏の批判への反論>
さて、以上の点を踏まえて、谷田川氏の批判に反論していく。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
まず法学理論では憲法に違反する一般法は当然に無効となりますが、
憲法に違反する憲法改正は無効とはなりません。
憲法というのは法体系の頂点に位置するので、
法学上では憲法を無効とする法的根拠が存在しないのです。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
谷田川氏がここでいう「憲法」とは規範國體のことではなく、成文憲法たる憲法典のことである。いわゆるドイツ憲法学に立脚するのであれば、憲法典は法体系の頂点に位置することとなるので、憲法典は無効とはならない。
しかし、そもそも真正護憲論は、ドイツ憲法学に立脚せず、規範國體を法体系の頂点とする立憲主義・法の支配による憲法学を土台としている。よって、この批判は的外れである。谷田川氏は、真正護憲論を根本的に誤解したまま、見当外れの批判ばかりしているのである。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
続いて「憲法改正限界説」について、そもそも憲法学でいうところの改正限界説というのは、
限界を超えたら無効となるわけではありません。
改正限界説とは、限界を超える改正が起こりえないと考えているのではなく、
限界を超えた改正は、もはや改正とはいえず、
旧憲法の廃棄と同時に新たな憲法の制定とみなさなければならない、という意味です。
改正の限界を超えた場合は、旧憲法と新憲法の法的断絶が発生し、
改正前の憲法と異なる根本規範に立脚した憲法が生まれたと考えるのが
憲法学の通説となっています。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
これまた、ドイツ憲法学のカール・シュミットの、「憲法制定権力論」に立った解説である。真正護憲論は、ドイツ憲法学の「憲法改正限界説」とは全くの無関係ですので、完全な言いがかりである。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
まず革命を正当化するかどうかに関係なく、
私が指摘したことは既存の憲法学では当たり前に論じられていることです。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
谷田川氏のいうように、規範國體を憲法学において法体系の頂点とせず、「憲法典の上に憲法なし」とするのであれば、如何なる國體に反する制定法であっても、有効となる。國體を否定する制定法も、有効となる。國體を否定する憲法典さえも、「改正の限界を超えた場合は、旧憲法と新憲法の法的断絶が発生し、改正前の憲法と異なる根本規範に立脚した憲法が生まれた」として有効となるのである。
これは、暴力を伴うかどうかは別として、國體を否定する制定法を憲法典として有効と認めるのであるから、國體の否定であり、革命である。谷田川氏は、憲法制定権力論などを理解できていない。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
「憲法典の上位規範である規範としての國體(國體規範)に違反するものは無効である」
というのは、歴史的・政治的側面も含まれてきます。
南出氏は単純に法学理論だけでは
日本国憲法の効力を説明できないと思い込んでいたようですが、
私の指摘により、憲法学の世界では簡単に説明していることがわかったので、
急遽、「国体規範が云々」と無理から反論することになったのです。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
何の批判もなく、ただドイツ憲法学などの憲法制定権力、國民主権などの主権論、基本的人権などをドグマとして信奉することは、少なくとも学問的な態度ではない。
それらの概念が、フランス革命など由来の革命肯定思想に淵源するものである以上、我が國の憲法学においても、英米憲法学と同様、これらを否定、排撃し、立憲主義・法の支配に立った憲法学を構築すべきなのである。
政治学などは法律学とは、一応は別個の学問ではあるが、隣接学問であり、相互に影響を与えつつ発展してきた学問である。基本的人権や国民主権などを否定、排撃する憲法学は、それは憲法学ではなく、政治学である、などという態度は、憲法学における学説の状況を全く分かっていないことになる。
ゆえに、國民主権などを排撃し、規範國體を法体系の頂点とすることもまた、憲法学において学説として認められるのであって、そのような憲法学こそが我が國固有の憲法学として正しいのである。
また、「急遽、「国体規範が云々」と無理から反論」とは全く、真正護憲論を理解していないことによる発言であって、『占領憲法の正體』でも既に解説している通りである(注3)。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
改正の限界を超えた憲法改正は、法学論的には改正ではなく
旧憲法の廃棄と同時に行われた新憲法の制定とみなす、という考えは通説になっています。
大学生が使う憲法学の入門テキストの99%はそのように書かれているのです。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
法律学を修めた者として、大学のいわゆる“憲法学”の基本書に書かれていることなどは先刻承知であるが、先述したいるように、その“憲法学”が土台としている國民主権、基本的人権などは左翼思想であり、よって英米憲法学はこれらを否定、排撃しているのである。
従来のドイツ憲法学ではない、我が國のよって立つべき、固有の憲法学、真正の憲法学も、國民主権や基本的人権などの左翼思想を否定、排撃し、規範國體を法体系の頂点とする立憲主義・法の支配の理念に立たねばならない、と真正護憲論は主張している。
99%が何を書こうが、誤った学説は誤りなのであって、それは正されねばならないのである。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
これまでの改正限界説では憲法無効論は導くことはできません。
南出氏が自分の改正限界説は既存の憲法学と異なるのだという主張を行うのであれば、
ドイツ系法学とベースにした日本のこれまでの法哲学と
異なる憲法学を構築するべきでしょう。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
これは、全く噴飯ものの批判である(笑)。
上述のように、我々は、明治時代以降の、現代もそうである、ドイツ憲法学に立った“憲法学”を否定した上で、我が國の規範國體を法体系の頂点として憲法学による理論を主張しているのである。いかに、谷田川氏が真正護憲論を理解せず、見当違いの批判ばかりしているかの証左である。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
戦前の憲法学はドイツ系の法哲学が中心となって、天皇主権という概念が登場しましたが、
そもそも日本には天皇主権も国民主権もないのです。
時代的にたまたまその時に憲法の発議権が天皇にあっただけで、
誰に発議権があろうとも、天皇と国民は一体の関係であり、
天皇を中心とする国制は不動・不変の国体であるという
憲法学を確立するべきだと考えます。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
まさに、これをとっくの昔にやっているのが真正護憲論である。ここまではっきりと発言されたからには、谷田川氏はもうこれで、真正護憲論に賛同せざるを得ないだろう。ただ、「誰に発議権があろうとも」という箇所には問題があり、発議権はあくまで天皇にあるのだが。
真正國體保守の憲法学 その2 ~ 「違憲有効(合法)論」を理解できない谷田川惣氏 ~ に続く
錦の御旗けんむの会 兵庫縣支部長 山岸 崇
(注1)南出喜久治『占領憲法の正體』(國書刊行会)p.41
(注2)中川八洋『保守主義の哲学』(PHP研究所)p.84
(注3)南出喜久治『占領憲法の正體』(國書刊行会)p.43