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今日は、谷田川惣氏のブログエントリー『新無効論者も理解できない新無効論の実態』について、谷田川氏が全く理解できないと自白された真正護憲論の実際について、解説しておこう。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
憲法無効論に対する懸念の一つには、
戦後60年以上の法秩序はどうなるのか、ということにある。
参議院が無効であるなら、衆参両議院を経て成立した法律は、
すべて無効ということになる。
それについて「新無効論者」は、“憲法”としては無効だが、“講和条約”として有効だと、
奇妙なことを言い出した。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
占領憲法が憲法典としては無効であるが、講和条約としては有効であるとする論拠は、もう何度も当ブログエントリーでは解説しているので、そちらを参照されたい。たとえば → http://ameblo.jp/sangreal333/entry-11395844368.html
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
簡単にいえば、日本国憲法は憲法ではないが、
帝国憲法の下位にあり、一般法の上位に位置する講和条約として有効だといい、
法秩序の安定性には影響しないという。
しかし、講和条約はあくまで“条約”であって、国内法としての意味はない。
国内法として機能させるためには立法措置が必要となるが、
そのようなことが行われた事実はない。
その疑問に対して新無効論では、立法化はされていないが
慣習法的に運用されていると驚愕の説明を行った。
現在の参議院の法的根拠はなく、慣習法的に運用されているのだという。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
講和条約たる占領憲法を慣習法として運用している、ということの意味も、先のエントリーで解説済みであるので、そちらを参照されたい。→ http://ameblo.jp/sangreal333/entry-11395090778.html 参議院の法的根拠も、講和条約たる占領憲法にあるのだから、「法的根拠がない」とする谷田川氏は真正護憲論を理解していないことは明らかである。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
しかし、この説明は完全に論理破綻している。
仮に日本国憲法が講和条約であるとして、国内法として立法しようとすれば、
帝国憲法76条1項により無効となる。
76条1項とは「法律・規則・命令又は何らかの名称を持ちいていても、
この憲法に矛盾しない現行の法令は、すべて遵守すべき効力を有している」(現代語訳)。
この条文により、帝国憲法に矛盾する法令は効力を有しないことになる。
新無効論では、無効行為の転換理論として76条1項を持ち出して、
憲法(法令)なら無効であるが、講和条約として転換すれば有効であると述べた。
ただ、講和条約はあくまで条約であって、立法措置は必要となるが、
立法すれば即無効である。
それをなぜ慣習法的に運用すれば、効力を有するのか、私にはまったく理解できない。
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
占領憲法の内容は、國民主権・基本的人権・平和主義・平等主義などを定めるものであって、憲法典としては無効である。
何故ならば、これらの基本的な理念が左翼思想(理性万能思想)に基づくものであり、我が國の規範國體に明確に反するものであって、立憲主義(法の支配)の観点からはかかる理念を定めるものは憲法典ではないからである。
また、同じような法規範が國内法たる法律の形式を採って立法されたとしても、これは明確に違憲無効である。
下位の法規範で、それが上位の法規範に反するものは無効であるのだが、法律は憲法典の下位規範であり、憲法典たる大日本帝國憲法に反する國民主権などの理念を定める法律は、違憲となるのである。
さて、問題は、なぜ同じ内容を定める法規範が法律であれば違憲無効となるのに、講和条約であれば有効となるのか、である。これは、講和条約の法的な特質に原因する。
戦争は、外交の最終的な手段であって、やむを得ずこれに訴えねばならない場合がある。そして、奮戦努めるも戦況芳しくなければ、國體を護持するために、断腸の思いで講和条約を締結せねばならない場合もある。先の大東亜戦争敗戦とはまさにそのような場合であったのである。
このように、講和条約とは國體を護持するため、あえて不利な条件を飲んででも締結せねばならないものなのである。よって、講和条約を締結する権限たる講和大権(第13条)には、國體を護持する為、憲法典中の規範國體を成文化した規定に抵触しない範囲内で、すなわち規範國體を成文化した規定以外の技術的な規定などを改廃する権限が含まれていると解されるのである。
従って、講和条約たる占領憲法は、大日本帝國憲法の規定の内、規範國體を成文化した規定に明確に反するものである、國民主権・基本的人権・平和主義・平等主義などの理念を条文化したものは違憲無効である。これに対して、規範國體を成文化した規定に反しないような技術的な規定は有効となる。
以下、同じ趣旨の解説をされている南出喜久治先生の『占領憲法の正體』(p.95)を引用する。
ーーーーー 以下引用 ーーーーー
それゆえ、戦争によって國家を危殆に瀕する事態を想定し、この講和大権を規定したのであるから、規範國體を破壊せずに國家の同一性を喪失しない限度において、つまり、國體護持のために、規範國體に含まれない帝國憲法の通常の憲法規定を改廃できる権限を講和大権に授権したと解することができる。また、講和条約の内容に規範國體に抵触する条項が含まれており、それを承諾する以外に國家存続のための選択の余地がないなどの極限状況である場合には、緊急避難的に一応これを締結した上で、事後において規範國體に抵触する部分を廃止(排除)させる復元措置を採るべき憲法上の義務を課したものと理解できるのである。(原文は正字正かな遣い)
ーーーーー 引用ここまで ーーーーー
このように、南出先生は講和条約たる占領憲法が、なぜ大日本帝國憲法下において有効となるのかを明快に解説されている。
そして、講和条約たる占領憲法が慣習法として運用されている、ということの意味は、講和条約たる占領憲法が、特段の立法措置を採られることなく、慣例的に運用されている、ということである。
従って、講和条約たる占領憲法は、まさに講和条約であるからこそ有効なのであり、講和条約と評価・解釈されるからこそ第76条1項によって、「何等の名称を用いたるに拘らず此の憲法に矛盾せざる現行の法令は総て遵由の効力を有す」ることとなるのである。
谷田川氏は、果たして『占領憲法の正體』を読まれたのであろうか。読まれた上で、批判されているのであろうか。
この箇所を読み、かつ、慣習法として運用という意味についての正しい理解ができれば、谷田川氏が理解できないとされている疑問は解消されているはずである。
谷田川氏よ、批判されるのは結構だが、まずは真正護憲論について、正しく理解されてから、そして何よりもそれ以前に立憲主義・法の支配という憲法学の基本的な理念をしっかり学ばれてからにされよ。
これらの理解なくして、いくら批判をしようが、貴殿の批判は悉く的外れである。